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クリアリング・ホロウ1

https://twitter.com/Wakatsukimonaka

 西村さんはそのまま車に乗せられ、連行されていった。自分が疑われていたからか、どっと疲れが出てくる。どうやら知らないうちに疲弊を溜めていたらしい。このまま帰ってもいいか警察の人に聞こうとしたときだった。


 ダンッ!ダンダンッ!


 何かを力強く踏みつける音が響いた。見ると天神さんがめちゃくちゃ地団駄を踏んでいる。どんだけ腹立ったんだあの人。足踏む音はだんだんとペースアップしていく。さらにリズミカルに、もっとハイテンポに。まさか魅惑のツービート!?

 見られているのに気付いたのか天神さんはこほん、と咳払いをして地団駄をやめ、こちらにやって来た。


 「そういや協力してくれてありがとうございました。警察に一言入れたら帰ってもいいと思いますよ?」

 「は、はあ…。じゃあ疲れたんで帰ります。」

 「あっ。よかったらコレ、どうぞ。」

 

 天神さんが何かを差し出してきた。どうやら名刺のようで「天神探偵事務所」と書かれている。


 「また何かあったら是非連絡を。ボクの名が広がるような事案ならなおよし、です。」

 「ええ…」


 また胸を張って笑顔で言い切る天神さん。これ以上いるとまた疲れそうなので会釈だけしてその場を離れる。そのまま近くにいた警察の人に聞いたら帰っても大丈夫ということだった。地下駐車場からでて駅に向かったがまだ電車は無いようで、そんなに家まで距離がないため歩いて帰ることにする。

 普段通らない夜道を通っていると今日の出来事がゆっくりと、立ち上がるように思い返されてきた。

 




 初めてされた痴漢。自分の今までとの世界の乖離。そんなことも忘れてしまうような衝撃的な出来事。ああそうだ、私は気づいたのだ。自分の今までの価値観が塗りつぶされたことを。

 前世で蓄えられた願望は今世で生を受けて以来、少しずつ変化させられてきた。好かれたいというそれは前世ではもっと単純なものであったはず。性に忠実な、より動物な本能に任された、番のいない雄に近いその欲求。いつからこんなに人間らしくなったのだろう?


 ふと顔を上げると、セレクトショップのショーウィンドウがすぐ横にあった。閉店したのであろう真っ暗な店の窓は私の顔をよく反射した。前世のものとは違い、整った顔つき。それでもどこかくたびれた顔をしていて、何故か親近感を覚える。もしかすると前世も今世も悩むことは変わらないのかもしれない。

 このまま見ていたら前世の顔に幻視してきそうだ。曇り空のような気分の中歩き始める。


 ああ、愛されたい。





 歩いていると自分の家に着いた。軽めにシャワーを浴び、服を着替え、ベッドに倒れこむ。寝ようかというところでふと思い返し、カバンの奥底にしまい込んだ名刺を取り出した。

 今日出会った流れ星のような彼女。自分が世界の中心と言わんばかりに振り向き、笑い、発露するあの人。彼女は万人とは違うだろう。もしかしたら。


 天神探偵事務所とスマホで検索すると、そこには数々の称賛や記事があった。しばらく見ていると、綺羅星のようなそれらの中に一つの案内があることに気づく。探偵事務所業務補助のバイト。普通自動車MT免許の条件、福利厚生の類一切なし、都内最低賃金。劣悪な条件の募集だが、これを逃せば一生私は満たされない気がした。

 まあ、あの人可愛かったし。

 




 「ふーん♪ふーん♪」

 「ずっとそれを見てらっしゃいますね。」

 「だってまた一つ、このボクの逸話が生まれたのですから!いやーもっと大きい記事でいいのに!一面とか!号外とか!」


 今日も天神先生はスクラップブックを眺めていらっしゃいます。最近また一つ厚くなったようで、このところずっとご機嫌がいいですね。そんな先生に伝えないといけないことが一つ。


 「今日はバイト希望の方が面接に来られる日ですからね。もうすぐいらっしゃる予定ですよ。」

 「わかってます、わかってます。今度の人は長続きするといいですねー。」


 流石にあの条件はなかなか厳しいのか、または入ってみても激務すぎるのか、バイトの方はまれに入られるのですが、すぐにやめてしまいます。少し条件を緩くしては、と提案させていただいたこともあるのですが、先生は「いないのならそれでもいい」と言って却下してしまいました。私もいつも車を出せるわけではないのですが…。

 そうこうしていると呼び鈴の音が鳴りました。来られたようです。


 「ドアは空いていますよ。どうぞ。」

 「ようこそこのボクの探偵事務所へ!まずは名前をおおおっ!?」

 「お久しぶりです。そんなに時間たってないですけど。」


 入ってこられたのは、長身の顔の整った男性の方でした。彼と面識があるらしく、先生は珍しく口をパクパクさせていらっしゃいます。


 「君!あの時の変態じゃん!」

 「言い方おかしいでしょうよ!そうじゃないし!」


 どうやら楽しくなりそうです。




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