02
「状況を整理しよう」
そう言ったのは、引き出しから上半身だけを出した状態の筋肉ハゲだった。
と言うのも。
「あ、……あああ、あああああ!!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!!!」
「いででででででででででで!腕ぇ!腕捻ってる捻ってるって!」
「助けてお兄ちゃん!!!私立てない引っ張って!」
「いや、引っ張るも何も腕が捥げそうなんだけど!あと、俺も腰抜かしていてででででででででででっ!」
気が動転するどころの話じゃなかったからである。
まあその……ホラーがね、二人ともダメなんですよはい。特に陽ちゃんが、ね。
そうして俺たちを見下ろしながら変質者は腕を組むと、部屋をぐるりと見渡し「なるほど」とと頷いた。
「ごめんごめん。どうやら間違った座標に転移してしまったみたいだ。普段ならこんなことないんだけどね。机の引き出しなんて道理で体が通りずらい訳だ。まさかドラえもんの真似事をする日が来るなんてさ」
「は、転移?」
「……ドラえもん?」
あっはっはーみたいな感じで言ってくる変質者に対して俺と妹は訳が分からず、無意識に口にしていた。
「あれ?ドラえもん知らない?もしかしてついに終わっちゃった?」
「……い、いいえ、終わってないですけど」
首を振るだけにした俺に対して、妹が変質者の質問に答えた。こういう時は無言を貫くもんなんだけど、まあ妹の年齢じゃ仕方ないか。
「なんだ、よかったぁ。たまにしかこっち側に帰って来ないからテレビ全然見れてないんだよね。いや、ほんと驚かせちゃってごめんね」
すると、言いながら変質者が手を机の上に着いて埋もれていた下半身を出そうとしてきた。
「あっ、ちょっと何してんの!?」
「なにって、そりゃ出るに決まってるでしょ」
「ふざけんな、お前の家じゃないだろ!出てくんなよ!」
しかし、腰を抜かしてるが為に俺は吠えることしかできず、変質者は難なく全身を引き出しから出してしまった。
「よいしょ、と。たく、酷い言われようだな。あのねえ。この状況でお前たちに手出しする筈ないでしょ。ヤるなら視認した瞬間に仕掛けてないとこっちの身が保証できないでしょうに。戦いの基本、オーケー?」
「じゃあ、何だってんだよ」
「だから、さっき言ったろぉ?ただいま、ってさぁ」
は?それが意味わかんないだってーーー。
「春樹も陽香もいつまでそんな格好してんだ。ほら、しゃんとしなさい」
「なんで」
「私たちの名前……、うそ」
いやいや、ありえないだろ。
ただいまってそう言うことか?
だって、十年以上も帰って来なかったんだぞ。
「長い間、家を空けて悪かったな」
「……うそ、ウソよ」
「相模大助。お前らのーーー」
「……この、人が、私の……」
「ーーーお父さんだ」
その言葉を耳にした時、俺は唇を噛んでいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おどぉざあ〜〜〜〜〜ん!!」
「陽ちゃん泣いてるし……」
俺が父を名乗る変質者に疑念を抱く一方で妹の陽香はそれをあっさりと信じてしまった。そう言えば、陽ちゃんが父親に対してどんな印象を抱いていたのか聞いたことがなかった。
妹は見知らぬ父親の事を恋しがっていたのだろうか。
「お、おおお、いや、泣かれるの期待してたけど、実際泣かれると、っおお!はいはいもういいよ。泣きたいだけ泣きなさいよ」
妹が変質者に飛び付くようにして泣く傍ら、俺はその男に対して疑念で頭が一杯になっていた。
確かに父と言われ、言葉では言い表せないような感覚が胸の内に湧き上がっている。だけれど、例えそれが本当だったとして、俺はこの男を信じてやれる気にはなれなかった。
第一、引き出しから出てくるような変質者だぞ?
まともじゃない。
「お前が父親を名乗るんなら今まで家族をほったらかしにしてた理由は何だよ。何してたんだよ。今更、何の用だよ。お前、父親の名を語るだけの変態なんじゃないのか」
「春樹、それはな」
「おどうざんはハゲだけど、へ、変質者じゃ、ないもん!」
涙と鼻水でぐっちゃぐちゃの妹がいきなり振り返り話に割って入ってきた。
「見で、わがんないの!?このハゲ、が、おどぉざんなんだよお。あいだがっだよおおおお〜〜〜〜」
そして、再びうわあんと泣き始める。
はあ……、たく。
「陽ちゃん、やめて。ここシリアスな場面だから。感動の対面シーンじゃないから!お前も何とかいったらどうなんだよ!」
「ハ……ハゲ…………。他の奴らに言われても……くそ……、娘に言われるとこんなに……」
「お前も泣くな、ややこしくなるから!説明しろ!ほら、陽ちゃん。いい加減離れて」
目を覆う変質者に対して俺は妹を何とか引っ剥がした。やっと足に力が入るようになってきたので、もし万が一の時はすぐにでもこの部屋から出よう。
「はあ。心が痛い」
「おい!説明できないのなら、今すぐ警察呼ぶからな」
「春樹。お前がちゃんとお兄ちゃんしてるのは見てて嬉しいよ。家をずっと梓に任せっぱなしなことも心苦しく思ってる。でも、こればっかりは仕方がなかったんだ」
家族よりも?
その言葉が反射的に口から出そうなる。しかし、それよりも早く変質者が言葉を続けた。
「異世界を救うのに十五年も掛かるとは思わなかったんだよ」
「……………………………………は?」
「でも、もう大丈夫だ。安心しろ。昨日、積もりに積もったタスクが全部終わったから。これからはずっと一緒にいられるぞ!」
ニカッ、と笑顔でそう言ってくる男に、しかし俺は。
「…………………………………………………は??」
理解が追いつかなかった。
え、待って?
十五年間、異世界が何だって?
いやでも、家からいなくなったのって俺が四歳か五歳の時で……今俺が十七歳でえーとえーと?
「聞いてんのか、春樹?」
すると、家のどこかでガチャリと扉が開く音がした。あ、母さんが帰って来たのかな。マズい。結局ご飯作ってない。
「………って、それどころじゃーーー!?」
母さんが今この状況を見たら大変なことになる。
と、思って振り返ると既に母さんが俺の部屋の扉を開けて、まじまじとこちらを見ていた。
「あ、あ、あの、母さん……これは」
どうしよう、なんて説明すれば。
「ただいま。大助、説明は終わったの?」
「あ、梓。おかえり。それがさあ、まだ全然。春樹なんてこの通り。陽香は見ての通り」
「そう。なら、みんなでご飯食べながら話そうか。すぐ支度するわ。初めての家族全員揃っての食事だもん。豪勢にいくわよ!」
「なら、俺も手伝うよ。昨日、向こうで絶品料理を教えてもらったんだよ!」
「ええ〜、なにそれ楽しみ!」
「え、母さん……。あれ?」
母さん?十五年振りの再会じゃ?ちょっと反応が普通すぎやしませんかね?
会話のやり取りにブランクを感じさせない二人に驚いていると、いきなりお鉢が回ってきた。
「春樹。あんた、進路希望、先生に出してないんだって?お昼に先生から電話来たわよ」
大山先生、なにちゃっかり電話してくれてんの。今、その話題どーでもいいんだけど。
「それは、そうなんだけど」
「後でどうするのか教えてよね。あんた、塾行ってないんだから、進路決めるの大変でしょ。三者面談って結構大切なんだからね」
「分かってるけど」
父親の問題の事の方が今は重要なんじゃないかと思うんだけど、何か一言ないんでしょうか?
と、言おうとしたが、母さんは父親となる男にべったりでとても聞ける気がしなかった。
「陽ちゃん。顔洗って来なさい。夜ご飯作るから、それまでにお風呂も入っちゃって」
「はーい。お父さんも一緒に入る?」
「お父さんもか?仕方なーーー」
「ダメよ、陽ちゃん。お父さんはこれからお母さんとご飯作るの。また今度、ね?」
「ちぇ。じゃあ、入ってくる。お兄ちゃん、邪魔」
「あ、はい……」
そうして、三人とも俺の部屋から出て行っていった。
俺は腑に落ちないまま、しばらく立ち尽くすのであった。
「ええ、と……。で????」