お菓子の家攻城戦6
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渚さんの部屋までやってきた。白を基調とした清潔感あふれる部屋で、一目でセンスの感じられるものだった。ローテーブルのそばにクッションを並べ、そこに通してくれる。
「お茶淹れますね。」
「ああ、お構いなく。」
渚さんはコップにお茶を淹れて持ってきてくれた。そのまま私の横にぴったりと添うように座る。最初は渚さんの手は自分の足の上に置かれていたが、私の手の上に重ねられ、次に私の太ももの上に移った。…少しゾクッとする。
「有太郎さんって不思議ですよね。男性なのに全然嫌がらないし。」
「…はは。渚さんだからですよ。」
渚さんの手が撫でるように動く。これからのことを想像したのか顔が紅潮してきていた。
あの日のこと、電車に乗った時のことを考えかける。
「あの、…結構遊んだりするんですか?」
「いえ、全然したことないですよ。」
嫌なことは考えなくていい。思い出さなくていい。
渚さんはそのまま私の方にしなだれかかる。
「実は私経験なくて。でも有太郎さんだったらいいかなって。」
「ええ、…ああ、はい。」
天神先生は心から愛してくれないのかもしれない。だったらここで愛されてもいいじゃないか。渚さんだって内面をきちんと愛してくれるのかもしれない。大丈夫、大丈夫。大丈夫?
渚さんはそのまま私を押し倒す。
「あの、優しくします。」
電車での感覚。あの女子生徒。触られた記憶が意思に反して溢れ出した。
その瞬間、私は渚さんを押し返していた。
「…あっ」
「えっ?あ、え?」
渚さんは困惑している。…そりゃそうだろうな、誘ってきた相手が拒んできたんだから。やたら明瞭な思考に反して体の震えは止まらない。無理やり体を動かし体を渚さんに向ける。
「アハハ。ちょっと今日はあれかもです。お茶だけいただく感じでもいいですか?」
「…はい、大丈夫です。」
その後も何とか楽しく話ができないか試したが、やはり難しくどんな話をしてもぎこちなくなってしまう。…もう限界だ。
「…そろそろいい時間なので、お暇してもいいですか?」
「あっ、はい。…あの、送りましょうか?」
「いえ…大丈夫です。今日は楽しかったですよ。また行きましょうね。」
「はい…また…。」
玄関で見送られながら部屋を後にする。扉が閉まるその時まで渚さんの顔に影が落ちていた。
渚さんの部屋を出て少し開放感が出てくるがそれでも心は鉛のように重たく、一人になりたくてエレベーターではなく階段室に入り込んだ。幸い私以外の姿も気配もない。細く息を吐きながら階段に座り込む。
怖かったのか?気味悪かったのか?大丈夫だ、何にもなってない。
…忘れてしまおう。気にせず、考えず、またいつも通りに過ごせばいい。渚さんも何日か経てば忘れるだろう。天神先生もあれが本心なんだ。裏なんて無いに決まっている。そうだ、マンションだけ調べて帰るんだ。そうすれば、ここに用はなくなる。また少し前に戻れる。
ふらつきながら立ち上がり、震える足を動かして階段を下りる。そういえばここは21階だったか?いいや、気力を出すのにはちょうどいい。
階段を下りて一階までたどり着く。階段室を出ると左手に倉庫の扉が見えた。あそこの窓から犯人が出てきたのだったか。いや、結局倉庫の鍵が閉まっていたからその線も消えたんだった。
少し気になり倉庫の扉のドアノブを回してみる。閉まっているだろうから無駄だと思っていたが、予想に反して倉庫の扉が開いた。それに驚き、中を少し覗いてみる。一通り見渡してみたが、中には誰もいない。
倉庫の外に出てその前で少し待ってみたが、それでも誰かが帰ってくる様子もない。もしかして普段は鍵が開いている?
そのまま何事もなくマンションを出た。とりあえず駅のある方向に歩き出す。なるべくマンションを見ないようにしながら。
そうして歩き始めた時だった。
「おい、ボクに詫びもせず何してる馬鹿。」
「謝ってないわけじゃないですよ。ちゃんと一回謝った気が…、えっ!?天神先生!?」
「おう、お前のせいであっちこっちに歩き回らないといけなくなったんだからな!一回謝ったくらいで足りるわけないだろうが、馬鹿!」
「いや、それは知らないというか、なんというか…」
「お前のせいだろうがぁ!…まあいいや。クビにしてやる、いまから事務所行くぞ馬鹿。」
「そんなぁ!!」
「そんなじゃないだろ!大体ボクに対するリスペクトが足りない奴はいらな…」
「はい、一回ストップ、天神君」
「何ですか!今こいつに言いたいことがたくさ…」
「あれ、相川さん?」
見ると相川さんが一緒にいた。天神先生は相変わらず叫び散らかしている中、相川さんは心配そうに口を開く。
「有木君大丈夫?体震えているよ?」
「え?」
相川さんの車に乗せてもらい、天神探偵事務所に向かう。ありがたいことに相川さんがホットココアを買ってくれたので、それを飲みながら移動している。少しだけ気が抜けた感覚がした。
「じゃあどうにかしてマンションを調べてたんだな?方法は知らんけど。」
「一応そんな感じです。」
「はあ、まあいいや。調べたことだけ聞いてやります。そのあとクビな。」
「えぇ…」
「まぁ、その辺のことは後でもいいんじゃない?有木君ちょっとは落ち着いた?」
「ええ、多分。ありがとうございます。」
「ううん、気にしないで。…何があったかは聞かないけどさ、もし何かあったらすぐに言ってね。私これでも警察だからさ。」
「…わかりました。」
ちゃんと顔は見えないが、相川さんが笑いかけてくれている気がした。
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