境界剝離、ブラックアウト5
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商店街の一角にあるカフェで遥空と朝ごはんを食べる。私はトースト、サラダ、ゆで卵に紅茶が付いたセットだが、遥空はそのセットを二つ、それにオムライス、グラタン、卵サンド、パフェを食べている。…一応死体見た後のはずなのによく食うなぁ。
「食いすぎだろ…。」
「お腹すいてるんだから仕方ないですよ。あっ、あと私財布忘れたんで。」
「はぁああっ!!??それで何でそんな食おうと思ったんだよ!!」
「お腹すいてたんでー。」
「お前ぇえええええ!!!!」
私の怒りをのらりくらりとかわし、遥空はすべての食事を平らげてしまった。こいつクビにしたろうか。
しょうがないのであいつの分も支払うが、量が量なのでなかなかの出費になった。
「先生も意外とケチですねー。」
「…別に適度な金額なら奢ったろうかと思ってたよ…。でも流石にあの値段は厳しいって。」
「まあ美少女に貢ぐことは悪くないことですよ。カフェオレ一口要ります?」
「いらねぇよ…。ん?カフェオレ?」
「はい、そこのコンビニで買ってきました。」
「…支払いは?」
「スマホで。」
「電子マネーあんじゃねぇかあああああ!!!!!」
「ああああああああああ!!!いったあああああああああいいい!!!!」
頭を押さえる遥空を車に蹴り入れ、さっさと発進させる。こいつの提案を聞き入れたのが馬鹿だった!
商店街近くの踏切を通り、黒鍋近代鉄道のコントロールセンターの方へ向かう。元の作戦通り入り口近くで張り込むことにしようか。それとも今のあの会社の様子を見た方がいいか?
考えながら車を走らせていると、反対車線を黒塗りのワゴンが通っていくのが見えた。ん?あの車種とナンバーって確か。
素早く右折し、見えないようにUターン。先ほどの道に戻り、向かっていた方向とは逆に進む。鉄道会社から離れる方向だ。ほんの少しだけ飛ばすと、先ほどの黒ワゴンの背中が見えてくる。
「いたた…。あれ?なんで戻ってるんですか?」
「あの車。神崎美穂さんのじゃないか?」
「ああ確かに。聞いてたナンバーですね。センターとか車両基地とかから離れる方向ですけど。」
「今は勤務時間だよな。でも外回りとか行く職種か?」
「どうなんでしょう?基本センター勤めだと思いますけど。」
20分ほど後をつけていると、線路沿いの砂利の引かれた場所で車が止まった。怪しまれないよう一旦通り過ぎてから、別の場所に車を停め、道路そばの倉庫のような建物の陰に隠れながら先ほどの場所の様子をうかがう。周りに人影や車は見えない。
車から神崎美穂さんが降りてくると、突然独特なリズムで手を叩き始めた。すると道路わきの草むらの中から人が出てくる。フードを目深に被り、警戒しているのか周りをしきりに見渡している。あの人まさか?
遥空も同じことを思ったのか、小さな声で私に話しかけてきた。
(先生あのフードの人って…)
(事件の犯人かもな。顔見えるか?)
(見えないです。出て行って無理に確認しますか?)
(…いや、いい。遥空、これ。)
私はコートのポケットの中から小さな箱のようなものを取り出して遥空に渡す。二人のいる場所の地面は砂利。おそらく紛れて分からないはず。
(これ、あいつらがわからないように二人の真ん中に投げられるか?)
(無茶言いますねぇ。まぁ何とかしてきます)
そういって遥空は石を拾ってから、音もたてずそれなりに高さのある倉庫の壁をすいすいと登っていく。あっという間に屋根まで上った彼女は右手に箱、左手に石を持ち、石を明後日の方向に放って一拍開けてから、箱を二人の方へ投げた。
屋根から投げられた石は道路の方へ落ちていき、小さいながらもシャープな音を立てる。神崎さんとフードの人はそちらの方へ素早く向くが、その隙をつくような形で箱は二人の間に落ちた。遥空は下から見えないよう姿勢を低くし、屋根の上に彼女がいることはわからなくなった。
二人は誰かいるのかすばやく確認するが誰の痕跡も見つからなかったようで、少し話してから共に車に乗り込み去っていった。
細く息を吐いてから私は物陰から出る。遥空も屋根から降りてきた。
「ほーんと無茶ばっかり言いますよね、先生。」
「高い飯代払ったんだ、ちょっとは働け。」
「はいはい。」
「はいは一回。まぁ、ありがとうな。」
でも実際できるんだからすごいよなぁ。どこでこんな身体能力手に入れたんだか。前世忍者か?
そんなことを考えながら、砂利の中の小さな箱…小型カメラを回収する。小さいながらも映像、音声両方を記録できる優れものだ。
「先生それよく使いますよね。好きなんですか?」
「別に好きではないけど…。便利だし。」
あの先生が厳選したものだからか、探るときにはかなり重宝する。そういやこれを私が初めて使ったのはあのマンション男性監禁事件だったか。あの時はロクに活躍しなかったけども。
車に戻ってパソコンにカメラのSDカードを差し込み、映像を確認する。あの二人が映っているが、角度が悪いのかこちらもフードの人の顔は見えない。
「顔映ってないな。」
「えっ、あんなに頑張ったのに。」
「まあ、ちゃんと仕掛けたわけじゃないしなぁ。音声も一緒に確認してみるぞ。」
パソコンの音声ボリュームを最大まで上げ、記録した映像を確かめる。神崎さんが口を開くところから始まっていた。
『何だったんですか?』
『わからない。でも誰もいないし問題はないでしょう。』
『はぁ…。乗り心地はいかがでした?』
『相変わらずよ。でも窓から見えないようかがまないといけないのが難点ね。』
『…我慢してください。では行きましょうか。』
『ええ。…この迎えも本来要らなかったのにね。あいつがポカしたせいで。』
ここで二人が画面から外れ、しばらくした後車のドアが開閉する音と車が走り去る音が聞こえた。ここまでのようだ。
「何だったんでしょうね、これ」
「フードのやつは何かに乗ってたらしいな。それも窓のある乗り物。」
「車ですかね。もしあの人が犯人なら、それで窓の外から見えないようにしていたってことかも。」
「…あと神崎さん敬語使ってたな。」
「フードは目上の人ってこと?」
「かもな。とりあえず黒鍋近代鉄道のセンターに行ってみるぞ。そこで神崎さんの車があるかだけ確認したら、事務所に撤退だ。」
そういってからパソコンやカメラを片付ける。遥空はペットボトルに残ってたらしいカフェオレを一口飲んで私に尋ねてきた。
「そういや神崎さんの車を追いかけなかったのってどうしてですか?」
「慎重にいきたい。怪しい人を乗せた以上警戒を強めるだろうし。…あの団体が絡んでるなら尚更な。」
「それって逢性麗人会ですか?」
「…ああ。」
ふーん、と遥空は細く相槌を打った。
「最近麗人会の母体が海外で暴れてるらしいですね。」
「だからエーリル派国内団体の逢性麗人会が危険団体だとみなされた。3年前からきな臭い噂はあったらしいけど。…さあ行くぞ。」
私はコートの腰のカラビナに取り付けた白黒のディアストーカーを少し撫でてから、車のエンジンに火をつけた。
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