境界剝離、ブラックアウト3
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相川さんたちについて行ってみると、かなり大きな部屋に出た。部屋の前方には大きな画面があり、そこには運行中の電車の位置が示されている。多くの人がパソコンやコンソールに向き合い、忙しそうに働いていた。部屋の様子はまるでロボットアニメの指令室のようだ。
相川さんが前に出ると、それに気づいたスーツの痩せている中年女性が近づいてきた。
「警部の相川です。少しお話をお聞きしに来ました。アポは取っているはずです。」
「ええ、聞いています。このセンターの統括主任をしています丸山といいます。…確認なのですが、本当に大木は殺されたのですか?」
「昨日、ここに勤めていらっしゃった大木鈴子さんはこの近くの商店街で刺されて亡くなりました。犯人はその後捕まえましたが、大木さんは体の至る所を刺されすぐに出血死したようです。」
「そうですか…。大木は真面目で部下からの信頼も厚い人間だったのですが…。惜しい人を亡くしました。」
「大木さんの交友関係などはいかがでした?恨みを買ってそうな方とか。」
「とんでもない!良いうわさしか聞かない人でした。」
「では、仲の良い人や関係の深い人なんかはいますか?」
私は割り込んで丸山さんに尋ねる。丸山さんは私を見て一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに答えてくれた。
「ああ、では交流の深い人を呼んできますね。」
そういって3人の女性を呼んできてくれた。一人はこちらも中年に見えるが太っている女性、一人はまだ若い私とそこまで年の離れてなさそうな女性、最後の一人は30代ほどだろうか少し疲れた顔の女性だ。ん?この人確か?
丸山さんが3人に自己紹介と被害者の大木さんとの関係を話すように言う。まず中年の太っている女性が周りをきょろきょろと見てから話始めた。
「では私から。私は柏木のの美です。大木の直属の上司で、仕事ではいつも一緒でした。」
「上司ということは大木さんの仕事上の交友関係も詳しかったのでは?大木さんの評判はどうでした?」
「誰からでも好かれるような人でしたよ。評判も上々だったと思います。」
柏木さんが話し終えると、少し間が空いてから若い女性が話を始めた。少し気が弱そうでしゃべる声もどこかおぼつかない。
「…つ、次は私ですね。稲垣涼香といいます。大木さんは私の上司で、いわゆるOJTの担当上司でした。大木さんはすごい優しい方で私の相談にも何でも答えてくれました。…本当に良い方だったのに…。こんな終わり方になるなんて…。」
稲垣さんは思い出すようにしゃべっていたが、こらえきれなくなったように涙を浮かべて顔を俯けてしまった。大木さんが殺されたことは本当にショックだったらしい。
話を続けられなくなった彼女の背中をさすりながら最後のくたびれた様子の女性が口を開く。この人。
「私は神崎美穂です。鈴子とは同期で、一緒の部署に配属されたことがきっかけで仲良くしていました。」
やっぱり依頼人の神崎さんの奥さんだ。神崎美穂さんは涼香さんを気遣いながら話を進める。
「鈴子は明るくて優しくて…。とても誰かから嫌われるような人じゃなかったです。」
「…わかりました。ちなみに神崎さんは大木さんとよく遊んでいたのですか?」
「ええ…、でも最近は忙しくてあんまり一緒に出ていなかったです。」
「仕事終わりとかも?すぐ帰ってた感じですか?」
「はい、そうですけど…、あの何か関係があるんですか?」
「いえ、特に気にしないでください。」
浮気疑惑のこともそれとなく聞けないかと思ったが、これ以上話すと怪しまれそうだ。相川さんに目配せして後を任せるようにする。相川さんはため息をついてから話を継いだ。
「皆さんの話を聞くと、大木さんは恨みなどを買うような人ではなかったと。犯人は動機なども言うつもりはないようですし、無差別殺人を主眼に捜査を進めたいと思います。ご協力ありがとうございました。」
では、と言って相川さんたちは退室しようとする。すると突然扉が開き化粧の濃い初老の女性が入ってきた。ブランド物のスーツやアクセサリーに身を包み、どことなく印象が悪い。
「あら、警察の方々もういらっしゃってたのね!申し訳ないわ、あいさつや出迎えも出来ず!」
「…あなたは?」
「社長の黒鍋智子です~!それで話って何を聞きに来たのかしら!」
「被害者の大木さんの話を聞きに来たのですが…、関係の深い方々のお話はもう聞いたのでお暇させていただこうとしていたところです。」
「あらそう!力になれたら何よりだわ!…ほら丸山!皆さんをお見送りしに行きなさい!」
「は、はい!」
相川さんはすごい微妙な顔をしていたが、さっさと出たいと思ったのか足早に部屋を出ていく。部屋から出る時もあの黒鍋社長はニマニマしながらこちらを見ていた。
私と遥空も用はなくなったので一緒に出ていると、廊下の途中で後ろから声を掛けられた。
「あ、あの!あなたも警察ですよね!?」
先ほどまですすり泣いていた稲垣涼香さんだった。どうやら私を警察だと思っているらしい。まあ勝手に着いてきたのだからそう見えて当然か。
「ああ、私たちは…」
「これ後で見てください!」
私に小さな紙きれを渡し、急ぎ足で戻っていってしまった。なんだったのだろう?
「ナンパじゃないですか?先生モテるし。」
「さっきまで故人を惜しんで泣いてた人が?」
よくわからないのでとりあえず外に出ようと前を向き直すと、先導していた丸山さんが眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
コントロールセンターから出て丸山さんとも別れたところで相川さんが話しかけてきた。
「おつかれー。ねぇ、さっきなんか変なものもらってなかった?」
「ああ、これですか?紙っぽいですけど。」
折りたたまれたそれを開いて中を見てみると、そこには1文だけ。
『明日朝10時に商店街に来てください』
「…商店街ってあの大木さんが殺された?」
「かもねぇ。どうするの有太郎君?」
「彼女、私を警察だと思ってたっぽいんですよね。まあでも何か伝えたいみたいですし、明日行ってみようかと思います。」
「そっか、会って話を聞いたら私にも教えてよ。警察に相談事って穏やかじゃないし。」
「わかりましたー。」
刑事さんたちも撤収準備をしているようだし、私たちも一度出直すことにする。相川さんたちと別れて車に戻ろうとしたところで、相川さんにまた声を掛けられた。
「有太郎君、そういや彼女の容体は?」
「…変わりないです。意識も戻りません。」
「そっか。…思いつめすぎないようにね。」
今度こそ相川さんと別れ、車に戻った。
その後事務所に戻り、やることもないのでそのまま遥空と解散し私も家に帰った。諸々を済ませ、明日に備えて早めに寝たのだが、スマホのコール音で起こされる。時間を見ると朝の6時で、起きる予定の時間より少し早い。電話は相川さんからだった。
「相川さん?何の用ですか?」
『有太郎君、今日稲垣涼香さんと会う予定だったよね?』
「はい、そうですけど…。」
『あのね、…今朝涼香さんが殺されたんだ。』
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