境界剝離、ブラックアウト10
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神崎徳人さんに電話で一つだけ頼みごとをしてから、時間を決めて呼び出す。仕事を抜け出すことに彼は少しためらいがあったようだが、夫婦の未来が懸かっているとわかってからは、必ず行くと言ってくれた。
約束の時間まではまだ時間がある。それに流石に相川さんたちもすぐには調べられない。待つだけの時間ができてしまったので、私はある場所に行くことにした。
車を走らせてやってきたのは大きな大学病院だった。一緒に車に乗ってきた遥空についてくるかと聞いたが、かなり嫌そうな顔をされて断られた。あいつは何故かこの場所が嫌いなようだった。
遥空を車に残して私は病院の中に入る。もうここに来るのも慣れたもので、手早く手続きをして目的の病室にたどり着いた。
病室のベッドには“彼女”が眠っていた。腕には点滴が繋がれ、規則正しい呼吸をしている。
来る途中に寄った花屋で買った花を花瓶の中の花と取り換え、椅子を持ってきて“彼女”の隣に座る。そして私はまた少し瘦せたかもしれない“彼女”の手を握った。
いつまでそうしていただろうか、そろそろ行かなければならない。手を放し、帰り際にもう一度“彼女”の顔を見ると、そんなはずはないのに笑っているように見えた。
車に帰ってくると、遥空が不機嫌な顔で出迎えてくれる。
「…お帰りなさい。」
「なんでそんな不機嫌なんだよ…。別に嫌ならついてこなくていいんだけど…。」
「それも嫌です。」
「どういうこと…?」
本当にどういうことなんだ?よくわからないが、とりあえず車を出すために操作する。そしてシフトレバーに手を掛けた時、急に横から遥空の手が伸びてきて私の手の上に乗せられた。思わず驚いて遥空の方を見ると、彼女は私の目をじっと見ていた。
「よ、遥空?」
「…」
「何か不満とか…?言ってくれたらちょっとは検討するけども…?」
「…何でもないです。」
「え?」
そういって遥空は手を放して元のように助手席に座りなおした。そのままカバンからアイマスクを取り出す。
「着いたら起こしてください。」
「え?いや遥空?」
私の声に反応することなく、遥空はアイマスクを着けて寝てしまった。えぇ?
どうしようもなくなってしまったので、車を発進させることにした。
夕方ごろ、神崎徳人さんと会う約束をした公園に着き、未だ不機嫌な遥空と共に車を降りる。その時電話がかかってきた。相川さんからだ。
「はい、もしもし?」
『有太郎君?今調べ終わったんだけど、君の見立て通り二つの事件の両方とも、事件が起こった時間の少し後に現場の方から電車が通ってきたのが確認できたよ。それも回送。』
「そうですか、じゃあほぼ確定ですね。」
『うん、それで今君どこ?今からカチコミに行くんだけど。』
「商店街近くの大きめの公園です。神崎美穂さんと神崎さんの旦那さんと会う予定です。」
『…そうなんだ。じゃあそこに合流してもいいかな?』
「はい、時間を作ってくださりありがとうございます。」
『いいよ、じゃあ後でね。』
そうした時、遠くから声が聞こえてくる。徳人さんだ。スーツ姿だが、私の方まで駆けてきてくれた。
「探偵さん!」
「徳人さん。来てくださってありがとうございます。それで呼んでくださりましたか?」
「ええ…。夫婦の将来に関わることと言うと、飛んできてくれると言ってくれて…。そろそろ来ると思います。」
「あなた?それに…警察の方?」
声がしたので見ると、神崎美穂さんがそこにいた。美穂さんを見た瞬間、徳人さんが気まずそうな顔をしたが、それでも彼は自身の妻から目を離していなかった。
「神崎美穂さん。…すみません。私とこのもう一人は警察じゃないんです。探偵をやらせていただいている者なんです。」
「え?探偵?」
「縁あって警察の方と協力させていただいていますが。」
「私が依頼したんだ…。美穂が浮気してるんじゃないかって。」
「う、浮気!?…そっか、でもそうね。そう見えるわよね。」
「…それともう一つ。あと少しでここに警察がやってきます。」
「え!?」
「…そうですよね。」
警察が来ることを伝えると徳人さんは驚き、美穂さんは諦めたような声を出した。
だからその前に決着をつけないといけない。
「まずは徳人さんに今回のことを説明させてください。まだ私の推理ですが。」
私は徳人さんに私の推理を話した。徳人さんは驚いたように目を見開いている。美穂さんの方を見ると、顔の諦めの色が濃くなっていた。
「以上が私の推理です。…いかがでしょう?美穂さん?」
「…その通りです。」
「そんな…。そうか。」
「でも美穂さんは無理に協力させられていた立場だ。違いますか?」
「そうだとしても、私が力を貸していた事実に違いありません。」
「美穂…。」
「徳人さん、以上が今回のことです。…それであなたはどうしますか?」
私の仕事はここまでだ。後は二人の問題。
二人を斜陽が照らし出す。少しして徳人さんが美穂さんに頭を下げた。美穂さんが驚く。
「あなた…?」
「美穂、すまなかった。お前のことを疑ってしまった。…美穂が怖がっているときにそばにいてやれなかった。」
「それは…。」
「美穂のことを考えてやれなかった。寄り添えてなかった。あんなに愛していたのにな。」
「あなたは、もう冷めているとばかり…。」
「確かに浮気していると思っていた時は愛を見失ってた。でも…、もうそんなことはしない。」
「…私もあなたからの愛を信じれてなかった。…相談しても、一緒に苦しんでも良かったの?」
「当たり前だろ。」
徳人さんが頭を上げて美穂さんの目を見て言う。しばらく見つめあった後、美穂さんは徳人さんに抱き着き、それを徳人さんは確かに受け止めた。徳人さんは抱く腕を強めながら最後の言葉を伝えた。
「もう一度、私と愛し合ってくれるか?」
「ええ…。勿論。」
これ以上二人に言葉は必要なかった。心から愛し合えたから。
相川さんたちがやってくる。美穂さんと徳人さんは名残惜しそうに離れた。
「神崎美穂さん。私たちと来ていただけますか?」
「はい。」
「…事情は最大限考慮します。それでも少しは我々のもとにいていただかないといけません。」
「ええ、大丈夫です。」
そういって美穂さんは徳人さんの顔を見る。徳人さんは確かに頷き、それを見た美穂さんは優しく微笑んだ。
そして美穂さんは刑事さんに連れていかれた。徳人さんが私の方まで来る。
「探偵さん、ありがとうございました。」
「いえ、いい結果に終わり何よりです。それでは。」
「もう行かれるんですか?」
「他にも決着をつけないので。」
晴れやかな顔をする徳人さんに別れを告げ、相川さんと合流する。
「探偵の仕事は終わったのかな?」
「まだ総仕上げが残ってます。」
「それもそうだね。偵察班の報告では、ちょうどセンター横の黒鍋の車庫にいるみたいだ。後、ちょっと様子が変らしい。」
「急いだほうがいいかもですね。じゃあ行きましょう。」
すっかり日も落ち、夜の帳は降り切ったころ。暗い車庫の中で話し合う声が聞こえる。
「幹部様は?」
「もう少しで到着みたい。」
「そうか、では…」
そこで急に車庫の電気が点き、中にいた人を照らしあげた。全員が急なそれに目を細めていると、コート姿の男性の人影が現れる。それと同時に武装した集団がぞろぞろと入ってきた。
「いやー、苦労ばかり掛けさせてきたねー?あっちこっちに調べに行かせられて困っちゃうなぁ。…まぁここで年貢の納め時なんだけどね!」
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