境界剝離、ブラックアウト2
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とりあえず神崎さんの奥さんの職場の様子を見に行くことにした。私が車を運転し彼女の職場、黒鍋近代鉄道会社のコントロールセンターに向かう。
運転していると、助手席に座る遥空が退屈そうにスマホをいじりながら話しかけてきた。
「黒鍋近代鉄道って都内で電車を走らせてるあの?」
「あの民営の鉄道会社らしいな。コントロールセンターに勤務で、運行している電車や線路の管理の仕事をしているんだってさ。」
「ほえー。でも私たちがいきなり行ってどうするんですか?流石に中に入れないと思うんですけど。」
「徳人さんから奥さんのいつもの退勤時間を聞いたんだよ。センターの入り口に張り込んで、もし奥さんが徳人さんが聞いている時間より早く出てきたら…。」
「あぁ、旦那さんに嘘ついて何かをしている時間を作っていることになるっていうわけですか。」
「そういうこと。」
そのためなるだけ早く張り込みを始めたい。まだ日も高いが、心を囃し立てるようにアクセルを踏み込んだ。
そうしていると黒鍋近代鉄道会社のコントロールセンターに着いた。コンクリート造りで白塗りのセンターの横には線路が走っており、またすぐそばに電車の車庫があった。どうやら線路そばの一つの土地に様々な関連する施設を集めているらしい。神崎さんの奥さんの務めるセンターもそのうちの一つというわけだ。
土地の入り口が見える位置に車を停めいざ張り込みを始めようとしたが、どうやら何か様子がおかしい。よく見ると土地の中にパトカーや黒塗りの車が複数停まっており、何人かが車から降りている。その中に見覚えのある顔を見つけた。
「遥空、行くぞ。」
「えっ、先生!?張り込みは!?」
急いで車から降りて土地の中に入っていく。彼女はこちらに気づかず件のコントロールセンターに入っていこうとしていたので、少し大きめの声で呼びかける。
「おーい!!相川さん!!」
「ん?…うえっ、何でいるの、有太郎君。」
「ちょっと色々ありまして。何かあったんですか?」
「ああ、こっちもちょっとね。…何にやにやしてるの。」
「いやー、もしよかったらちょっとだけお話を聞かせてくれませんか?力になれるかもしれないですし。」
「…師匠が師匠なら弟子も弟子だねぇ。」
「別に先生みたいに名声とかを求めてるわけじゃないですよ?多分お互いにWin-Winになれるかなって。」
「ちょっと速すぎ先生!…っておばさん!?」
「あ?」
遅れて遥空が走ってやってきたが、相川さんの顔を見てまた失礼なことを言う。相川さんは眉間にしわを寄せて遥空を睨んだ。
「あっ!いや!何でここにいるんですか相川さん!今日も若さと美貌が映えますね!いやホントに!!」
「…はぁ、まあいいや。わからないことは早めに無くすに限るし。時間がないから手短に伝えるね。」
あと私はまだ31だから、とドスの効いた声で相川さんが付け加えた。反省しろ、遥空。
「殺人事件?」
「うん、とは言っても犯人はもう捕まってるんだけどね。」
パトカーのボンネットに腰掛けながら相川さんが話す。周りに相川さんの仲間の刑事さんたちがいるが、私が事件に首を突っ込むことは初めてではないため、慣れた様子で待ってくれていた。
さらに詳細なことを伝えようと相川さんが続ける。
「ある商店街で突然女性が刺される事件が発生したんだ。女性は即死。犯人の女性はその場から逃げ出したんだけど現場周りにたくさんの目撃者や監視カメラがあったし、返り血ですごい目立ってたからすぐに見つけられて逮捕できた。道路を歩いていたのを見つかったらしいよ。…だけどちょっと妙なことがあるんだよね。」
「妙な事?」
「犯人が捕まったのは犯行現場から30キロ以上あるかなり離れたところだったんだ。だけど逃走経路と手段がわからない。逮捕した場所の付近や犯行現場からそこまでの一帯を調べても、犯人が移動する様子が誰にも見られていないし、カメラにも映っていない。」
「カメラに映らないように移動したんじゃないですか?追跡されないようにこそこそしていたと考えたら自然ですし。」
遥空が割り込んで話す。確かにそれは十分考えられると思う。しかし相川さんが首を横に振った。
「犯行が行われてから逮捕までおよそ1時間30分。何らかの移動手段が使われたのは明らかだし、移動距離と時間的にそんなに器用なことができると思えないんだよね。」
「ほうほう、それはちょっと不思議ですね。」
「でしょ?状況だけを見るんだったら犯人が透明人間になったか、ワープしたか。どうやったんだろうね。」
「もしくは本当に見つからなかっただけのスーパーラッキーウーマンかもです。」
遥空が冗談めかして言う。それだったら考えなくて済むんだけどな。…確かに少し不思議だ。車か何かに乗ったとしても乗り降りしたところが見られていてもおかしくないし、途中で降りることになった意味が分からない。
相川さんが勢いよくボンネットから立ち上がった。
「被害者はここで働いてた人みたいなんだよね。だから今から生前の被害者の話を聞きに来たってわけ。犯人は聴収で動機も何も言わないし。」
相川さんと刑事さんたちは改めてコントロールセンターに入っていこうとする。
私は遥空と顔を見合わせた。一足に神崎さんの奥さんのことについて知れるチャンスかもしれないし、気になることも増えた。見ればあいつも微笑みながらぶんぶんと首を振っている。私も遥空も『そういったこと』に遠慮するつもりはない。
私たちもセンターの中に入り相川さんたちの後ろについていく。冷たい視線を彼女たちから感じるが、それには諦観と期待の色が見て取れた。
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