境界剝離、ブラックアウト6
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車で黒鍋近代鉄道の土地まで移動する。近くに車を停めて外から駐車場を見ると、先ほどの黒のワゴンが停まっていた。ナンバーも確認し、間違いなく先ほどの神崎さんのものだとわかった。
ここまで確認し、一旦事務所まで戻ることにした。昼頃には事務所に帰ってくることができ、事務所に入ると阿須原さんが迎え入れてくれた。
「お疲れさまです。早朝から大変でしたね。」
「ほんとです!朝に呼び出されるし、先生人使い荒いしで大変でした!」
「私は出費が大変でした…。」
私がぼやくと遥空が頬を膨らませて抗議してくる。あれはお前が悪いだろうが。
執務机まで移動し、いすに座って息を吐いた。これからどうしようか。
「阿須原さん!お腹空きました!」
「ああ、もうそんな時間ですか。軽いものなら準備できますよ。」
「じゃあその軽いものをたくさんお願いします!」
「…遥空さん、節度は守ってね…。」
微妙な顔をして阿須原さんは事務所の奥へ行ってしまった。まだ食うのかあいつ。
退屈になったのか遥空はテレビを点ける。お昼時ということもあり、ニュースをやっていた。
『まもなく東京国際共栄サミット2025が開催されます。各国首脳が集まるこのサミットでは昨今の国際問題が…。』
『3年前のガーベラ逢性実験都市で起こったテロのこともあり、サミット会場では厳重な警備が敷かれて…。』
『しかし、3年前のあのテロから我が国が立ち直ったことを示すいい機会で…。』
『サミットにはエーリエ派過激武力組織の攻撃を受けているババンゴ共和国の大使が参加する予定で…。』
『しかしかの国はかねてからの独裁政治が…。』
…逢性麗人会。今回の事件もあの組織が絡んでいるのだろうか。思えば3年前のマンションの事件にも彼女らが関わっていたらしい。私たちの想像よりかの組織の根は深く、広く及んでいるのかもしれない。
気づくとテレビの電源は切られていた。見ると遥空は不安そうにこちらを見ている。…心配させてしまったか?
「先生…。」
「不安にならなくていいよ。大丈夫だから。」
「先生はあれが関わるといつも顔が怖いです。」
「まあな。色々あるし。」
「ですけど…。」
「本当に大丈夫。大事なことは見失ってない。」
今回探偵の私の一番大事なことは神崎さんの夫婦のことだ。そこにあれが絡んでいたにすぎないんだし。…出来たら神崎さん夫婦には幸せになってほしいしな。
私はまた外出する準備を整える。
「ちょっと出てくる。」
「先生!?お昼ご飯は!?」
「私の分も食べておいてくれ。お前なら食えるだろ?」
「えっ、でも…。」
「あと一個頼んどいていいか?」
「ええっと、なんですか?」
「一昨日と今日の朝の黒鍋近代鉄道の電車の運行状況を調べてほしいんだ。遅延とかなかったとか。」
「は、はい…。」
「頼んだぞ。ごはん食べた後でいいから。」
遥空の頭をぐしぐしと撫でて私は事務所を出た。さあ、行こうか。大丈夫。
人の愛を守る為に探偵になったのだから。
有太郎が事務所を出てすぐ、阿須原がたくさんのサンドイッチをトレーに載せて戻ってきた。しかし遥空は待ち望んだたくさんの食べ物を目にしても顔を暗くしたままだ。それを見て阿須原は少し不思議に思った。
「遥空さん?」
「阿須原さん…。私あんまりいらないかもです…。」
「あらら。有太郎さんのことで何かありました?」
「はい…。」
「大丈夫ですよ。きちんと帰ってきてくれますから。今は元気をつけるのが先決です。」
「…先生と食べたかったです。」
「ふふ、そうですね。いくつか有太郎さんの為にとっといてあげましょうか。先生が帰ってきたら差し上げてくれますか?」
阿須原は微笑んで遥空に呼びかけた。
夕刻が近くなり、雨が降り出した。私は傘をさして都内のビルの前である人を待っている。ビルからは退勤時間になったのかぞろぞろと人が出てきており、やがて目的の人も中から現れた。
「神崎さん、お疲れ様です。」
「探偵さん…?」
私は少し目の隈が濃くなった神崎徳人さんに傘を差しだした。
徳人さんを連れて近くのカフェに入った。中に入ると外の暖気と雨の音はなくなったが、窓の外を見れば景色だけで冷たさと小気味いい拍子が伝わってくる。せっかくだから窓際の席にしようか。
席について温かい飲み物を注文する。徳人さんは元気のない声でホットコーヒーを頼んでいた。
「きちんと休めてますか?」
「…家に妻がいると、どうしても浮気のことばかり考えてしまって…。あんなに彼女のことが好きだったのに、気持ち悪く感じてしまうんです…。それで眠れず…。」
「…そうですか、心中お察しします。限界になる前に、奥様にバレないように会社を休むのも手ですよ。」
「は、はい。」
「今日は最近の奥様の様子と少しだけ報告をさせていただければ、と思いまして。…少し辛いかもしれませんが、最近の奥様の様子を教えていただけませんか?」
「…最近ますます目を合わせてもらえなくなりました。それにイライラするように貧乏ゆすりをすることも増えて…。あとずっとスマホの画面を見ています…。」
「…わかりました。ありがとうございます。」
「それで…。妻の浮気の方はどうなりました?そんなに日が空いてないのでアレかもですけど…。」
ずっとうつむきがちだった徳人さんがこちらを向いて尋ねてきた。不安そうながらもどこか期待のこもった眼をしており、もう楽になりたい、そういった心の声が聞こえてきそうだ。
私は紅茶を一口飲んで外を見た。雨脚は一層強くなったようで、先ほどは聞こえなかった雨音が中にいても聞こえるようになった。
彼に向き直し、目を見て口を開く。
「今のところ浮気の証拠は出てきていません。」
「…そうですか。」
「しかし、それよりももっと致命的なことに奥様は関わっているかもしれません。」
「え?それはどういう…?」
「まだ確証はありませんが、警察に届けなくてはならないかもしれない、ということだけ伝えておきます。」
「そ、そんな…。そんなことがあるんですか?」
「まだ証拠もなければ、確証もありません。…徳人さん。美穂さんと出会われた頃、結婚された頃はどうでしたか?もし、彼女が浮気していなければ、その頃に戻れますか?」
私が問いかけると神崎さんは再び俯いてしまった。しばらくして嗚咽の音が聞こえ、彼のズボンに涙が落ちる。
雨音がさらに強くなる。
「…わからないです。私も美穂が好きだったし、美穂も私を好きだと言ってくれてたのに…。今美穂は私のことを好いてくれてるのかわからなくて…。もう私のことが好きじゃないんじゃないのか…。体だけが好きだったんじゃないのか…。もしかして若い男を見つけてしまったんじゃないのか…。そう思って仕方なくて…。」
徳人さんは不安の心中を吐露する。美穂さんに対する疑心を口にするたびに彼の涙もこぼれていった。
私は彼が泣き終わるまでその言葉を聞き続けた。
やがて彼の涙も枯れ、しばらくは俯いたままだったが、やがて徳人さんは顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「…はい。」
「もう少し調査を続けます。結果が出たらお知らせしますね。」
「わかりました。…あの」
「はい」
「…聞いてくれてありがとうございました。少しすっきりしました。」
「どういたしまして。たまには気分を変えてもいいと思いますよ。」
徳人さんとカフェを出てその場で別れる。帰る彼の足取りは重かったが、それでも少し確かなものに変わっていた。
同性だから聞けることも、言えることもある。特にこの世界では。
私も帰ろう。
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