境界剝離、ブラックアウト7
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18時を超えたぐらいだろうか、やっとこさ天神探偵事務所まで帰ってきた。遥空は仕事を終わらせてくれただろうか。もし終わってなかったら私が引き継いですぐに帰らせよう。あいつも朝から働かせてしまったし。
「帰りました~」
「あっ、お帰りなさい先生。」
事務所に入ってみると遥空がソファに座って出迎えてくれた。どうやらまだ帰ってなかったようだ。
私はコートをコート掛けにかけ、そばに白黒のディアストーカーを置き、そのまま執務机に移動しようとした。すると、遥空が何やら紙を差し出してくる。
「これ、黒鍋近代鉄道の調査結果です。あとでまた見てください。」
「ああ、ありがとう。ごめんな、こんな時間まで働かせて。」
「いや、阿須原さんが手伝ってくれたので、調べ物はすぐに終わったんです。」
「うん?じゃあなんで帰らなかったんだ?あと阿須原さんは?」
「阿須原さんは声楽教室があるとかなんとかで帰りました。…先生、あとこれも」
また遥空がなにかをこちらに手渡してきた。見るとサンドイッチで、皿にのせてその上からラップをかけていた。
「先生、ごはん食べてないんですよね?食べてください」
「あ、ありがとう?え?これ渡すためだけに?」
「それだけじゃないですー!いいから先食べて!」
「ああ…。」
なんなんだろうか?遥空は顔を真っ赤にしながらサンドイッチを食べるよう促してくる。…毒とか入ってないよな?
食べてみるが、いつもの阿須原さんの作ったサンドイッチだ。その味とお腹が空いていたのもあり、あっという間に平らげた。私が食べ終わったのを確認したのか、遥空はポンポンとソファーに座る自分の隣を叩いて次の話をする。
「じゃあ次は休んでください」
「えっ、いや、調べてくれたものとかいろいろ整理したいし…」
「そしたら先生いつまでも休まないじゃないですか!ほら早く寝て!」
「寝てって…。お前座ってんだから横になれないだろ…。」
「そこは私の足で…、いや私どけるんで!ほら!」
私に聞こえない声でごにょごにょと何かを言った後で、遥空はソファーから立ち上がった。どうやら本気で私を寝かせたいらしい。…まあ疲れてたのは事実なんだけどなぁ。
遥空の言う通り、私はソファーに横になった。
「…朝から働いてるのは遥空も一緒だろ。早く帰れよ。」
「わ、わかってます!先生寝たらすぐ帰るんで!」
「はいはい、じゃあお休み~。」
そういって目を閉じると、すぐに意識は暗闇に溶けていった。
先生が横になって目を閉じると、すぐに小さな寝息を立て始めた。本当に疲れていたらしい。
そりゃそうだ。この人今回の浮気調査の前から猫探しやら人探しやらで毎日依頼の為に走り回ってた。それから神崎さんの依頼で朝から動き回って。…私もいつも手伝ってるわけじゃないのに。
「ほーんと人の為に一生懸命なんですから…。自分のことは疎かにしたままで…。」
寝ている先生のそばに移動し、先生の頭を浮かせてソファーに座り自分の太ももの上に先生の頭を乗せた。ちょうど膝枕のようになるように。
そこまでやっても起きない先生の頭を撫でながら、先生のコートの方に目を向ける。そばにはあの白黒の帽子が置いてあった。思わず舌打ちが出そうになったので慌てて口を押さえる。
よくよく考えたら先生も寝てるし阿須原さんもいない。聞く人もいないから、私は心を込めて思いっきり舌打ちをしてやった。
いつまでも先生の心の中にいやがって。
暗闇の中、人がうごめく。電車だろうか、大きな影のそばで周りを警戒しながら複数人が話をしている様だった。
「どうだ?」
「警察が調べまわっているようね。でも難航してるみたい。」
「そうか、とりあえずは置いといて大丈夫そうだな。」
「ええ。…幹部様を迎える準備は?」
「そっちも滞りなく。そういえば明日幹部様直属の部下が先行して視察に来るらしい。」
「えっ、大丈夫なの?」
「勝手に見て回るだけだから、特別対応はしなくていいらしい。いつも通り仕事しよう。」
「わかった。警察だけ注意しときましょうか。」
…ゆっくりと覚醒するように目が覚めた。ソファーから体を起こすと、暗い事務所の中に窓から光が差し込んできていた。私が寝ている間に遥空も帰っていたようで、事務所の中には誰もいない。
時間を確認すると朝の7時で、どうやら差し込む光は朝日だったらしい。
ソファーで寝たせいか軋むような音を立てる体を動かし、遥空と阿須原さんが調べてくれた結果を確認する。
調査結果を見ると一昨日、いやもう3日前か、一つ目の女性が刺殺された日と稲垣涼香さんが射殺された日では電車の遅延が発生していたようだ。しかしそれもそこまで長いものではなく、1,2分程度だったらしい。
そこまで確認すると、私のスマホに電話がかかってきた。相川さんからだ。
「もしもし?」
『ああ、有太郎君?今平気?』
「大丈夫ですよ?何かありました?」
『いやぁ、今日これから黒鍋近代鉄道にまた聞き取りに行くことになったんだよね。行くときは教えてくれって言ってたし、来るかなって。』
「…そうですか。ぜひ行かせてください。」
『りょーかい。じゃあセンター前で待ってるねー。』
そういって通話は切れた。準備しようか。
そうして立ち上がった時、机の上に何か紙があることに気づく。
『どこかに調べに行くときは呼んでください 小鳥遊遥空』
…いつになくやる気だな、あいつ。
私は再度スマホを手に取った。
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