番ひ鳥の煌々風切羽2
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古めかしい外観とは打って変わり、洋館の中は非常に綺麗なものだった。アンティークな調度品が適度に配置され、見ていて美しいと思わせる内装。しかしどこか既視感があるように感じ、よく考えてみると天神探偵事務所の内装に心なしか似ているのだと気付く。
阿須原さんについていくと、ある部屋の前に通された。木造の両開きの扉は他の部屋とは違う、より重たい雰囲気を醸し出していた。どうやらこの先にいるらしい。
明星先生を見ると、小さく俯いており手は固く握りしめられていた。
阿須原さんが扉をノックする。
「春子、いらっしゃいましたよ。」
「…入ってもらって。」
中から声が聞こえ、それを確認した阿須原さんがゆっくりと扉を開いた。明星先生は視線を下にしながら入っていく。私は入るかどうか迷ったが、阿須原さんが微笑みながらこちらを強く見つめている。
私はそれに頷いて部屋の中に入った。
部屋の中は書斎と見間違うほど本棚と本に埋め尽くされていた。ありとあらゆるところに本がある中部屋の奥には机と椅子があり、そこには黒髪の貴婦人がいた。非常に上品でありながら、厳格な雰囲気を纏っている。貴婦人はこちらに顔と体を向け、厳かに口を開いた。
「顔をあげなさい。」
「…はい。」
「何年ぶりかしらね。久しい顔だわ。」
「…ええ。」
短い言葉だけを交わす二人。いや、明星先生がよく答えられていないだけか?
その様子にため息をついた黒髪の貴婦人は私の方に視線を向けた。そういえば、まだ挨拶も何もできていない。
「ああ、あいさつが遅れてすみません。有木有太郎と言います。先生とは…」
「聞いています。娘の手伝いをしてくれているのだそうね。娘が大変お世話になっております。」
「い、いえ。私の方もお世話になっております。」
「…自己紹介がまだでしたね。」
彼女は一度明星先生に目線を戻した後、また私の方に目を向けた。
「天神春子です。そこの明星の母で、普段は『鬼灯傘』のペンネームで小説を書かせていただいています。」
「えっ!?」
鬼灯傘って…、私でも知ってるぐらいのめちゃくちゃ有名な作家じゃなかったっけ?学校の教科書でも作品を見たことあるはず。そんな人が明星先生の母親?
「…」
「おどかれているようですね。」
「あっ、いえ!すみません、少しびっくりしてしまって。」
「慣れているので平気ですよ。」
私は驚いて口を開いたままにしてしまっていた。それを春子さんに指摘されてしまう。
ここで意を決したように明星先生が声を出した。
「あの、それでどうしてボクを呼んだのですか?」
「ああ、何でもないわよ。」
「え?」
勇気を出して口を開いたのにも関わらず肩透かしのような答えを聞いたためか、明星先生は間の抜けた声を出す。
「特に何でもないわ。それだけよ。」
「な、何か大事な用があったわけじゃないのですか!?」
「何もないです。…ああ、貴方運転してもらってきたのでしたね。彼に悪いから今日は泊まればいいわ。」
「どういうことですか!?何でもないならそもそも…!」
「客室に泊まっていきなさい。別にもう私に会わなくていいわ、それなら文句ないでしょう。」
「…ッ!」
「天神先生行きましょうか。」
実の母を睨みつける明星先生。そんな彼女に阿須原さんは退室するよう促す。
しばらく憎々しいと言わんばかりの顔を春子さんに向けていた明星先生だったが、勢いよく振り返って部屋を出ていった。
私と阿須原さんもそれに続いて退出する。しかし部屋を出て少しだけ後ろを向くと、眉尻が下がった春子さんの顔が見えた。
そのまま阿須原さんは部屋の扉を閉めた。
「うーん、客室はどこでしょうね。」
「…。」
阿須原さんはそう言いながら周りを見渡す。明星先生はまた俯いて黙っていた。
春子さんは泊まっていけ、と言っていたが、どうやら阿須原さんは客室の場所は知らないらしい。
その場に立ち尽くしていると、クラシックなメイド姿の中年ぐらいの女性が現れる。
「ようこそ、いらっしゃいました。お客様方。それにお帰りなさいませ、お嬢様。」
「…」
「ええと、あのー…」
「ああ、申し訳ございません。私ここの使用人をしております、西川と言います。先ほど奥様から内線で客室にお連れするように、と仰せつかりまして。」
「そうなんですね、ありがとうございます。」
「では、お通ししますね。私についてきていただけますか?」
そういって西川さんが屋敷の中を進んでいく。とりあえずそれについていこうとすると、窓の外の私たちの車の横に別の車が停まるのが見えた。白色のモダンな高級車から出てきたのは、よれた服を着た痩せた男性だった。ちょうど春子さんと同じぐらいの年に見える。
男性は屋敷の入り口の方へ歩いて行き、私はそれを不思議そうに見ていると阿須原さんから声がかかった。
「有木さん?大丈夫ですか?」
「あっ、はい。今行きます。」
遠くで屋敷の扉が軋む音が聞こえた気がした。
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