境界剥離、ブラックアウト1
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ここは天神探偵事務所。大きめなビルのテナントのうちの一つにある探偵事務所である。中はアンティーク調の家具で統一された内装であり、クラシックな落ち着いた雰囲気が感じられた。
今は黒のショートパンツに薄手のブラウス、デニムのジャケットを合わせた明るい髪色のポニーテールの美少女が事務所内の掃除を、貴婦人という言葉の似合う妙齢の上品な女性が書類の整理をしている。
ラジオの音が事務所内に響く中、二人の作業する音が小気味よく響いていた。
『そのような社会情勢の中、先日2024年度の新入社員の初出社が各企業で見られ…』
「阿須原さーん。このテーブルのここ、なんか欠けてまーす。」
「いえ、それはそのようなデザインですので、放っておいて大丈夫ですよ。」
「そうなんだ。なんか鋭い感じがしますねー。」
間延びするような声で少女が阿須原に確認を取りながら掃除を進めており、阿須原はそれに丁寧に受け答えを返している。ある程度作業をしたのち、少女が呆れたように声を出した。
「そういやあの人遅いですね。もしかしてどっかでさぼってる?」
「いえ、仕事が難航しているのでしょう。あまりずるをする人ではないですから。」
「そうですか?まぁ、ならいいや。」
そんな話をしていると事務所の扉が開く音がする。二人が入り口の方を見ると、スーツ姿のくたびれた顔の男性が中を伺うように立っていた。見たところ三十代ほどだろうか。
やってきた客人に対して阿須原はおしとやかに応対する。
「ようこそ、天神探偵事務所へ。当事務所の探偵へのご依頼ですか?」
「うわっ、知らないおじさんだ」
不躾な美少女の頭に阿須原はチョップを落とした。
依頼をしに来たという男性を阿須原は高級感あるソファーに通した。ローテーブルを挟むようにソファーが二つ配置されているうちの一つだ。そのまま紅茶を準備し男性に差し出すが、その間美少女は痛みからかずっと頭を抑えていた。
「先ほどはこちらの従業員が大変申し訳ございませんでした。」
「い、いえ、大丈夫です。…あのこちらには男性の探偵さんがいらっしゃると聞いてきたんですが…。」
「ああ、彼なら今少し外出しておりまして…。おそらくもうすぐ帰ってくると思います。」
「は、はぁ」
すると事務所の外から重厚なエンジンの音が聞こえてきた。特徴的なそれは徐々に近づいてきているようで、事務所のすぐそばで止まった。阿須原は笑みを浮かべて話す。
「帰ってきたようです。」
事務所の扉が開き、ベージュのコートを着た男性がヘルメットを抱えて入ってきた。整った顔立ちをしており、コートの腰ぐらいの位置に取り付けられたカラビナには白黒のディアストーカーがつなげられている。
「帰りました~。いや猫探しって思ったより大変で…ん?」
「先生、ご依頼に来られた方です。」
「ああ、なるほど?」
先生と呼ばれた彼はヘルメットを棚に置き、依頼人の男性に向き直した。
「探偵、有木有太郎です。以降よろしくお願いします?」
やっとこさ猫探しの依頼を終えて事務所に帰ってくると、依頼人だという男性がいた。簡単に自己紹介を終えた私は、依頼人が座っている位置のローテーブルを挟んだちょうど向かいに座る。
すると阿須原さんは私の分の紅茶も素早く淹れてくれた。ちょうどのども渇いていたのでありがたい。
しかし、何であいつは呻きながら頭を抑えてんだ?
依頼人はこちらを伺うように見てきたので、話すように目線で促す。すると男性は依頼の内容を話始めた。
「あの、私は神崎徳人というのですが…、今日こちらに伺ったのは私の妻の浮気調査をしてほしくて…」
「浮気調査?」
「は、はい。でも確証があるわけでなくて、実際にやっているのかはわからないのですけども」
「つまり、なんとなくそれっぽい感じのことを奥様がされていたので、ここに調査を依頼しに来たと。奥様はどのような様子ですか?」
「数か月前から休日出勤が増えてて…。家では何かソワソワするようになりましたし、彼女のスマホの画面が私に一切見えないように警戒するようになったんです…。」
「ああ、すごい黒っぽい!」
急に話に入り込んできた馬鹿の頭をひっぱたき、素早く依頼人に謝罪する。
「大変申し訳ありません。深く傷つかれていらっしゃるでしょうに」
「だ、大丈夫です…。」
「お気遣い痛み入ります。差支えなければ、その奥様が第何夫人でいらっしゃるのかお聞きしても?」
「私重婚はしていないんです。ですのでそういったわけでは…。」
「へぇ、大変失礼いたしました。」
ほーん、珍しいな。最近ますますそういう動きも増えているのに。まぁ私も言えた義理じゃないけど。
奥さん一筋であるのにも関わらず、浮気の影が見えてショックに感じているのだろう。…いやそういうわけではないのかもしれない。
「奥様のことを調査するわけですが、もし浮気を一切されていないとわかった場合どうされます?」
「え?それは…謝ると思います。疑ってしまったわけですし。」
「奥様のことをどう思われています?」
「…わからないです」
そっか。…これ以上は酷だな。それにあとは奥さんの真実次第だし。
「では、この依頼お引き受けさせていただきます。」
「あ、ありがとうございます。」
「では少し奥様の個人情報を教えていただけますか?仕事場とか」
神崎さんは奥さんについての情報を教えてくれた後、微妙な顔をしながら事務所を出ていった。少し息を吐いてから時計を確認するが、まだ日も高い。
未だにうずくまっているポニーテールの少女、小鳥遊遥空に声を掛ける。
「遥空、行くぞー。」
「先生!美少女の頭を叩いてばっかり!馬鹿になったらどうすんですか!」
「お前の不躾が治ればそれより良いことはないだろ。ほら準備しろ。」
「んなぁー!!!!」
なんか叫んでいるがそれを無視してコートを着なおす。変なところはないか一通り確認してから、コートに白黒のディアストーカーを取り付ける。
私の準備を終えると遥空もいつの間にか準備を終えていた。動きだけは早いよなぁ。
「名助手、小鳥遊遥空。準備完了いたしました!」
「はいはい、じゃあ行くぞー。」
「行ってらっしゃい。遥空さんもしっかりね。」
「はい!阿須原さん!主役奪ってきます!」
何言ってんだ。私は苦笑いを浮かべながら事務所の扉を開けた。
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