素直に「心配している」と言えなくて妻を失った。
少し手直ししていますので読んでいただけたら嬉しいです。
ルーリアリスの不幸な人生をお楽しみください。
コクリと唾を飲む音までもが大きく聞こえるほど静かな部屋だった。
私はありえないような大人びたナイトドレスに身を包み、その上にソファーにかけてあったナイトガウンを着込んで、ソファーに浅く腰をおろして震えていた。
緊張しすぎて喉がカラカラに乾き、喉を潤すために立ち上がり、グラスに水を入れている時に扉が開く。
私は「ひぃっ」と声を上げて驚いて、絨毯の上にグラスを落としてしまう。
グラスは割れずに転がる。
扉の方を向くと今日結婚したばかりの夫が普段着の格好のまま立っていた。
私を頭から足の先まで眺め、ため息を吐いて室内に入ってきた。
扉が閉まる音が大きく響く。
私はグラスを慌てて拾い上げる。
「申し訳ありませんっ」
喉が枯れていてまるで老婆のような声が出た。
私が口を開いたことが気に入らないのか、大きな溜息を吐かれて、私は震え上がった。
わたくしの夫となった人は陛下の双子の弟で一年前に臣籍降下して、公爵の爵位を授爵されたばかりの人だった。
アーベン・コルスタウス公爵、二十二歳。
プラチナブロンドにアイスブルーの瞳に切れ長の眼差し、高い鼻筋、酷薄にみえる少し薄い唇が完璧な位置に配置されている人だった。
陛下とは二卵性の双子だったのか、あまり似ていなくて、元妃様にそっくりな美しさだった。
わたくしはルーリアリス・ブルブレード。公爵家の長女で十八歳。
身分が釣り合う女性として陛下の婚約者候補に上がったこともある。
けれど陛下が私を選ばなかった。
そしてアーベンの婚約者としてわたくしの名前が挙がった。
けれどわたくしは嫌で嫌で仕方なかった。
アーベンは会うといつも私をひどく貶めた。
わたくしはどんな花々よりも美しいと言われた母によく似ていて、アーベン以外には幼い頃から可愛いと言われ、成長する毎に美人になると言われていた。
けれどアーベンは初めて会った幼少の頃からずっとわたくしのことを「ブス」と呼び、わたくしが嫌がることなら何でもしなければならないと決められているかのように振る舞い、わたくしへの嫌がらせにアーベンは全力を掛けているような人だった。
自分では気に入らない所だらけなので、美人だと思ったことはないけれど、薄くなっているけれどわたくしにも王家の血が流れているため、プラチナブロンドにブルーの瞳で、配置もそれほど悪いとは思っていなかった。
けれど子供の頃からアーベンに貶され貶められ過ぎて、自分に自信を持てない子に育っていった。
アーベンは容姿を口汚く罵るだけではなく、わたくしが仲良くする人々にまで嫌がらせをして、わたくしが孤独になるように仕向けられてしまった。
学園に入る頃にはわたくしを遠巻きにする人しか居なくなってしまっていた。
アーベンはいつもわたくしのことを「ブス」とか「出来損ない」と呼ぶ。
それなのに私を婚約者に選び父が「これほどいい縁はない」と言って喜んで受け入れてしまった。
私に拒否権は与えられなかった。
それでも、母親に今までアーベンに言われたり、されたことを訴え出て、婚約させないで欲しいとお願いしたが、陛下もわたくし達の婚約を喜んでいるからと言われて、いよいよ断れなくなってしまった。
婚約してからもアーベンの態度は変わることはなく、わたくしはアーベンとの結婚の日が近づく毎に、食が細くなって痩せていった。
結婚式の間までにもアーベンとの関係は何も変わらず、王妃にも結婚を止めさせてくれと何度も相談したが、婚約が解消されることはなかった。
これからの人生に希望を持てないまま結婚式が終わり、披露宴で結婚を喜ばしいと言われても、わたくし一人どこか違う世界に取り残されたような気持ちだった。
「ブス!私は忙しい!ブスは一人で寝ろ!!」
アーベンにキツイ眼差しときつい言葉で言われて、わたくしは息を呑み、拾ったグラスを再び落とした。
わたくしは胸の前で手を握り、震える声で「かしこまりました」と答えるしかなかった。
わたくしはのろのろと自室への扉を開いて、無意識に扉を閉じて鍵をかけてその場に崩れ落ち、その場で小さく丸まって泣くしかなかった。
わたくしの頭の中には“白い結婚”という言葉が頭の中をぐるぐる周り、初夜に抱かれない自分の哀れさにまた涙が出た。
翌朝、使われていない主寝室と泣き腫らしたわたくしを見て、事情を察した使用人達は気まずさに誰もわたくしの顔を正面から見ることはなかった。
わたくしはあまりにも惨めで「朝食は部屋で食べます」と震える声で伝え、朝食が運ばれてきたけれどどれも食べる気になれなくて、水だけを飲んで朝食には手を付けられなかった。
わたくしの部屋には我が家から連れてきた侍女のエレだけに出入りを許し、それ以外の人とは会いたくないと伝えた。
「エレ、わたくし実家へと帰ってはいけないかしら?」
「お嬢様が帰りたいのであれば、帰ってもよろしいのではないですか?」
「実家へ帰る準備をお願いしてもいいですか?」
「直ぐに準備いたします」
エレは直ぐに馬車の手配をしてくれて、わたくしの準備も直ぐに整えてくれた。
馬車に乗り込み、執事が恭しく頭を下げ「いってらっしゃいませ」と言ったけれど、帰ってくる日があるのだろうかと思って、返事ができなかった。
わたくしが朝のまだ早い時間に現れたことで、実家は大騒ぎになった。
わたくしは元の自室へ閉じこもり、誰に何を聞かれても答えられなかった。
エレが父に呼び出され事情説明をしたようで、父が扉の鍵を勝手に開けて部屋へと入ってきた。
「白い結婚とはどういうことだ?!お前が拒んだのか?!」
わたくしはのろのろとベッドから起き上がり「違います。アーベン様に『忙しいのでブスは一人で寝ろ』と言われました」
「なんだとぉーーぉっ!!」
顔を真っ赤に染めて父は怒鳴っていた。
「お父様のせいではないですか!わたくしがあれほどアーベン様とだけは嫌だと言ったのに、無理矢理に結婚させて!!」
「いや、だがアーベン様はお前のことを・・・」
「こんな惨めな思いをすることになるなんて、わたくしは・・・死んでしまいたいっ!!出ていって!お父様の顔なんか見たくないわ!!」
父はのろのろとわたくしの部屋から出ていって、代わりに母が部屋に入ってきた。
わたくしを抱きしめ、背を擦られて声を上げて泣いた。
同じ公爵家でも、陛下の弟であるコルスタウス公爵に父は何も言えず、娘を傷つけてしまったことを悔やむことになった。
結婚式の翌日からルーリアリスは部屋から一歩も出なくなり、最初は仕方ないとそっとしていた両親も、一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ってもルーリアリスは部屋から出てこなかった。
ルーリアリスは食事がまともに取れないのか日に日に弱っていく。
エレが本当に生きているのが不思議なくらいですと報告して、医師が呼ばれ診察を頼むと「心の治療は簡単ではない」と言われ、あまりにも食べなさすぎるので、とにかく食べて元気をつけさせるようにと言って帰っていってしまった。
そんな時に『ルーリアリスをコルスタウス公爵家へ帰せ』と手紙が届いたが、ルーリアリスが部屋から出てこないので、帰しようがないと父は伝えるしかなかった。
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しびれを切らしたアーベンはルーリアリスを迎えにブルブレード家へと行ったが、門前払いを食らわされた。
「公爵とお会いして話をしたい」とブルブレードの執事に伝えたが「公爵はお忙しくしていらっしゃいまして、お会い出来そうにもありません」と言われてしまった。
アーベンはなぜルーリアリスが帰ってこないのかが解らなくて、頭を抱えたくなっていた。
兄に愚痴をこぼしたら「ブルブレード公爵を呼び出してやろう」と言ってその言葉通り、直ぐにブルブレード公爵はやってきた。
ブルブレード公爵は私の顔を見るなり、嫌な顔をして陛下へと挨拶をした後、口を閉ざした。
陛下が「ルーリアリスをなぜコルスタウス家へ帰さないのか?」と聞くと「アーベン様が一番理由をお知りでしょう」と陛下に答えた。
アーベンはその理由が解からないから聞いているのに何を言っているのかと腹が立ったが、怒りは抑えて陛下に任せた。
「ブルブレード公爵、アーベンはその理由に心当たりがないとのことなのだが」
「アーベン様は人の心の解らないこんなに酷い方だとは思いもしませんでした。娘が結婚を嫌がっていた時に、娘の話に耳を傾けるべきだったと今は酷く後悔しています」
ブルブレード公爵の言い様に怒声が出そうになったけれど、陛下に視線一つで黙らされた。
「ブルブレード公爵、アーベンは一体何をしたのだろうか?」
「このようなことを私は答えたくはありません!!」
アーベン以上にブルブレード公爵の方が怒っていることにアーベンはその時初めて気がついた。
アーベンは慌ててブルブレード公爵に「すまない。本当に何がなんだか解からないんだ。私が何をしたのか教えて欲しい」
ブルブレード公爵は歯を食いしばり黙っている。
陛下が「すまないが答えてやってくれるか?」
「コルスタウス公爵は本当に卑怯者なんですね。娘が結婚を嫌がっていたことを今、理解しました。陛下から問われては返答するしかないので、お答えいたしますが・・・結婚初夜に『ブスは一人で寝ろ』と夫婦の寝室から追い出したそうですね?私は娘の名誉のためにもこのようなことを口にしたくはありませんでした!!」
「本当にそんな事を言ったのかっ!!」
陛下が怒りを顕にアーベンへと尋ねる。
「いや、誤解です!!確かに、そのようなことは言いましたが、疲れているように見えたので、今夜はゆっくり休むといいというつもりで言っただけで・・・」
陛下は頭を抱え「白い結婚を宣言したことになる!!」とアーベンを責めた。
「そのようなつもりは一切ありませんっ!!」
「アーベンにそのつもりがなくても、宣言したことになるんだよ」
陛下がものの解らない子に教えるように、優しい声でアーベンへと伝えた。
「私がどれだけルーリアリスを望んでいてか知っているでしょう?!」
「それでもだよ」
「そんな・・・」
「ルーリアリスはどうしているのだ?」
「帰ってきた日から顔を見ていません。会いたくない、嫌いだと言って部屋から出てこないのです。殆ど食事も取らず日に日に弱っていっているらしいのです」
「それは・・・可哀想なことだな」
「側についている使用人が言うには、生きる気力を失っているようで、こちらから無理に勧めても食事に殆ど興味を示さないそうです。最近ではベッドから起き上がることもできない状態になりつつあると聞かされています。医師は心の病なので、簡単に治るものではないと言われました」
アーベンが声を呑んだのが聞こえたが、陛下もブルブレード公爵もアーベンへ視線の一つも向けなかった。
「どうすればいいか・・・」
「せめてベッドから起き上がれるくらいに回復してくれたらと願っていますが・・・医師が言うにはそれも難しいそうです」
「ルーリアリスに会わせてくれ!!誤解をとく!!」
「私ですら会えないのにコルスタウス公爵が会える訳がないでしょう。それに会ったとしても誤解なのかどうか知りませんが、言った言葉は取り消せないのではないでしょうか?」
「そうであろうな・・・」
アーベンの味方であった陛下までブルブレード公爵側についてしまって、アーベンは焦った。
「本当にルーリアリスが好きだし、私の側にいて欲しいと幼い頃から今も思っている!!」
「それを我々に言ってどうなるんだ?」
「それを聞かされても心が動きません。陛下、私はこれで失礼したいと思います。二年後に婚姻解消になるまでに娘が少しでも回復してくれるのを願うばかりです」
私は必死で心の内を伝えなければと、口を開いた。
「ブルブレード公爵!!私は本当に白い結婚なんてつもりはまったくないのだ!婚姻解消など・・・したくはない・・・ルーリアリスを愛しているんだっ!!」
陛下はブルブレード公爵を退室することに許可を出し、ブルブレード公爵は私の目の前からいなくなってしまった。
「陛下!!」
「ここは女性の意見も聞いてみるかな。ルーリアリスと仲が良かったのは誰だったか」
「マーネリアン嬢とヴィレスタ夫人です」
「あぁ・・・あの二人か・・・こちらの勝手で話を広げてもいい話ではないし、どちらにも話を聞けないな」
「どういう意味です?」
「本当に仲がいいわけじゃないんだ。あの二人はルーリアリスに陰で嫌がらせをしていたからな」
「そんな話は知りません・・・」
「お前がルーリアリスのことを思ってくれる友人達を引き離したのであろう?お前のしていることならしてもいいと思っている者しか近寄ってはいけないさ」
アーベンは一体ルーリアリスの何を見ていたのだろうか?
「アーベンは率先してルーリアリスをイジメていたからな。多分、本当に仲がいい者は誰もいないだろう」
「そうなのですか?って、私はイジメていた訳ではありませんっ!!」
「いや、誰が見てもイジメていたよ。婚約を申し込んだと聞いて、ああ、好きな子ほどからかってしまっていただけかと納得はしたんだが・・・婚約してから好きだとか、愛しているとか告げたんだよな?」
アーベンはそれに対して返事ができなくて、モゴモゴと口の中で言い訳をしていた。
陛下は「お前が本当にルーリアリスが好きだったのかすら信じていいのか解らなくなってきたよ」ため息を吐いた。
王妃が呼ばれ人払いがされる。
「幸せいっぱいの新婚のアーベン様、楽しいことになっていらっしゃるようですね」
「ヒリカ姉上、嫌味は止めてください」
「嫌味だと理解はできたのですね」
「・・・・・」
「まさか自分から望んで無理やり結婚しておいて、白い結婚を宣言なさるとは思いませんでした。子供の頃からでしたが、どれだけルーリアリスを傷つければ気が済むのですか?」
「子供の頃からって・・・」
「子供の頃に好きな子に意地悪をするのはまだ理解できなくはないですが、大人になっても続けていれば嫌っていると伝えているようなもの。そのうえで、ルーリアリス本人と心を通わせることなく権力で手に入れて粗末に扱うとは愚の骨頂ですわ」
「ヒリカ、辛辣だね」
「ええ、わたくし本気で怒っておりますから。結婚前にルーリアリスにアーベンとの結婚だけは絶対に嫌だからどうか力を貸してくれと、何度も頼まれていたのにアーベン様の味方をしてしまったことを本当に悔いています」
「どうすればいいと思う?」
「二年待って、婚姻解消すればいいと思います。陛下が責任を持って、次の婚姻相手を紹介してあげれば尚いいと思いますよ」
「待て、待ってっ!私の気持ちは?!」
「白い結婚を宣言したんだから、あなたの望み通りでしょう?」
「本当に、ルーリアリスが疲れた顔をしていて心配で、ゆっくり寝てもらおうと思っただけだったんだ。私が側に居ると眠れないと思って、自室でゆっくりしたほうがいいと思ったんだ!!」
「でも、ブスと言う必要ないでしょう?それも二度も」
「二度も言ったのか?!」
「いや・・・その、よく覚えていません・・・」
「なら教えてあげるわね『ブス!私は忙しい!ブスは一人で寝ろ!!』と言ったのよ。それでなくてもルーリアリスはアーベンに嫌われていると思っていたから、衝撃は大きかったと思うわ」
「嫌うなどあり得ない!!」
「好きだと伝えたこともなく、口を開けばルーリアリスが傷つくことばかりを言っていたアーベンが馬鹿なことを言っていますわよ。陛下」
「好きだと伝えたことがないのか?!」
「結婚を申し込んでいるんだから、好きだと伝えなくても解っていることだろう?!」
「解るわけがないじゃない。本当に馬鹿だったのね。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど・・・ルーリアリスがこの結婚をどれだけ嫌がっていたのか知らないの?」
「嫌がって、いたのか・・・?」
「当たり前でしょう。アーベンもルーリアリスが嫌いという態度しか取ったことがないじゃない。誰もがあなた達の結婚に驚いたし、うまくいくはずがないと思っているわよ。そして現在、やっぱりねと思われているわよ」
アーベンは愕然とした。
「修復は不可能だと思うわ。ルーリアリスを地の底まで追い込んでさぞや満足でしょうね」
「ヒリカはルーリアリスの現状もよく知っているんだな」
「ルーリアリスが実家に帰って直ぐに手紙が届いて、想像していたより酷い結婚になりました。と報告を受けましたから」
「それを私に黙っていたのかい?」
「陛下、陛下が口を挟んだからルーリアリスはアーベンとの結婚を拒否できなくなったのですよ。ご自覚ありますか?」
「いや・・・」
陛下は気まずそうに目を伏せた。
王妃はため息を吐いた。
「既に結婚から二ヶ月経っているのに、結婚してから一度も社交界に姿を見せていないんですもの、皆なにがしかは感じているわ。実家に帰っていることまで知っている人は少ないかもしれないけれど、コルスタウス家へ招待状や手紙を送っても返答がないのだから、少し考えれば実家に帰っていると想像している人も多いと思うわ」
「どうすれば・・・」
力なく項垂れたアーベンを気の毒そうな目で陛下は見ていたが、慰めの言葉を持ち合わせていなかった。
アーベンは誤解を解こうとルーリアリスに手紙を送ったが、開封されることなくそのまま返送されてきて、頭を抱えた。
会いに行っても門前払いで、手紙を送っても読まれることなく返送されてくる。
一体どうすればいいのかと焦りばかりが募っていった。
結婚式から一年が過ぎてもルーリアリスは部屋から出てこないままで、自分のしたことがそこまで傷つけることだったのだと改めて自覚した。
アーベンはあきらめずに手紙を送り、時間の都合が付く日にはブルブレード家へと足を向けている。
使用人達の対応も心なしかゆるくなったように思う。
門前払いされなくなり、ブルブレード公爵へ一応お伺いを立ててくれるようになった。
ブルブレード公爵の対応は何も変わらなかったが、即答だった返答が、徐々に長くなり今日はついに屋敷へと招き入れてくれるまでになった。
アーベンは今もルーリアリスに対する気持ちは変わっていないこと、今までの言動を後悔していることを話して聞かせた。
ブルブレード公爵は「ルーリアリスが未だに部屋から出てこない。私にも会いたがらないし私にできることは何もない」と重い溜息とともに言われた。
何度かブルブレード公爵と毎回同じ話をして、半年が経ち、部屋の前まで行く許可をもらえるようになった。
アーベンは扉越しにルーリアリスに声をかける許可をもらって、そっとノックして声を掛けた。
「白い結婚を宣言したつもりはなかったんだ。その辺のことを詳しく知らなかったことと、顔色の悪いルーリアリスが心配で、一晩ゆっくりしてもらいたかっただけなんだ。言葉選びも、私の態度も全てが悪かった。本当に申し訳ない。お願いだ。一度会って話がしたい」
一時間ほど説得してみたが、何の反応もなくその日は諦めて帰るしかなかった。
それからはブルブレード公爵が部屋の前まで行くことを許してくれるようになり、アーベンは毎回一時間ほど説得と、最近街ではやっていることなど話して帰った。
もうすぐ結婚して二年が経つ頃、ブルブレード公爵がルーリアリスの部屋の鍵を開けて、中へ入れてくれた。
ルーリアリスはベッドの上で上半身を起こしていたが、アーベンが知っているルーリアリスはどこにもいなかった。
キラキラと輝いていていた髪は色艶が無くなり、骨と皮になっていて生気の欠片もなかった。
「どうして・・・」
アーベンはルーリアリスを抱きしめ「ルーリアリスが好きなのだ。ルーリアリスが必要なんだ」と伝えたが、ルーリアリスは何も反応を示さなかった。
いや、かえって追い詰めてしまったのかもしれない。
医師と一緒にルーリアリスの私室へ入り込みルーリアリスを見て本当に生きているのかと疑う程だった。
骨に皮がついているだけでまるでミイラのようだった。
「本当に生きているのか?!」
診察させたところ下された診断は心の内に閉じこもってしまっていて、外界と隔絶してしまっているとのことだった。
医師に「元に戻ることはないだろう」と言われ「今生きているのが信じられないほどだ」とアーベンに伝えられた。
生ける屍のようなルーリアリスは、アーベンが声をかけようが触れようがもう拒絶の反応も示すことはなかった。
ブルブレード公爵は「コルスタウス公爵のためにも婚姻解消をしたほうがいいのではないか?」とアーベンに言ったが、アーベンはそれを拒否した。
「ルーリアリスは私の妻です!!」
それから数日後、ルーリアリスは短い一生を閉じることになった。
アーベンとルーリアイスは婚姻解消はされないまま、ルーリアリス・コルスタウスとして埋葬されることになった。
ブルブレード公爵と夫人が強く拒否した。
「ルーリアリスはブルブレードの子どもとして埋葬されることを望むと思います」
アーベンは「私の妻です」と言って譲らなかった。
ルーリアリスが亡くなって一年が経ち、陛下から結婚するようにと厳命されたが、アーベンは受け入れられなかった。
アーベンは、自分の愚かな行いを悔いながら時折ルーリアリスが会いに来てくれたと言い周りを戸惑わせながら、ルーリアリスの墓参りに一生を捧げた。
次話、怨霊編です(((笑)))