エンスの怒り
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人間は皆、嘘をつく。
かっこよく見られたいから自分が体験した事の無いとこまで話し、自分が少しでも特別な女性でいられる為に安物を高級品とでっちあげ、本来バレてはまずい事柄を誤魔化すように異常なしと報告する。
その大小はあるが、生を受けた人間は必ず嘘をつく。野生動物に嘘という概念はなく、思考と感情を言葉で表すことの出来る人間にのみ出来る行為。
それを知っているからこそ、人は人を疑う。これも当たり前。
なら、嘘をつかれたとした時、人間は平然としているのかと言われたらそうではない。傷の大きさに違いはあれど、ある程度ショックを受ける。
自分も嘘をつき、相手が嘘をつく可能性もある。人間皆嘘をはけることを知っているのに、何故ショックを受けるのか?何故「しょうがない」と処理をできないのか?
嘘とは言葉の攻撃だ。暴言や罵声と同類の攻撃なのだ。今までの人生を思い返せば、暴言や罵声よりも嘘をつかれた方が明らかに多いと感じる人は少なくないだろう。
故に慣れている。嘘の一つや二つで心に深い傷を負わせることなどほぼ皆無。しかし、この嘘の力を暴言や罵声以上の威力にする方法はある。それは信頼を利用すること。
人は人を信頼することにより、心の癒しを図る。
"この人なら悩みを打ち明けられる"、この人は絶対に裏切らない"と。
しかし、それが嘘だった場合、築き上げた信頼の分、癒された分だけ心に傷を与える。
その痛みを今、サチコは痛感していた。"これから仲良くなれる"、"信頼しても大丈夫"、そう感じていたレイナが嘘をついていたと進言され、同時に自分達の生命を危機に陥れたと疑われている。
サチコにとっては疑うのも心苦しい。人との繋がり、人との信頼の味を知り始めて幸福感に包まれていた彼女の心境が一気に暗闇へと落ちる。
「そ....そんな事ないですよね....?レイナさんが嘘をついていただなんて....」
表情が崩れ、今にも泣き崩れそうになるサチコ。魔人・ローの圧倒的な力に絶望したのとは違う絶望を感じていたサチコは、ただ黙っていたレイナの肩を揺する。
サチコに触れられたレイナはハッとし、汗をかきつつ口を開ける。
「...わ、私は嘘なんてついていません。つく理由なんてないです。私はムルガ君を助けたくて...それだけなんです!私にはムルガ君しかいない!だから彼が助かるならなんでもする!そんな思いでここに来たのに嘘をつくだなんて!!」
サチコの言葉に力を得たのか、レイナはそう必死に弁明する。外見からは想像できない必死さ、そんな熱を点した言葉を受けてもなおエンスの表情は揺るがなかった。
「うん、その想いは嘘じゃないのは分かってるんだ〜。だけど、その方向が違うと僕は見るね〜。僕らは"彼の命を助ける"、だけど君が言っているのは今では"彼の意志を手助けする"としか聞こえないね〜。」
「な、何を根拠にそんな....」
レイナは苦しそうに言うと、チラッと背後のノトレムを見る。彼はこの状況に戸惑っていてオドオドしてはいるものの、その大きな身体は窓を覆い尽くしていた。
背後が気になるレイナをエンスは鼻で笑い、前のめりで話し始める。
「ムルガ君はレイナちゃんに自分の手助けをして貰う為にここに呼んだんでしょ〜?なのに君とは会わないで監視をする。仕舞いには邪魔者として始末しようとする、誰がどう見てもおかしいでしょ〜?
君を監視する意味が無い。自分を手助けしてくれる味方のはずだからね〜。仮に事前に君が邪魔になるかもしれないと思うなら、そもそもここへ呼ぶわけがないよね〜?」
「そ、そんなの....私にも何が何だか分からなくて...だって」
「いや、まだあるよ〜?何故、魔人・ローが来たのかって話しさ〜。もし、本当に君を始末したいのなら、出来るだけ騒ぎを起こさないようにして行動する、そしてそれが可能な人選をするのが自然だよ〜?なのに、彼は堂々と乗り込み、目的を隠さず話し、引くでもなく僕達四人を正面から相手をする。
彼はコソコソするようなタイプじゃないのは一目瞭然じゃない〜?」
そう問い詰められてレイナは黙り込む。その代わりに汗が溢れ出し、呼吸もだんだん荒くなっていく。
そんな彼女を覗き込むようにエンスは続けた。
「そして、魔人・ローは君を殺さなかった。サチコちゃんと僕らの拘束を解いて全員を倒し伏せた時、僕達は正直どうも出来なく怯んでいた。なのに彼は君を始末しようとしなかったのがね〜。
例え帝国軍の到着を恐れるにしても、あれほどの力を持っている者が君を排除するのに時間はそうかからない。」
その言葉にレイナは苦しそうにも首を横に振るが、ため息を吐きつつエンスは言葉を続ける。
「僕は思うんだ〜。君はムルガ君と共に行動してた。けど、昨夜僕らがムルガ君の邪魔をしたから君が偶然を装って僕らに近づいた。そして、目的は僕らの足止め、故に兵士の目を僕らに移させるこの騒動こそが君の狙いなんかじゃないかってね〜?」
顎に手を置きながらそう問い詰めるがレイナは黙り込みを続けていた。そんな彼女に溜め息をエンスは吐くと、リーヤが慌てて手を上げた。
「で、でもエンス!あんたの話が正しかったとして、どうやって私達を見つけるの?ここにはいっぱい人がいるし、昨夜は私達はローブで身を隠してたんだよ?帝都だってめちゃくちゃ広いし...」
「フフ...リーヤちゃん、忘れてない〜?これのこと〜?」
エンスは自分の首に付けられている緑の首輪を指さし、それにはリーヤも察しがついて声を漏らした。
「夜でも薄ら見えるこの首輪、これで個人の特定は出来ないけれど、下級国民というのは分かる。帝都に下級国民なんて来たがらないからね〜、そう多くはない。
さしずめ、昨夜騒ぎがあった地域を探し回ってみて運良く早く見つけたって所かな〜?ノトレムなんて身体大きいから分かりやすいよね〜。ねぇ〜?レイナちゃん〜?」
そう聞いても黙り込みを続けるレイナ。もはやその沈黙は答えを言っているのと同義、サチコだけでなく他の者もレイナの嘘に確信し、悲しむ。
しかし、エンスだけは違った。彼はゆっくりと立ち上がり彼女の目の前まで近付いた。
「...レイナちゃん、君がどんな想い、どんな覚悟を持ってここにいるのかは僕には分からない。でも、ムルガ君を想っている気持ちは本当だと感じるからこそ、色々考えた結果だと僕は思うんだ〜。気持ちは分かるし、その一途さは綺麗にも見えるな〜。
でもね....僕は今凄く怒っているんだ。嘘をつかれたからじゃない、仲間を危険な目に合わせた事に怒りを感じてるんだ。」
徐々に溢れ出てくる魔力、まるで彼の怒りを表現するかのように出てくる魔力は上限近くまで上り詰めていた。
「ムルガ君も感じているだろうからハッキリ言うと、僕らは下級国民に似合わない力を持っている。今も力をセーブしているだけ、本気になればムルガ君を始末することだって出来るさ。
...本来そんな事をしたくはないんだけど、こんな事態になったんだ。君がこのまま何も話さないのなら、ムルガ君を殺すよ。」
その言葉に黙り込みを続けていたレイナの顔色が変わり、閉ざされていた口も半開きになって目を見開いた。
「....え?」
「当たり前でしょ?君に出会うまでは元々、帝国軍に引渡す予定だったんだ。そうなったらまず生きれない。なら、怒りを発散するために僕達が手をかけても変わらない。」
「そ、そんな...」
「気が済むまで殴って蹴って、ボロボロになった彼を晒し首にしてあげるよ。出来ないと思ってる?じゃあ夜遅いから寝てて大丈夫だよ?朝起きた時には僕が嘘をついていたかどうかが分かるね〜。」




