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01




 えー、お立ち合いの皆様方。

 最初に謝っておきましょう。


 ーーーすいません。誠に、すいません。


 なにがすいませんかって?

 いやまあ、あれですよ。

 俺ももう高校三年生にもなったってこともありまして、ちょっと語りたい気分のお年頃なものでして、少々取り止めのない事をああだのこうだのって言わせてもらうんですから。


 ーーー貴重なお時間貰ってすいません、ね。


 そうは言っても、たかだか17歳の坊やですから大したことは語れやしません。論法無視の根拠無し。本を後ろから開いたところで引用欄なんて書かれちゃいない、子供染みた自論ばかり。だけれど、思った事をああだこうだと言うくらいには別に構わないでしょう。

 ほら、落語だって噺の本編を語る前に枕を添えて、座する客が気が付かない間に物語が始まっている……みたいなものもあるわけだから。


 であれば。


 これから始まる“俺の物語”のその前に、少しくらい無駄口を叩いてもバチは当たらない筈だろう。


 さあてさてさて。


 これから自分が何を語ろうというのかって言うと……そうさなあ。




 華の高校生ーーー。




 これについてはどうだろうか?

 ちなみに、ハナでも花でも別に可。



 で、だ。



 華の高校生っていうと。

 それは人生で一度しかない特別な三年間のことを表しますよねえ。

 大人達にとっては輝かしい青春時代として語られ、子ども達からはもう大人とは遜色のない頼れるかっこいい憧れの的。高校生である当の本人たちは、そのネームバリューを纏ってかけがえのない青春を謳歌する。

 人生における、最も特別な三年間。

 それが華やかであり輝かしいーーー世間が言うところのーーー【華の高校生】ってやつなのだろう。


「特別で、華やか……ねぇ」


 本当にそうだろうか?

 現役高校生である俺からしてみると、別に特別なことは何もないように思える。


 特別?


 華やか?


 輝かしい?


 どーこがぁ?


 いや、ほんとマジで。

 漫画やドラマで語られるような恋愛ストーリーも奇々怪界な経験も、ましてや特別な能力に目覚めるようなこともない。

 ただ然るべき手続きをした上で身分が『中学生』から『高校生』へと繰り上げされたにすぎない。

 俺が思うに世間は高校生だの、高校時代だのを美化しすぎなんじゃなかろうか。



 ーーー若いんだから何でもできるよ。



 この前、初老の先生にそんな事を言われた。



 ーーーなんでもやってみなさい。



「そんな事を言われても……」


 然も誰しもが平等に可能性を秘めているように諭されたが、やろうと思って人間が単身で空を飛べるでしょうか?いいえ、飛べません。若さも意欲も関係なく、無理です。

 そりゃあ、先生もそんな捻くれた答えを意図して言ったわけではないことくらい分かりますとも。でもさあ。


「はぁ」


 人には得て不得手があって、おまけに好き嫌いがある。パラメータが初期値の時点でマイナスを示している場合だってあるんですよ。若いからと言って、それを望んで努力すれば叶えられるとは限らないんです。


「まったく」


 たかだか高校生に可能性を感じすぎなのではないですかね?

 人間という枠は変わらないし、これまで培ってきた経験も形成された性格も人格も、全ては時間的延長線の上に成り立つものだ。だから高校三年間の間に青天の霹靂でも起こらない限りは、予想だにしない歪曲変化が起こることはほぼゼロに等しい。

 既に相模春樹(サガミ ハルキ)という捻くれた俺が形を成してしまっている今、世界がひっくり返るような出来事がない限り、俺の高校生活に華は咲かないということが言えよう。

 スポーツに興味が無く、部活にすら入らず、彼女も出来ないまま空いた時間のほとんどをバイトに費やす毎日を送る、冴えない勤労高校生。

 せっかくの高校生というプラチナステータスも、俺にとっては労働を可能とする年齢を示すだけの身分証明書に成り下がってしまっている。


「俺が思ってた高校生ってこんな今の俺じゃないんだよなあ……」


 そりゃあ、俺だって高校生という存在に憧れていた時期もありましたわ。

 気の合う仲間と集い、何か特別な事を成し遂げたり。彼女ができたり。これしかないと思わせるほどのやり甲斐を見つけて三年間没頭したり。彼女ができたり。そうでなくても自分の新たな一面を見つけて人生の目標として情熱を燃やしたり。彼女ができたり。それとあと、彼女がっ!!


「フ……ぁぁ、全くくだらない」


 本当にくだらない。

 なにが、華の高校生だ。

 なあにが、希望に満ち溢れた青春時代だ。


「脚色も妄想も大概にしてくれ」


 この二年間で。

 やりたいことも。

 できることも。

 何にも見つけられなかった。

 何も増えなかった。

 人生観に変化なく、能力の向上もなし。

 あと、彼女もなし!

 なんだ、コレ!

 こんな筈じゃなかったのに!


「華の高校生の花はどこに売ってんだよ!咲いてなくない?そもそも種植え忘れてない?そうか、花壇が無いのか!つうか、俺の高校生活何もなさすぎて怖い!」


 言っておくが、別に俺は友達がいないボッチでもないし、極度のコミュ症じゃない。

 成績だってそこそだし、バイトをして貯金だってある。

 なのに、なぜだ?

 高校生活がぜんっぜん楽しくない!

 え?なんでみんなそんな生き生きしてるの?本当にみんな俺と同年代ですか?なんでそんなにやりたいことあるの?やりたいこと全く見つけられないんですけど。部活よりバイトで金稼いだ方がよくないですか?友達と遊ぶ時間があるならバイトで疲れた体を休めた方が良くないですか?各シーズンの大型イベントにわざわざ行く必要ありますか?人混みを蹴散らしたい衝動を抑えながらその一部に成りに行く意味が分からない!

 高校生活の何が楽しいんだっ!


「……ぁぁぁぁあと一年で何か変わる気がしない」


 一年……。

 一年かぁ。

 来年には卒業、ねぇ。


「どうしたもんかなあ……」


 俺は腕を組みながら右に左にと上半身を傾ける。


『相模、いい加減に進路希望出せよ。進学か、就職のどっちかだけでも知りたいから明日まで持ってこい。いいな』


 担任の大山先生から帰り際に注意を受けてしまった。

 そらぁ、四月の頭にもらった進路希望の用紙を提出期限から一週間も放置していたら催促されて当然なんだけれど。


「いや……どうしようもなあ……」


 机の上に置かれた進路希望用紙は第一希望から第三希望まで空欄のままで、そこには書き直した跡すらない。無駄に出したシャーペンの芯はその紙に触れることなく、本体に収まったまま机の端に転がっている。


「やべえ、書けねえ〜」


 先生が急かすのは来週、三者面談が予定されているからだろう。子供の目指す進路と現在の成績とを照らし合わせながら両親達を前に話し合わなければならないのだ。先生も下調べやらの準備が色々とあるのだろう。先生という仕事は本当に大変だなぁ。先生すいません。こんな生徒がクラスにいて。


「就職か進学かって言ったら、進学だよなあ。働きたくないし」


 そりゃあ、自分の能力なんてたかが知れてるし、今のところ来年の今、自分が企業に属して働いている姿が想像できない。なんなら数日で辞めて家で引きこもっている姿の方が想像に難くない。

 それに将来性を考えれば大卒資格を持っていた方が就職先の選択肢は広がるし、収入も多くなる。

 であれば、進学先を決めなきゃいけないのだけれど。


「思い浮かばない。書けない。ほんとーに書けない。んん、時間もったいなあ」


 進路希望用紙を前に机に齧り付いて早三時間。

 せっかくバイトが休みの日だというのに、なんたる無駄時間。

 でもさあ、そりゃこうなるのも仕方ない。

 だって、考えてすぐに書けるんだったら、そもそも初めから提出日に出してますわ。


「んんんんんんんんん………仕方ない。とりあえず、家から一番近い大学の名前を書いてくか」


 別にこれで進路が決まるわけではあるまいし、成績が悪いわけでもないから三者面談の時は適当に頷いて乗り切ることにしよう。


「しっかしこれ……金足りるかな」


 やりたいことも何もなかった俺は、母に言われるままに高校へ進学した。もちろん、学費は出してもらっている。

 だが、大学へ進学するとなるとその費用は全て自分で払わなければなるまい。

 なにせ、俺の場合は“逃げの進学”だからだ。

 目標も意欲もなく、消極的な理由で進学を選んでしまっている。そんな俺が母からお金を出してもらおうなんて虫が良すぎる。


「母さんは別に何も言わないかも知れないけど、負担かけたくないしな」


 ウチは何を隠そう、母子家庭だ。

 母さん、俺、妹の三人家族。

 俺が四歳か五歳の頃に父親が失踪してしまった。

 何が原因でとか、どうしてそうなったのかは全く知らない。そんな事を母さんに聞けるはずもなく、俺と妹は父のいない生活を当たり前として育ってきた。だから、俺より三つ下の妹は父の顔すら見た記憶がない。俺も父の姿はうろ覚えでシルエットを思い出すので精一杯だ。どんな眼差しで、どんな声をしていたか。正直、全く思い出せない。

 女手一つで子供を二人も育てる母さんは、本当に立派だと思う。泣き言も言わず、お金に困った様子もなく。俺と妹の為に働いてくれている。

 そんな母親から働きたくないから大学費用を出してくれとは、口が裂けても言えやしない。


「うあ、たっか」


 適当に検索を掛けた大学の入学金と前期の学費だけで95万円。

 2、30万くらいじゃないの?高くない?後期の学費も合わせると一年で150万円近く必要になるじゃん。しかも、毎年100万円以上ずつ必要になるとか……。


「ち、ちなみに天下の東京大学様は……はあわわわ」


 四年間で300万円以下!?

 入学金30万円以下!?


「やっす!他と比べるとめっちゃやっす!」


 この二年間のバイトで得た貯金は確か200万円ほど。もし、卒業まで全力でバイトを続けた場合、300万円に届くか届かないくらいの貯金額だろう。

 国の天辺に位置する大学に俺の学力は到底及ばない為、候補は私立しかない。が、四年間通った場合、多く見積もって650万円が必要になる。


「あー、足りない。超足りない」


 大学四年間という時間を自分の金で買うには到底足りない額だ。大学在学中にバイトするのは勿論だけど、奨学金借りないとだよなあ。


「借金、やだなぁ」


 でも、借りなければ交通費と教材費まで手が回らなくなってしまう恐れがある。アルバイトで全て賄うには現状、現実的ではない。


「うやああああ、くそぉぉぉどーすっかなあ」

「独り言マジキモい」

「えぁ?」


 椅子の背もたれに寄り掛かり天井を見上げていた俺は、聞こえてきた声の主の方へと振り返った。

 そこには何の断りもなく俺の部屋の扉を開けて立つ妹がいた。


「そういう言葉遣いやめろって。言葉一つで自分の価値を落とすぞ」

「うるさい。お兄ちゃんなんかに説教されたくないんだけど」


 はいみなさん、ちゅーもーく。

 こちら、この春から中学二年生になった妹の陽香です。

 絶賛、反抗期突入中です。


「小学生の頃まであんなにいい子だったのに中身がスカルグレイモンとか、お兄ちゃん泣いちゃうわ」


 何をするにも俺にべったりだったあの頃が懐かしい!勇気の紋章、どこかにないかな?


「きぃっも!そういう意味分かんない言い回しほんとキモイんだけど。鳥肌立つからやめてよね」


 どーしよ。

 言い方も表情も全部、クリティカルにムカつくんだけど。兄妹ってすげえわ。弟だったら普通に殴ってる。


「それで、なに?お兄ちゃん、今、忙しいんだけど?ケンカの訪問販売なら他所に行ってくれない?」

「ッ……、ならいい!知らないっ!」

「…………はあ?」


 俺の部屋に勝手に入って来て罵倒して来た妹は、バタンと音を立てて扉を閉めて行ってしまった。


「反抗期、めんどくせえ〜〜」


 もし父親がいたら今の陽香にはなんて言われていただろうか。


 ーーー臭い!お父さん、私の近く歩かないで!


 ーーー洗濯物一緒とかあり得ないんだけど。


 ーーーお父さん、私の先にトイレ使わないで!


 とか言いそう。

 扱いが汚物過ぎる。

 いなくて良かったね、見知らぬ父よ。


「つーか、あいつ本当に何しに来たんだよ」


 あの頃の可愛い妹に戻ってくれればこんなにイライラすることもないのに!あー、ムカつく!


「ダメだ。もう考え事してらんないわ」


 俺は進路希望用紙に大学進学とだけ書くと、適当にカバンにしまった。

 スマホを見れば、夜の八時。

 確か、母さんは今日は九時過ぎの帰りって言ってたはずである。

 三者面談がある手前、進路について話さないわけにはいかない。


「酒の肴を用意して話の場をセッティングするか……」


 何もなしに面と向かって話すのは苦手なんだよな。それに仕事終わりの労いには丁度いい。


「そういえば、陽ちゃん。もう飯食ったのかな」


 もしかして陽香が俺の部屋に来たのは、飯を作れってことだったのか?


「八時……妹……飯なし……。ぁぁぁぁ、しゃあない。とりあえず、肉焼いて機嫌取るか」


 ご飯炊いて、肉を解凍しよう。

 兄妹の仲直りほどやり辛いものはない。

 頭を掻きながら部屋を出ていく。

 すると。



 ーーーガタ、ガタタ……。



 不意に背後から音がした。

 机の物でも落ちたのか?

 そう思って振り返る。


「ん……」


 しかし、机はおろか他の物の変化も見当たらなかった。

 まさか……ゴキブリじゃないよな。

 俺は嫌な予想をしながら音を立てないようにゆっくりそおっと机に近づいていく。

 机の周り。机の上の置かれている物。そして、恐る恐る下を覗き込んでいった。

 もしかしたら最悪、机の裏側に張り付いている可能性も……。


「最悪だぁ。今日寝れなくなっちゃうじゃん」


 えー、どーしよ。


「……いたらマジでどうしよう……。スプレー……、スプレー持ってこないと」


 が、ここから目を離してしまっては標的がどこかへ移動してしまった場合、もう行方は追えなくなってしまう。


「どうする」



 ーーーガタタ、ガタ!



「ひやあ!!!」


 引き出しがぁあーー!!


「まじかっ!マジかっ!!やめろよ!机の中とか、やめろよ!バカァ!」


 嘘だろ、おい、勘弁してくださいよもぉお!奴が中で徘徊しまくってるってことなの?なにそれ、もう二度と開けられないんだけど!!ただでさえ、虫嫌いなのに!マジでホントーーー。



 ーーーガタガタガタッ!!



「いあぁああああーーー!!!!やめろぉー!!!!どんだけ暴れ回ってんだよ!!」


 あの中にいるの絶対、主だよ!大物だよ!やべえ、もうどーしよ!

 そんな内心超パニクってる俺の耳に、後ろの廊下の方からドタドタとわざとらしいくらいの足音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん、うるっさい!」


 案の定と言うべきか、陽香が扉を開けるなり怒鳴り散らしてきた。この後にぐちぐちと喚き散らしてくるだろう。だが、今は怒っている妹の言葉を聞く時じゃない。

 事態は急を要するのだ。


「今、何時だと思ってーーー」

「来るな、陽ちゃん!!」


 だから、俺は容赦なく声を大にして遮った。


「はあ??」


 それが更に癇に障ったのか、陽香のすっごいムカつく声が後ろから聞こえてきた。今の声音からすると例え謝っても一ヶ月以上は口を利いてくれないだろう。

 だがしかし、もう一度言おう。


 事態は急を要する!


 だから、俺は大きく息を吸い込んで言った。


「ゴッキーがいる!殺虫スプレーを、早くっ!扉閉めて!」

「うそうそうそ!?分かった!待ってて!!」


 そう。これは好都合なのだ。

 最悪、スマホで妹に電話してとって来てもらおうと思っていたので、その手間が省けて助かった。

 しかし、スプレーを持って来てもらったところでどう対処すべきか……。


「お兄ちゃん、持って来た!開けるよ」

「おっけ」


 陽香はそっと恐る恐る入ってくると、机の前で中腰になったままの俺に殺虫スプレーを渡してきた。


「ね、ねえ……どこにいるの?」

「ここ……」


 俺は机の引き出しに人差し指を向けた。


「うわぁ。かわいそ」


 かわいそ言うな。


「どうするべきだと思う?お兄ちゃん、机の中身を諦めたくないんだけど」

「なにか、大切なものでも入ってるの?」

「プラモ作る時の道具と、あとは映画の入場特典フィルムとか、グッズの予約前金レシートと、あと通帳」

「なんだ全部ゴミじゃん」


 陽ちゃん、最後まで聞いてました?通帳はゴミじゃないよ?列記とした貴重品だよ?


「お兄ちゃんがやらないんなら私がやる。貸して!」

「あ……?え、待って陽ちゃん!」


 スッと前に出た妹に俺は殺虫スプレーを奪われる。急いで取り返そうと手を伸ばすが、ひょいひょいひょいと躱されてしまい、敢えなく妹の腰にしがみついた。


「陽ちゃん、返して!沙汰は俺が下すから!」

「邪魔っ!どこ触ってんの!変態!」

「いや、どこってべばっ!?」


 けれど、悲しきかな。スポーツ女子の陽香に帰宅部アルバイターの兄は全く敵わず、簡単に振り払われてしまった。


「くっ……陽ちゃん、また筋肉付いたんじゃないの」

「女子に向かって筋肉とか言うな、バカ!」


 妹は吐き捨てるように言うと、殺虫スプレーのノズルを机の引き出しに向けて構え、更に隙間を作る為に片手で開けようとする。


「まままま、待って待って待って!お願いします!ちょっと待って!」


 机から目を離したくなかったが、こうなってしまっては仕方がない。俺はこの事態の原因を庇うように割って入り、スプレーを持つ妹の手を押さえた。


「退け、バカ兄ぃ」

「ひぃ」


 やだ何この子!目が怖い!


「もうそろそろでお母さん帰ってくるのに、お兄ちゃんうるっさいし、私、小テストの勉強あるの!」

「うるさくしてごめん!」


 やめて、脇腹を殴りながら言わないで。お兄ちゃんを倒しても経験値なんて入らないから。


「ぐふっ、でも待って!これからずっと殺虫スプレーまみれの中身とゴッキーの死骸が入った机を使い続けなきゃいけなくなるお兄ちゃんの気持ちも考えてっ!」

「掃除すればいいじゃん!」

「死骸が机の中にある時点でお兄ちゃん死んじゃう!あいつら死ぬ時、裏側見せてくんだもん!無理ぃい!!」

「女みたいなこと言ってないでそこどいて!」

「スプレーはありがたく貰っとくから陽ちゃんは自分の部屋帰って!」



 ーーーガタッ、ガタタタタタタッ!



「「ひっ!!?」」


 やいのやいのとやっていると一際大きな音が引き出しから聞こえ、俺と陽香は動きをピタリと止める。


「はい、お兄ちゃん。私、自分の部屋帰るね」

「陽ちゃん。ここまで来たんだから、最後まで一緒に頑張らない?結末、気になるでしょ?」

「ううん。ぜーんぜん。お兄ちゃんのこと信じてるから」

「その信じてる兄が超虫嫌いなの知ってるでしょー?あっという間に逃しちゃうかもよー?」

「ねえ、やめて。この手離して。お兄ちゃんでしょ?頑張って」

「兄妹だろ?兄を支えてこその妹だろうが」



 ーーーガタタタッ!ガタ、ガタ、ガタタ!!



「「いやあーーー!!!」」


 無理だわもう無理だわ、こええ!これ入ってんの本当にゴッキー?机の引き出しがこれでもかってくらいにガタガタ言ってるんだけど!?

 俺と陽香はもうビビりすぎて言い争うことができず、結局、妹を後ろに下がらせて俺が殺虫スプレー片手にうるさい引き出しと対峙することとなった。


「頑張ってお兄ちゃん。もう、腰抜けて私立てないから」

「待ってろ。もう中身とか、どうでもいい。知らん。すぐ終わらせてやる。そんでさっさと夜ご飯作る!」


 俺は意を決して、机の引出しの摘みに手を掛けた。そして、サッと引き出しを少し引くと同時に隙間に向けてスプレーを噴射しようとする。

 が、しかし。


「え?」


 思っていたよりも引き出しに重みがなく、少しだけ開けるつもりが一気に開いてきたのである。

 そしてーーー。


「おごあっ!」


 俺の腰部に引き出しが直撃し、勢いよく押し出されると後ろにいた陽香の横を通り過ぎ、扉まで一っ飛びに激突した。


「……お兄ちゃん?お兄ちゃん、大丈夫?」

「いでぇ……」


 吹っ飛んだ俺をポカンと見ていた妹は一瞬の間を置いて正気を取り戻し、俺の元へと寄って来た。表情には何がどうしたのかと張り付いていたが、俺もさっぱりである。

 とりあえず、起き上がるとその場から開き切った机の引出しに目をやった。自ら開くような挙動をしたその引き出しには()()()が掛かっている以外、特におかしなところはない。


「陽ちゃん、ゴッキー出てきた?」


 妹は首を横に振った。


「お兄ちゃんが吹っ飛んだ以外は何も。……ねえ、本当に大丈夫?立てる?」

「ぁぁ、うん。平気。打ち付けたところはまだ痛いけど。とにかく、引き出しの中を見てみよう。ゴッキーさえ出てこなきゃいいよ、もう」

「だね」


 俺は「よっこいしょ」とゆっくり立ち上がると、既に二つの手が掛かった引き出しへと近寄って……?


「「…………この手何?」」


 俺を心配していた陽香もようやく振り向いて机の引出しを見返したのか、俺が歩みを止めると同時に俺の袖を掴んだ。


((どうしよう、手がある……))


 その手は引き出しの底の方から伸びていて、縁を掴んだまま一向に離す気配がない。その代わり、それぞれの手が力む度に引き出しがガタガタと音を立てていく。


(やっぱりさっきの手だったかあ……見間違いかと思ってスルーしてたのにもう一本の手があるなんてなあ……)

(お兄ちゃん!何あれ!なんか手があるんですけど!?何でよ!)

(わっかんないよ!引き出しの中、真っ暗なんだから!)

(お兄ちゃん、とりあえず、後ろ下がって!やばいよ、あれ!)

(ちょっと!?引っ張んなって!)


 二人が小声で言い合っているのを他所に引き出しの手が力むこと八回目。

 遂に引き出しの中からーーー、



「たっだいま〜〜!!!」



 ーーーガタイのいいハゲが勢いよく飛び出してきたのであった。



「「ぎやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」




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