死してもなおアーベンはルーリアリスに執着する
ぱちぱちと瞬きをして周りを見回してもここがどこか解らなかった。
自分の手を見下ろして手が透けて見える。
自分で自分を触ることは出来るのに、他のものに触れることは出来なかった。
鏡の前に立っても何も映らない。
鏡がおかしいのかと思って鏡を触ろうとして手が鏡をすり抜けた。
ちょっと私おかしい・・・。
どうしてここにいるのか考えるけれど、ここがどこだか考えても全く解らなかった。
室内をぐるりと見回すと、気が惹かれるものが棚に飾られていて、そちらへ進んだ。
足元を見ると、歩くのではなくスーッと滑っているように思う。
ほんのちょっぴりだけど空中に浮いているような気がした。
その場に屈んでみると、足の裏と床は接地していなかった。
いよいよ自分のおかしさに気がつくけれど自分が誰か、やはり思い出せない。
気が惹かれる物が飾り棚にあり、近づくとそれは誰かの長い髪を束ねたものだった。
その髪が気になって気になって仕方がない。
そっと手を差し出すとガラスケースに納められた髪に手が触れた。
あぁ、私の髪なんだと気がついた。
そして自分がルーリアリス・ブルブレード、公爵家の次女でアーベンと結婚して、初夜を拒否されてそれに耐えられなくて心を病んで、死んでしまったのだと
全てを思い出してしまった。
ここは・・・、実家ではないわ。
・・・一体どこ?
誰が私の遺髪をこんな風に飾っているの?
気味が悪い・・・。
背後の扉がおともたてずに開いて、濁っていた室内の空気が混ざる。
振り返るとそこにはアーベンがいた。
私は声にならない叫びをあらん限りに上げた。
いやぁーーーーっ!!
それは室内に突然の風を呼び、机の上においてあった数枚の書類が舞い上がる。
チェストの上や飾り棚の上の小物たちがガタガタと震え始め、アーベンへと飛んでいく。
アーベンは驚いて自分に向かって飛んでくる小物たちを手で振り払う。
憎い、苦しい、辛い、嫌い、お前さえいなければっ!!
「・・・ルーリアリスかっ?!居るのか?会いに来てくれたんだな?!」
アーベンの驚いてる顔を見て少し気分が良くなっていたのに名を呼ばれて鳥肌が立った。
続けざまに色々な物を飛ばしているとそこで意識がなくなった。
次に目覚めた時、アーベンが私の髪をガラスケースから取り出して匂いを嗅いだり、口づけたり、頰ずりしていたのが見えた。
うそ・・・嫌だっ!!やめてっ!!!
気持ち悪い!!触らないでっ!!
髪を取り戻そうと勢いをつけてアーベンに向かうと勢いをつけすぎてアーベンを通り抜けてしまう。
アーベンは小さく震え「ルーリアリスか?」と私を呼び周りをキョロキョロと見回す。
「ルーリアリス!!君が生きている時には素直な言葉が言えなかったけれど、本当はルーリアリスが好きで仕方なかったんだ!!愛している。どんな姿になっていてもいいから私の下に帰ってきてくれ!!」
いやっ!嫌い!!アーベンのせいで私は死んだのよっ!!
殺してやりたいっ!!私が死んだんだからアーベンも死んでちょうだい!!
「ルーリアリス・・・やっぱり私の気持ちを解ってくれていたんだね?会いたかった。私はどんな君でも愛しているよ」
うっとりとしたアーベンの声に言いようのない気持ち悪さが私の体を這いずり回る気がした。
私は気持ち悪くて、意識はアーベンを殺すこと以外考えられなくなっていく。
アーベンの首元に手を伸ばしてグッと締めようとするが、手がすり抜けるだけで何も苦痛を与えられない。
怒りで私の体が震えだす。
私の体が震えれば震えるほどアーベンも震え始めた。
アーベンは歯の根が合わないようでガチガチと音が鳴る。
自分で自分を抱きしめるようにして震えていて、吐き出す息が真っ白になっていく。
もしかして気温が下がっているの?
私はアーベンを苦しめる方法が見つかって嬉しくてもっと身を震わせた。
アーベンが苦しんでいる姿に気分が良くなり、私が少し色濃くなった気がした。
「ああ、ルーリアリス・・・。うっすらとだけど君が見えるよ・・・」
歯の根が合わずにガチガチと歯を鳴らしながらもアーベンは私を抱きしめようと手を伸ばしてくる。
私が首を絞めようとしていることも見えているだろに、それすらも喜んでいるようだった。
「ルーリアリス!!君がどんな感情を持っていたのかは私には解らない!でも私はルーリアリスを心から愛しているんだ!!今も、どんな形であろうとルーリアリスに会いたかったんだよ!!君を感じられる!すごく嬉しいよ!!」
この男は何を言っているのかと怒りが沸々と湧き上がる。
目につく物を手当たり次第アーベンに投げつける。
手に触れなくても思考するだけでアーベンへと物を投げられる。
ガラスの小物が壁に当たり割れて跳ね返った欠片がアーベンの頰に当たり血がツーっと流れた。
私は喜びに打ち震えた。
アーベンを傷つけることが出来る!!
殺してやる!殺してやる!!殺してやるーー!!!
私がどんな気持ちだったか、どれほど悔しかったかっ!!
今更愛していると言われて嬉しいわけが無いでしょう!!
ぎぃぁっーーー!!
ルーリアリスが叫ぶとその声はアーベンの耳にも届いたようだった。
「ルーリアリス!!君も会いたいと思っていてくれたんだね?会いに来てくれると思っていたよ!!愛している!愛しているんだ!!」
私のこの殺意が伝わらないもどかしさにプツンと意識が途切れた。
次に意識が戻ったのはアーベンが部屋には居ないときだった。
私はこの遺髪に囚われているのか、目が覚めるとこの遺髪の側だった。
遺髪を見てアーベンが口づけていた事を思い出して私の意識は殺意に汚染されていて、フラフラとアーベンを探しに部屋から出た。
玄関ホールでアーベンを見つけて、殺してやる!と思いながらアーベンの後をついていく。
アーベンは馬に跨って一人で何処かに行くようだった。
私はアーベンに憑いて行く。
アーベンが向かったのは墓所だった。
ここは?
一つの墓の前に跪き花を添え、指を組んでルーリアリスと私の名を呼んだ。
墓石の名を読む。
ルーリアリス・コルスタウス
コルスタウス・・・。
私の墓なの?
ここはコルスタウス家の墓に入れられているの?!
嫌だっ!嫌だっ!!嫌だっ!!!
死してまでアーベンに私は囚われているの?
意識が真っ赤に染まっていく。
墓の前に来た頃には紫陽花の花が咲いていたのに、気がついたら辺りは雪に埋もれていた。
私の墓の周りだけ雪が除かれていて、冬の花であるクリスマスローズやシクラメンが供えられていた。
沢山の花が供えられているがどれ一つとっても私を慰めるものはなかった。
私は怒りが湧き上がってきて墓石をつかんで前後左右にと墓石を揺すった。
墓石が倒れたことに満足したところに、アーベンが腰を落としていることに気がついた。
そしてアーベンは前に見たときより年を取っていた。
髪にはまばらに白いものが交ざっている。
殺してやる殺してやる殺してやる!!
私の意識は真っ赤に染まっていく。
そして片腕をアーベンの首へとまとわりつかせた。
「あぁ、久しぶりにルーリアリスを強く感じる・・・」
アーベンが私の墓を見る。
「ルーリアリス!!ここにいることを私に教えてくれるんだね?!愛しているよ!!君が死んでから十五年が経ったよ。それでも君を忘れたことは一時もないよ」
アーベンの私への執着が恐ろしい。
死んで十五年が経ってもアーベンが私に執着しているのが本当に気持ち悪い。
私はどんどんアーベンの首に回した手の力を込めていく。
「ああ、ルーリアリス!!こんなにも君を感じるのは本当に久しぶりだよ!!すごく嬉しい・・・」
首を絞められて苦しいと思って欲しいのにアーベンの表情はうっとりとしている。
怒りがどんどん増していく中、声が聞こえた。
『やめなさい!ルーリアリス!だめよ!!』
私はあたりを見回して誰もいないことを改めて確認する。
それでも声はずっとわたくしに訴えかけてくる。
『アーベンをとり殺してしまっては、輪廻の輪に戻れなくなってしまうわ』
輪廻の輪?
『そうよ。ルーリアリスには見えない?白い光が見えない?アーベンに取り憑くのではなく白い光の方へ向かってちょうだい。そうしたら新しい人生に踏み出すことが出来るわ。けれど、アーベンを殺してしまったらあなたはそのまま悪霊となってしまうわ。アーベンだけでは足りずにご両親を殺して、兄弟をも殺してしまうわ』
そう言われて父や母にも恨みがあったことを思い出す。
『だめ!駄目よっ!!負の感情に囚われてはいけないわ!!幸せになりましょう!!放って置いてもアーベンもご両親も後十〜三十年の間に死んでしまうわ』
自分の手で殺したいのっ!!
その思いに囚われている私にはその声に素直に従うことが出来ない。
私はアーベンの首に腕を絡めて絞り上げていく。
すぐに殺すことは叶わないようで、時間をかけるしかない。
私はアーベンに憑いてアーベンの屋敷へと戻ることになった。
アーベンは馬車の中でもずっと私の名を呼び「君を感じるよ。私のルーリアリス・・・」と嬉しそうに言い続けた。
本当に気持ち悪い男ね。
「ルーリアリスの下へと連れて行ってくれるのかい?連れて行ってくれるのだと思うと死は尊いものに思えるな。本当に嬉しいよ!!」
その言葉を聞いて、わたくしの手は緩む。
それは嫌だと思った。
アーベンを殺したらアーベンは私の下にやってくるの?
『そうよ!!アーベンが死んだらルーリアリスにまとわり憑かれることになるわよ。アーベンから離れたいなら今すぐ白い光の中に入りなさい!アーベンの居ないところへと!!』
私は言われるがまま、こんどは素直に白の光の中へと飛び込んだ。
『アーベンは嫌ぁーーー!!!』
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「ルーリアリス?!どこにいったんだい?」
今まで感じていたルーリアリスの気配が消えてしまった。
今まであんなにルーリアリスの気配を濃密に感じられたのに。
ルーリアリスの遺髪に触れても何も感じない。
今までは薄らとでもルーリアリスを感じることが出来たのに。
ルーリアリスの気配をどこにも感じられなくなってアーベンは絶望を感じた。
「私を殺して君の下に連れて行ってくれるのではなかったのか?!」
アーベンは遺髪を手にその場に崩れ落ちて涙をこぼした。
それからもアーベンは毎日遺髪と墓石に触れてルーリアリスへと話しかけた。
最後にルーリアリスを感じた日から三十六年間、結婚することもなく一人でルーリアリスを弔い続けて、亡くなった。
ちょっと物足りない感じになってしまいましたでしょうか?
コルスタウス公爵家はアーベン一代で廃爵されました。