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ノトレムの憧れ

 ―――――――――――――――――――――――




 ポドルフの危機を知らないサチコら五人は、レイナに案内されて下水道へと到着した。

 薄暗い空間で強大な下水道、真ん中には下水が流れて汚臭で満たされており、サチコは顔を顰めた。


 ――入ったの初めてだけど、下水道ってこんな臭いんだ...まぁ良い匂いなんて思うわけないんだけど、予想以上だな〜。服にもつくだろうし....何か魔獣狩りの事を思い出しちゃう...


 サチコは以前、魔獣のゲロまみれになったことを思い出し、吐き気が急に込み上げる。その気持ち悪さを感じとったレイナは背中をスリスリと摩ってくれた。



「大丈夫?ごめんなさいね....でもムルガ君はここに隠れているから...大丈夫よ、この世界で見つけた凄い良い香水があるんだけれど、ここの臭いなんてすぐ描き消せれたわ。ことが終わったらかけてあげるわ。」

「うぅ...すいません、ありがとうございます。」



 人に心配されると何故か罪悪感を感じる自己嫌悪病のサチコ。ペコペコ頭を下げてると、リーヤがサチコに飛び付いてその勢いのままレイナに顔を近づける。



「マジ!?ウチにもお願いレイレイ!!これで帝都なんか出歩けないから、出たら速攻ね!!約束だかんね!?」

「え、えぇ。勿論よ、私も今すぐにでも臭いをとりたいもの。ムルガ君に隠し部屋を移してもらうよう説得すれば良かったわね〜。」


 そんないつもの日常会話のような雰囲気を出していた三人にエンスは大きく手を叩いて注目を集めた。



「は〜い、のんびり話もいいけどさっさと行こっか〜。レイナちゃん、早く案内よろしく〜。」

「あ!す、すいません。皆さんこっちです。」



 レイナを先頭に歩を進める一行。壁に間隔空けつつ設置してある古びた魔具による灯りは辺りを不気味に照らし、古びた石通りを歩いていく。


 一行の最後尾を歩いていたサチコは、臭いで相変わらず気分が悪く、臭いの元凶である下水を見ないようにしていた。


 それは下水に浮かび上がる糞尿を見ないためなのだが、それを考えると自然に想像してしまう。自爆していたサチコにノトレムは近付き、ポケットから小瓶を取り出す。



「大丈夫サチコちゃん?こんな所で飲むのは凄く抵抗があるのは分かるんだけど、飲めば吐き気を抑えれるんだ。もし良かったら...」

「すいません...ありがとうございます、ノトレムさん。」




 サチコはすぐに受け取り、手で抑えて一滴も零さないように口に含む。少し苦味があるが水に近い感覚で、飲んでから身体がスーッと楽になっていく。



「す、凄いです!吐き気が無くなって...本当にありがとうございますノトレムさん!とても楽になりました!」

「そう?効いて良かったよ。あ、治ったからって抗体が出来たわけじゃないから、また臭いを吸いすぎたら気持ち悪くなっちゃうからね?けど、まだ予備はあるから、必要になったら言ってね。」

「分かりました。前から思ってたんですけど、ノトレムさんって結構マメって言うか...身体大きいのに繊細な作業とか好きなんですか?初めて会った時、美味しいクッキー貰いましたし。」



 ノトレムは困ったように笑いながら頭を摩っていた。



「あはは...まぁね。大体皆に言われるよ、『図体と合わない』ってね。中身も全然逞しくないし...何とか頑張ろうとはしてるんだけど中々....」

「私はそんなに無理して頑張らなくてもいいと思いますよ?優しいノトレムさんも私は好きですし、なんならムルガ君と戦った時は凄くカッコよかったし!...あ、これ昼に話したばっかですよね?すいません...」

「そんな!謝らないでよ!そう言って貰えると楽だし、とっても嬉しいよ。でも、昼の話になったら....レイナちゃんにぶつかっちゃった時の僕を思い出しちゃったよ。恥ずかしいところ見られたよね。」



 零れるように笑うとサチコも釣られて笑みが浮かぶ。その会話と笑みが良い形で緊張を解し、身体全体楽になるのを彼女は感じた。



「フフッ...ノトレムさん、凄く焦ってましたよね。」

「いや〜、本当に恥ずかしいな〜。時が巻き戻せるならちゃんとしたいよ。サチコちゃんの前ではちゃんとした逞しそうになりたいしね。」

「?私の前で?何でですか?」

「そりゃあ当たり前だよ!なんたって僕はサチコちゃんのせ.......」



 そこでノトレムの言葉が止まり、顔が真っ赤になっていく。口にでかかった言葉を飲み込み、ブンブンと頭を振っていた。



 ――なんだろノトレムさん...この感じ今日の昼もそうだし、ギルド出発時もそうだったよね。...凄く気になる。



「...ノトレムさん?あの、なんで途中で止まることがあるんですか?ちょっと気になってて、聞きたいんですけど。」



 本来ならこの手の質問をサチコは出来なかった。"相手に事情があるだろうし、踏み込むのは申し訳ない"という気持ちが先走り中々聞くことが出来ない。

 だが、今回はノトレムにその話が出来たのは、ノトレムに対してサチコが慣れてきたということ、即ち信頼の証とも言える言動であった。



「あ....いや...そ、それはその...」

「いつも『せ...』って感じで止まるからどうしても引っかかってて...その、私そんな引いちゃうような事しないので言って貰えますか?エンスさんの件でそこら辺は大分慣れちゃったと思うんで...」



 エンスの本性でガチドン引きした為、ある程度のことは耐えられるとサチコは確信していた。そう言われてノトレムも彼を見るが、それで色々察したのかようやく話してくれそうな雰囲気が漂う。



「そ、そう?...うぅ...わ、笑わないでよ?僕なりに本気で思ってて...」

「はい!絶対に笑いません!大丈夫ですからどうぞ。」

「えっと....じゃあ言うよ?....ぼ、僕は....サチコちゃんの...



 せ、せ...."先輩"!だ、だから!!」



 恥ずかしがり、溜めに溜めて出したワードが普通すぎてサチコは首を傾げてしまう。頭の中がハテナに埋められて、思考が停止する。



「....?はい、そうですよ?私は一番遅く入ったので...何で恥ずかしがっているんですか?」

「だ、だって...僕ってギルド内だと一番新米だったし、指導する側に回ったことなくって...だからその...先輩になるのに少し憧れてて....」



 自分が想像していた以上に大した理由ではなく、もっと深刻な内容か奇妙なものだと覚悟していたサチコはポカーンとしてしまう。

 その反応が悪反応と勘違いしたノトレムは凄く慌てていた。



「あ、いや...その、ぜ、全部忘れて!!こんなの気持ち悪いよね!ご、ごめんね本当に...こんな...」

「あ、いえ。ちょっと思ってたのより凄くまともだったっていうか....とにかく、私は全然変になんて思ってませんし、気持ちは凄く分かります!私も人に尊敬されてみたいですし....」



 そんな控え目な発言をするサチコに少し驚きを表情にノトレムは写し出した。



「え?そうなの?でも、サチコちゃんって凄くいい子だし素直だし、気が付いてなくても尊敬されてるんじゃないのかな?」

「そんな事ないですよ。新天地だと皆に嫌われてましたし、この世界に来ても大したことしてませんし、まだまだです...それより、ノトレムさんが先輩とか意識するなら....私、ノトレムさんの事を『ノトレム先輩』って言った方がいいですか?」



 少し顔色を伺いながらサチコはそう問いかけると、ノトレムは目を見開いてサチコを見つめていた。アウトなのかセーフなのか判断がつかない表情を向けられてサチコは固まる。



「あ...いえ、その...」

「...サチコちゃん、ちょっともう一度言ってくれない?」

「え?は、はぁ....の、ノトレム先輩...?」



 困惑しながらそう言うと、ノトレムは頬を緩ませて何とも幸せそうな表情を作る。しまいには声まで漏らして喜んでいた。



「え、えへへへ。嬉しいな〜。サチコちゃん、ちょっともう一度だけ...」

「の、ノトレム先輩!」



 そう言うとノトレムは更に嬉しそうにしている。彼が嬉しそうにしているとサチコのテンションも上がっていき、彼の幸せが移って調子に乗っていく。



「ノトレム先輩!!」

「いや〜そんな〜先輩だなんて〜。」

「ちょっと!サッチー!ノットー!和みすぎだよ!?」

「「す、すいませんでした!!」」



 敵地にいるにも関わらず、和みすぎな二人にリーヤの喝入れ。それは効果抜群のようで二人は顔を真っ青にして何度もリーヤに頭を振ることになった。




「ったく...ねぇレイレイ、まだつかないの?」

「いえ、もう着くはずです。....ほら!あそこです皆さん!」



 レイナは小走りで前方の壁に指さしながら向かった。四人は互いの顔を見合わせると、レイナの後を追いかけてその壁の前に立つ。

 その壁は他の壁と何も違わない。レイナに言われなければ辿り着くことが出来ないと思わせる程の偽装だった。



「へぇ〜、ここなんだ〜。立派なもんだね〜、これは帝国軍の目を逃れる筈さ〜。レイナちゃん、これは何処から入ればいいの〜?」

「それはここです。少し待っててください。」




 レイナはしゃがみこみ、下の方の壁を右手で押し込む。すると、壁が何本もの触手へと変わっていき、端へと寄せ集めて五人を迎え入れる。



「これでよし...この先にある部屋にムルガ君は居ると思います。どうか...皆さんよろしくお願いします。」



 レイナは改めて四人に頭を下げる。いよいよムルガとの対面というので緊張感が漂うが、それをものともしないエンスは彼女の頭を上げさせて微笑んだ。



「大丈夫、僕らに任せて〜。必ず君の望むような結果にさせてみせるよ〜。」

「.......あ?なんでお前らこんな所にいるんだ?ガガッ!!」


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