ジュリエットは怨恨の心を知る2
彼は私のもののままでいるべきなのだ。他の誰にも渡さない。
小さいころからずっと一緒だった。異性を意識し始める前、恋愛なんて考えていなかった時から私たちは仲がよかった。思春期を迎え彼がほかの女どもに囲まれ始めても、私なら大丈夫、私といれる時間が安心できると言ってくれた。
最初は彼の居場所になろうとした。性など関係ない、友情による関係を作ろうと思っていた。だが無理だった。彼に近づく女は増えていき、私といれる時間は減っていく。
どうしても会いたくなって高校で彼を探していた時、教室で彼が告白される場面に出くわしたのだ。赤面する彼女、狼狽する彼。夕日の差し込む教室の中で想いを伝える光景はまるで物語のようで。
二日後、彼らが別れさせられた日。やはりショックだったのか彼は荒れていた。何でと繰り返す彼の心を受け止め、私の腕で彼を抱く。しばらく泣いていた彼だったが、やがて穏やかな顔で眠り始めた。そうでしょう?私といれる時間だけが安心できるもの。
その後は幸せの日々だった。同じ大学に進学したのち、昼は講義を一緒に受け、夜はデート。会えなかった日に我慢できず電話を掛けると、今からおいでと言ってくれた。私がマンションの入り口についたとき、ベランダから入り口を見て待ってくれていたようで、ちょうど彼と目が合う。さながらロミオとジュリエットのような構図にお互いに笑みがこぼれると同時に、私が彼のメインヒロインであることにどうしようもないほどの幸福感を感じたのだった。
それがどうして。あんな制度があるから。
残る一人を残して事情聴収が終わり、いよいよ彼の番となった。相川と名乗る警察が彼のほうを向き、話しかけ始める。
「最後になりましたが、お願いします。」
ボーダー柄のシャツに上着を合わせた容姿端麗の彼。直前まであんな騒動があったからか少し言葉に詰まるようだったが、ゆっくりと話始める。
「有木有太郎です。大学二回生で、大学帰りに電車に乗っていました。事件が起こる前は…周りを見る余裕はなかったです。」
「身分証は?」
「あっハイ」
有木と名乗る彼がバッグを漁る。ガサゴソと探る中でだんだんと顔が曇っていった。
「…すみません。財布落としちゃったみたいです。」
「そうですか。わかりました。では…」
「何故男性専用車両ではなく、通常の車両に乗られていたのですか?」
やたら白黒の少女が割り込み、訝しげに彼に対して問いかける。彼の顔が一瞬ひきつった。
やっべぇ。警察の協力者?の美少女が私に向かって問いかける。いや別に悪いことはないんだけど、外聞というか痴漢少女の騒動があった後に性目的がありました、とは言えない。
「男性専用車両がどこかわからなくて…」
「ほう?」
美少女の目がきらんと光った気がした。彼女は私のカバンについている定期入れを指さして言う。
「定期を使われているようですが、そこまで電車に乗り慣れていらっしゃらないのでしょうか?」
「実はそうで…」
「にしては随分使い込まれた定期入れを使われているようで。二回生とおっしゃられていましたが、電車で大学に通われ始めたのはここ最近なのですか?」
ニヒルに笑いながら私の嘘を暴く美少女。全員のこちらに向ける目が変わる。まじで?ごまかせないことある?
「…味なんです。」
「なんと?」
「女性の匂いが趣味なんです…。」
「そんなことある?」
美少女が顔をしかめて言葉を漏らす。やめて、やめて…。
慌てて顔を戻し、調子を取り戻したように言う。
「とにかく!ボクに嘘は通用しないので発言には気を付けていただきますように!」
…場がなんとも言えない雰囲気になってしまった。苦笑いを浮かべる相川が口を開く。
「でもどうして被害者男性は通常車両の方にいたのでしょうか?」
考え込むように顎に手を当てた美少女。確かに私のような人間が同じ車両にいたとはなかなか考えられない。
「判断材料が乏しいです。事件や男性についてわかっていることをボクに教えてくれますか?相川さん?」
夜はこれから更けていく。
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