黒い本
そう思って結論付けるが、やはり現れるガッカリ感。その感じはレイナにも伝わり、彼女はそんな子供に多少なりともイラつきを感じた。
「ごめんなさいね。本当に聞きたいと思ってたのはそんな話じゃないのは分かっていたのだけれど...でも、自分の過去を晒したくないのは誰でも一緒よ。その過去が暗ければ暗いほど口を閉ざす。
サチコさんだって話したくないから、質問しかしないんじゃない?」
嫌味を少し混ぜてレイナは呟くように伝える。こう言えば、サチコは頭を縦に振るしかないとレイナは確信していた。
本来なら彼女の予想通りサチコは渋々承諾し、口を閉ざす筈だった。だが、サチコはその時ロアが以前語った言葉を思い出していた。
『"自分の身に何があったか"、それを包み隠さず話せますか?そして話している間、貴女は平然でいられます?』
『少なくとも私はそれを話すことは苦痛でしかなく、変に同情されても苛立ちしか起きません。』
その言葉が頭をかけ巡れば巡るほど、サチコの中で覚悟が固くなっていく。突然立ち上がり、リーヤもレイナも彼女を目を丸くしてみていた。レイナに関しては嫌味が過ぎてしまったのかと少し不安になっていた。
「わ、私は!勉強も運動も苦手で親の言う通りに...で、出来なかった!だから、家族から見放されてずっと一人でした....でも、それでも認めてもらいたくて、見直されたくて!」
いきなり話し始めた過去話、額に汗が滲んで目も潤ませているサチコを見てレイナは慌てた。
「ちょ、別に話してって言ってないわよ!?サチコさんが言っても私が話すとかは」
「いいんです!レイナさんが言ってくれるかどうかなんて関係ありません!!私が言いたいから言うんです!!」
レイナの言葉に食い気味にサチコは抵抗する。泣きそうになりながらもグッと涙を堪え、傍から見たら意地になっているとしか思えない。
だが、真実は違った。サチコは自分の心の中で自分の非に苦しんでいた。
――私のバカ!ロアさんに忠告されたのに同じことを繰り返そうとするなんて....言いたくない人の前であんなあからさまにガッカリしてたなんて本当に最低...
それに、自分は言えないのに相手に言わせようとしてる自分に腹が立つ!自分が立てない舞台に他人を立たせようとしないでよこのアホ!!
心の中で己を罵倒し続けながら、サチコはレイナに反抗したその勢いのまま話し続ける。
「私は先生に認めて貰って家族に褒めてもらう為にいい生徒をしました!校則とか徹底してて、何とか褒めてもらおうって!....でも、そんなに理想通りには行かなくて...それに加えて私はクラスメイトにイジメられました。」
話していくと思い出してくる辛い過去、我慢していた涙がポロポロと流れていき、胸が苦しくなる。だが、その苦しみは自分への罰と思い込み、途切れそうになりながらも話す。
「あからさまに避けられたり....変な噂流されて....変なあだ名も暴言も受けて....物を隠されて...殴られ....て....ッ、蹴られて!!男の人にレイプされて!!苦しくて死にたくて!!!」
「も、もういい!もういいってサッチー!!もう十分だって!!」
リーヤはサチコに抱き着き、部屋から出そうとするがサチコは必死に抵抗した。机から手を離さず、身体をくねらせてリーヤの手を解こうとした。
「だから!私はアイツらを呪ってやろうと思ったんです!!私をイジメてたあの三人を呪いたくて、あの黒い本の指示に従って自殺したの!!」
「分かったってサッチー!!一旦外に出て落ち着こうよ!!レイレイも手伝って!!」
そんな助けを呼ぶ声はレイナの耳には届かなかった。サチコが暴れながら言い放った言葉にあるワードに、レイナの意識は固定されていたのだった。
「...黒い本?それって...もしかしてタイトルの無いオカルトのような内容だったりする?」
レイナの質問に対してサチコも彼女同様に呆然とし、暴露を言うことでいっぱいだった頭は嵐が過ぎ去ったかのように冷静になっていた。
「え?そ、そうです!胡散臭いことばっか書かれてるやつです!知ってるんですか!?」
「えぇ。私もそれに従ったの。つまり....自殺した。お風呂場で手首切っちゃってね...次に気がついた時にはこの世界にいた。」
「そう....だったんですね。」
レイナはこくりと頷き、息を吐きながら背もたれに寄りかかり、綺麗な顔を暗くさせて語り始めた。
「...私には当時付き合っていた男の人がいたの。その人とは幼なじみでね?小さい時からよく知ってた。元気でカッコよくて逞しくて...私はいつの間にかその人のことが好きになってたの。」
「れ、レイナさん!」
「いいの、私が話したくて話すだけよ。それよりゴメンなさいね?変に嫌味を言うような真似しちゃって....」
レイナは小さく頭を下げた。自分が言わせてしまったのかと不安になったが、レイナの謝罪で何も言い出せなかった。
彼女はグラスをそっと手に取り、勢い付けるかのようにグイッとお酒を飲み干した。
「ふぅ....私、その人に告白して付き合ったの。毎日が幸せで彼も浮気なんかする様子もなく上手くいってた。だから、このまま結婚まで....な〜んて考えてたわ。
けど、同棲するようになってか、色々あってね....」
「色々?」
「えぇ。彼は私が不手際をすると暴力をはたらくようになったの。その大小に限らず殴られた。暴力を受けなかった日なんてありはしなかったわ。」
「え....レイナさん、DVに....」
そうポソりと呟くと、レイナはグラスを叩きつけるように机に置いた。ビクッと身体を跳ねて驚く二人にレイナは目を見開いて反論する。
「違うわ!DVなんかじゃないの!彼は私を教育してくれてた。私が鈍臭くてノロマだから彼は必死にそんな私を....彼だってしたくなかったのよ!だって、いつも私に『愛してる』って言ってくれたし、優しく抱きしめてくれたのよ!?」
「あ、いや...そんな....」
「あの時の私はどうかしてたわ...彼が必死に私をどうにかしようとしてくれたのに、私はそれから逃げることしか考えなかった....だから、本棚にいつの間にか置いてあったあの黒い本を手に取って........」
レイナは辛そうな顔をしながら頭を抱えた。話の内容はあまり伝わらなかったが、サチコが落ち着いたのと重苦しい雰囲気を察したリーヤは彼女の元を離れ、席に着席した。
「...私は彼に謝りたい。日本に帰ってもし彼が無事に生きていてくれたのなら、私が出来る償いは何でもするわ。でも、笑っちゃうわよね。今ではムルガ君のことを気にしてるの。
コロコロと大切な人が変わっていく軽い女...全く....自分が嫌になってくる....」
レイナはフフっと軽く笑う。だが、その笑いは乾ききっており、表情も更に暗くなっていく。
そんなレイナを前にしてリーヤは何も声をかけられなかった。新天地の話が飛び交い、そもそも話に着いていくのが辛いというのもあるが、暴力による正常な判断が出来ない者に対してかけられる適切な答えがわからなかった。




