境界剝離、ブラックアウト13
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…あの爆破で多くの人が亡くなった。車庫の中で拘束されていた黒鍋近代鉄道の社長、社員は全員死亡し、車庫のそばにいた警察も多くの人が犠牲になった。生き残った人も多くが重傷を負っており、近隣の病院はパンク寸前になったらしい。
当然逃げた明星先生を追いかける余力などなく、ヘリコプターがどこに行ってしまったのか分からずじまいになってしまった。情報を集めようにもそのための人は足りていない。
…彼女の笑う顔が目に焼き付いて離れない。
昨晩の出来事から一日経った。天神探偵事務所の中は重苦しい空気に包まれている。
「天神先生がそのようなことを…。」
「はい、…すみません。」
「謝らなくて大丈夫です。これからどうされますか?」
「…どうしましょう。」
「おはようございまーす。」
阿須原さんに昨日の出来事を報告していると、間延びする挨拶と共に遥空が事務所に入ってきた。遥空は逃げた社員を追いかけていたことが功を奏し、あの爆破には巻き込まれずに済んだらしい。それだけは不幸中の幸いだったと言える。
「ああ、おはよう。怪我とか大丈夫か?」
「昨日言ったじゃないですか、そもそもどこもケガしてないですよ。んえ?先生何で首にマフラーとか巻いてるんですか?もう春真っ盛りなのに。」
「ああ…。ちょっと寒くて。」
「屋内で?ちょっと失礼しますよっと。」
「えっ、ちょっ!遥空!!」
「…何ですか、これ?」
私の首のマフラーを不審に思った遥空がマフラーをはぎ取り、昨日明星先生につけられたキスマークが露わになった。だから暑いけどマフラー着けてたってのに…。
キスマークを見た遥空は一気に眉間にしわを寄せる。そのまま私の肩を強く掴んだ。
「昨日、先生の先生に会ったって言ってましたね。その人ですか?」
「一応そうだけど…。」
「無理やりされたんですよね?そうですよね?」
「ああ…。」
「…」
遥空は急に黙った。しかし目は私の首のキスマークを睨み続けている。とりあえず私の肩を掴んでいる手を引きはがそうとした時、遥空はいきなり私に向かって飛び込んできた。
遥空は私の服を引っ張って首元をさらに露出させると、ちょうどキスマークの位置に吸い付いてくる。
「よ、遥空!?」
「あらあら。」
遥空は吸い付くだけに飽き足らず、若干噛んでくる。ていうか痛い痛い!
しばらくして遥空は唇を離し、私から離れた。未だ顔はご機嫌斜めだが、さっきよりは良くなっている気がする。
「何すんだ、遥空!」
「…それ私のです。」
「え?」
「そのキスマークは私がつけたものです。いいですか?」
「えっ、どういう?」
「そのキスマークは私がつけたものです。いいですか?」
「は、はい。」
グイっと私に迫りながら返事を強要する遥空。普通に怖い。
そんなことをやっていると、事務所の扉が開かれる。見ると神崎徳人さんがそこにいた。
神崎さんをソファーに通すと、阿須原さんが紅茶を淹れてくれる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。…あの、今回は本当にお世話になりました。」
「いえ、仕事ですので。」
「でも警察に言って、美穂や美穂の会社の人を捕まえるより前に話す時間を作ってくださったんですよね。本当に感謝しています。…それで大丈夫だったんですか?」
「ああ、一応私たちは無事でした。」
「ずっと心配してたんです。美穂の会社で爆発事件があったって聞いて…。朝からこのニュースばかりですし、皆さんが巻き込まれたんじゃないかって。」
「巻き込まれてはいますよね、先生。」
「けがはないから、まぁ、な。…警察の人たちはたくさん亡くなったけど。」
「それでも皆さんが無事で、本当に良かったです。あともう一つお聞きしても?」
「ええ、何でしょう?」
神崎さんは少し言いづらそうにしてから口を開いた。
「この探偵事務所では、依頼解決したらいろんなメディアに良い評判を流すように言われるって聞いたんですが…。具体的にどういう感じにしたらいいんですか?」
その言葉に私と阿須原さんは顔を見合わせる。阿須原さんは少し暗い顔になっていた。
私はあの彼女の笑う顔を振り払うように答えた。
「いえ、そんなことはしなくて大丈夫です。」
「そうなんですか?レビューを見た時そんなことが書いてあって驚いたので、てっきり…。」
「…3年前の悪評です。」
神崎さんは再三お礼を言ってから帰っていった。すると遥空が阿須原さんに向かって話始める。
「阿須原さん!お腹空きました!」
「ああ、もうお昼ですか。また軽食を用意しましょう?」
「お願いします!軽いものをたくさん!」
「…節度は守ってね?本当にね?」
そういって阿須原さんは奥に入っていく。頑張れ、阿須原さん…。
「先生も今回は食べますよね!」
「まあ、食べるよ。あとお前、ちょっとはいい加減にしろよ?」
「でもお腹空いてるんですもん。あっ、先生。神崎さん、昨日のことをニュースでやってるって言ってましたよね?ちょっと見てもいいですか?」
「ああ、見てみるか。」
遥空はテレビを点ける。ニュースでは昨日の爆破事件を大きく取り扱っており、レポーターが黒鍋のあの土地の前で必死にマイクを握っていた。
しばらく見てみると、急に画面が切り替わる。どうやら緊急のニュースがあるらしい。
『速報です。ババンゴ共和国の政権が倒れました。エーリエ派の過激武力組織により主要施設が制圧され、捕縛された大統領の声明によって…。』
この世界に傾性派の楽園が誕生した。
未来の話はこれで一旦おしまいです。
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