お菓子の家攻城戦7
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そうして天神探偵事務所まで帰ってきた。相川さんはここで帰るかと思っていたが、どうやら残って情報を一緒に整理してくれるようだ。
「私もいろいろ調べたしね。」
とのことだ。天神先生が不機嫌なままなのでいてくれるだけで正直ありがたかった。各々事務所のソファーに腰を下ろしたところで阿須原さんがお茶を淹れてくれる。相原さんが一口お茶を飲んで切り出した。
「そういや天神君がどこまで調べたのかまだ聞いてないから、それ先に聞いてもいい?」
「えぇ…、馬鹿の調べたことだけ聞いて追い出そうかと思ったのですが…。」
「えっ。」
「まぁ、君だけ情報を共有しないのも不公平だよね。私もいろいろ聞いときたいし。」
「うー、まぁいいでしょう。」
天神先生はとっとと私をお払い箱にするつもりだったらしい、危ないところだった。…もしかしたら相川さんは私を気にして発言してくれているのかもしれない。
天神先生はこちらを睨みながら話を続ける。
「その馬鹿と別れた後、ボクは不動産屋に行きました。そこであのマンションについて色々聞いたのです。」
「ほうほう。」
「あのマンションは男性専用とオーナーは言っていましたが、実際は2階から20階までを男性専用フロア、21階から上を誰でも入居できるフロアと分けていたようです。で、男性は相場よりかなり安い値段で住めるようにしていたということでした。」
マンションに渚さんをはじめ女性が住んでいたのは、一部のみ男性専用ということにしていたためだったようだ。しかし男性のみ家賃が安いというのは何か裏があるように感じる。
「男性を集めるのが目的なんですかね。」
「ところがそうではなさそうなのです。」
天神先生が否定して続ける。
「どうやら男性フロアの住人の入れ替わりが激しいようでした。入居してしばらくすると引っ越してしまい、また新しい住人が入ってくるということを繰り返していたらしいです。そこで相川さんに以前あのマンションに住んでいた人を何人か調べてもらい、その人たちに話を聞きに行きました。」
相川さんに教えてもらった連絡先を確認し、以前マンションに住んでいたらしい人の現在の住所に向かう。目的地に着いてみると少し古いアパートで、マンションに比べると雲泥の差だ。インターホンを押してみるとひげ面のおじさんが出てきた。
「だれ?あんた?」
「こんにちは、名探偵の天神明星といいます。」
「え?」
「突然ですみません。以前あなたが住まわれていたマンションについて教えてほしくて伺いました。」
「は?いや誰だよ、探偵?なんか騙しに来たのか?」
「いえ、マンションのことを少し教えてくださるだけでいいのです。お土産もありますし、ね?」
そう言って日本酒の瓶を見せる。途端におじさんの目の色が変わった。未成年がどうやって手に入れたのかは内緒だ。
「別に悪いマンションじゃねぇんだ。むしろ上等なぐらいでな。あんな値段で住めてるのが不思議なぐらいだったよ。」
「ほー。」
玄関で座りながらおじさんが奥から引っ張り出してきたさきいかをつまむ。案外美味しい。
「住みだして2か月ぐらいしたら突然オーナーの女がやってきてな。家賃を上げさせてほしいって言いだしたんだ。それが前の家賃と比べてめちゃくちゃ高くてよ、流石に払えねぇってなった。」
「ほーん、じゃあマンションを追い出されたのですね。」
「いやそしたらあのオーナーがな、『こちらの都合だから引っ越し代も賠償も払う』って言ってきてな。まあまあな額をもらってこっちに引っ越してきたんだ。」
「うん?じゃあ何も不利益は被ってないのですか?」
「まあ、マンションを追い出されたのは合ってるがな。でもお互い合意の上で、ってやつだ。」
「…まあまあな額をもらったにしては質素な暮らしをされてますね。」
今の部屋を見る限り、生活にお金をかけているようには見えない。
「はは、それはしょうがねえ。男は金を貯めておかないといけねぇんだ。そうじゃなきゃ女に体を喰わせないといけなくなる。」
「…そうなのですね。わかりました、色々教えていただきありがとうございました。」
「おう、こっちもありがとな。」
おじさんは笑いながらボクを見送ってくれた。少なくとも現状にそこまで不満はないらしい。
「…といったことらしいです。他の方に聞いても同じような話だったので、ある程度住んだら家賃を上げているようですね。ただ住めなくなった人には冷たくしている、ということでもないらしいです。」
ますますわけがわからなくなる。何のためにそのようなことを?
「でも新しく入ってくる人の家賃は元の安いままなんだよね。不思議なことをしてるね。」
「何か狙いはあると思いますが。とりあえずボクが調べたことは以上です。」
「あっ、じゃあ次は私が調べたことを言うね。」
「ボクはもう大体聞いているのですが。」
「まぁ、情報整理にちょうどいいでしょ。…それに有木君をあんまり無下にしない方がいいと思うよ?」
「…どうせ、もうクビなのですけどね。」
相川さんはこちらに笑いかけながら言ってくれる。やはり私のことを気にかけてくれていたようだった。ありがたいことこの上ない。対して天神先生は私に冷たすぎない?
「私は撃たれた男性とかその周辺について調べたね。射殺された男性は自身の仕事場に3週間前から顔を出してなかったらしいよ。」
「え?行方知らずだったかもしれないってことですか?」
「うん、まあ特に恋人とかいなかったみたいだから音信不通だったかどうかはわからないけど。あと気になったことなんだけど、事件発生時に被害者の住んでた階で特に叫び声とか不審な音とかはしなかったらしいね。」
「え?」
叫び声がしなかった?被害者の住んでいた階で?
私の困惑を置いておいて相川さんが続ける。
「あと天神君に言われて、被害者の部屋の近くで聞き込みをした時に留守だった人で職場に来ていない人がいないかを調べたよ。そしたら2人だけ仕事に来ていない人がいたね。」
「男性フロアの住人で失踪している人がいるんですか?」
「それが二つとも最近になって職場に電話がかかってきて『体調が悪くて休んでます』ってだけ言われて切られたらしいんだ。一応音沙汰無いわけではないね。」
被害者に似た状況なのかと思ったが、そうではないらしい。ここで天神先生が苛立ったように口を開いた。
「ああもう、相川さんが調べたのはそこまでですよね?じゃあ馬鹿、早く知ってることを言え。…はーやーく!」
天神先生はさっさと私をクビにしたいらしい。気は進まないが、言わなくては話が進まないためマンション内のことを伝えることにする。
「ああはい、わかりましたよ。でもそんなに言うことはないです。21階に住んでいる人の部屋に行ったっていうことと、一階の倉庫の扉の鍵が誰もいなくても開いていたので普段は空いているかもしれないっていうことぐらいです。」
「え?」
「あと不思議なのが、その21階に住んでいる人は事件の時部屋にいたのに叫び声を聞いたらしいんですよね。これなんでなんですかね?」
「ん?被害者の階の人は叫び声とか聞いていないのに?」
「なんででしょう?まあ、これで私の知っていることは以上です。…天神先生本当に私クビなんですか?全力で謝るので許してくれません?」
知っていることを全部吐き出し、天神先生に最後のお願いをする。これで無理だったら土下座でもしようか。いや土下寝?
覚悟を決めたところで天神先生から何も言われないことに気づいた。見ると天神先生が何か考え込んでいる。しばらくして天神先生が思いついたように言った。
「おい馬鹿、もう一回マンションに行け。」
「え?」
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