信用
エンスはポンポンと彼女の肩を叩き、背を向けて部屋を出ていこうとする。すると、レイナは離れていく彼の腕を掴んで叫んだ。
「や、やめて!!ムルガ君は悪くない!!私が全部悪いから、怒りを鎮めて!!私はどうしてくれてもいいからムルガ君だけは!」
小刻みに震えて弱々しく見えるが、彼の腕を掴む力は強かった。まるで感情がレイナの手に力を与えたかのように掴んでくる、そんな手を見つめていたエンスはニコッと笑うと魔力を抑えた。
「あは〜、ようやく口を開いてくれた。嘘嘘、冗談だよ〜。」
いつもの調子にヘラヘラ笑うと、振り回されて閉ざそうとしていた口を開かされた彼女は悔しそうに再び口を塞いだ。そんな彼女にエンスは静かに話しかけた。
「...ねぇ〜レイナちゃん。そんなに必死になるくらいムルガ君の事を好きなら分かるよね〜?今の状況でムルガ君が生き残ることなんてないってことくらい。帝国軍だって馬鹿じゃない、いずれ捕まっちゃう。
こんな事をやったんだ、そのまま一息にって訳じゃない。兵士達の鬱憤晴らしに酷い目に会うのは目に見えてるじゃないか。」
「.......」
「君はムルガ君の意志を守れたらそれでいいの?違うでしょ。一緒に暮らして一緒の時を過ごす...そう思っているなら、僕らに話してくれないかな?隠していること全てを。
君はどうせ虚言と思っているかもしれないけど、帝国軍に渡さず、殺しもしない。元の下級国民で下級国民としての生活が戻ることを僕は保証するよ。だから....ね?」
エンスは彼女の肩を優しく掴み、珍しく悲しげに優しい表情を見せる。何事も楽観視、人を小馬鹿にしているようにと勘違いされそうな彼の笑みが消え、サチコはその表情が印象的に思えた。
すると、レイナは徐々に容姿も変化していき、今にでも泣きそうな表情を浮かべていた。
「....分からないのよ、自分がどうしたいのか。ムルガ君は自分の死に場所を探しているようにしか見えない...私は彼を失いたくない。だけど、彼に嫌われるのも嫌なのよ、彼に見捨てられて傍に居られなくなるのも....」
「一度失った信頼を戻すのは大変さ。だけど、一度失われた命は元には戻らない。どんな魔法を使っても不可能、そんなのは小さい子でも知ってるよ?...嫌われて辛くなったら僕らを頼ればいい、ムルガ君との仲を戻せるよう全力でサポートする。だから今は彼の命を救うことを考えよう。
だから....もう悲しむのは良さない〜?このままじゃ君の綺麗な顔が台無しさ〜。」
いきなりいつもの調子に面食らっていたレイナだが、次第に気が楽になり笑がこぼれる。
「フフ....本当に駄目ね私って。人に言われるまで答えを出せない、自分から見つけて動くことが出来ない...そうよね、彼が死ぬのなら嫌われる方がマシなのは誰にだって分かることよね。」
「そうだね〜。でも、それを見失うくらい彼の事を想えるのは凄いと思うよ〜。僕も尊敬しちゃうレベルさ〜。」
「私なんかを尊敬してもいい事ないわよ?分かることを見失って暴走するのがオチなのは目に見えてるじゃない。」
「はは、そうだね〜。人を好きすぎになるっていうのも問題って人生難しいね〜。
まぁ〜とにかく、早速だけど話してくれない〜?彼の居場所を。」
レイナは唾を飲み込むと真剣な表情でこくりと頷いた。
「....彼は今この帝都の地下、広大な下水道にいるわ。」
「下水道ね〜...そんな所はもう帝国軍がチェックしてるはずだけど、どうやってその目を逸らしたのかな〜?」
「彼の魔法よ。触手を操り、本来存在しない壁をつくりあげてそこを住処にしてる。『下水道は巨大だ。探索にも時間がかかるし、上手くやれば地図の見間違いって誤認させることも出来る。暫くは持つ』って言っていたわ。」
「ふ〜ん、そっかそっか....」
エンスは独り言をしつつ彼女の肩を軽く叩き、サチコら三人の方へ近寄ってきた。彼はいつものようにニコニコしながら、目の前で手を叩いて注目を集める。
「は〜い。僕はレイナちゃんが嘘をついているようには思えないし〜、このまま協力させてあげたいんだけど〜。みんなの意見はどうかな〜?彼女のこと...信じられる?僕が言ってるからじゃなくて、皆一人一人の意見が知りたいんだけど〜?」
まるでザワつく生徒たちをまとめあげるかのようにエンスは問い詰める。その質問にすぐに答えれるものは居なかったが、しばらくするとノトレムが口を開いた。
「....うん、僕も信じてみるよ。元々、ムルガ君を殺してやろうとなんて思ってもないし、もしまた嘘をつかれても僕らなら何とかなると思うんだ。だから今は信じて、違ったらその時考えればいいんじゃないかな?」
ノトレムが少し恥ずかしそうに言うと、隣にいたリーヤが小さく吹き出してクスクス笑ってた。
「ちょっとノットー。それ信じてるって言えるの?嘘つかれたことを考えてるなんて、完全に信用してないじゃん。」
「え?あ!い、いや、もしものって事の...その....せ、セカンドプランみたいな感じだよ!うん、そうだよ!?」
「そんな慌てなくていいよ。ウチは勿論信じる。レイレイは友達だし、信用したいし!まぁ、そんなしょっちゅう嘘つかれても困るんだけど...ウチ目線でも今回は嘘ついてないように見えるからね!」
リーヤはエンスと目が合うと笑顔で頷く。三人とも目線を向け合い、互い頷いていた最中、サチコは未だ答えを出せていなかった。
――この中で私だけ反対意見なんてダメだよね...それこそ空気読めないし、今回良くても今後嫌われちゃう...私だって信じたいけど....
「....わ、私も」
「こ〜ら!サッチー!」
サチコが発言しようとした瞬間、リーヤは彼女の頭を軽く叩いた。ムスッとした表情を向けられ、サチコの口から言葉が出なかった。
そのムスッとした表情のままサチコをジーッと見つめ、近付ける。
「サッチー...ウチらの意見に合わせようとしたでしょ?」
「え?な、なんで...」
「顔に出てたって。サッチーずっと暗い顔してた。エンスが言ってたでしょ?『一人一人の意見が知りたい』って。そう言われたら遠慮なく言うもんなの。一人モヤモヤ抱えたまま行動したら、ウチらも気を使っちゃうし、危険だよ?
だ・か・ら!ここはぶっちゃけて抱えたもの吐き出しちゃってスッキリしちゃお!『エンスが嫌い!気持ち悪い!』って感じでもいいからさ!」
リーヤが微笑みながらそう話し掛けてくれると、その後ろからエンスがヘラヘラしながら近付いてくる。
「えぇ〜それは酷いよリーヤちゃ〜ん。まぁでも、そうだよサチコちゃん。不満に思ってることでも何でもいい、サチコちゃん自身が言った方がいいと思ったなら遠慮せず言ってくれない〜?嘘でもいいから僕が気持ち悪い〜とかさ。」
そう明るく話しかけてくれたおかげでサチコの肩の荷は軽くなっていく。心の中のモヤがお腹ではなく口に溜まっていき、幾分か気分が楽になり二人に感謝した。
「....はい、ありがとうございます。じ、じゃあ....エンスさんはその...初めて本性知った時は本当に気持ち悪くて嫌でした。」
「ん??そんな真剣な表情で言われたら本当のように聞こえちゃうよ〜。ほら、ニコニコして〜?冗談には笑みが付き物だよ〜?」
「あ、いえ、本心です。」
「...............」
ここで初めて精神最強の男の心にヒビが入ったのだった。




