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凶行の理由

 最初は送り忘れか忙しかったと思っていたが、三回四回目になっても兄からの手紙は無く、ムルガは不安になってレイナを置いて家を飛び出した。


 レイナは毎日のように祈りながらムルガを待ち続けた。まだあったことも無い兄、そしてムルガの無事を天から見ているであろう神にひたすら祈った。



 その想いが届いたのか、二ヶ月後にムルガは帰ってきた。レイナはすぐに彼の元へと駆け付けるが、ムルガの表情を見てその足は止まった。


 ムルガは前とは見違えるほど痩せており、肌もカサカサに乾燥し目の光も弱く見える。まるでゾンビのような姿で戻ってきた彼にレイナは何も言えず立ちつくしていると、ムルガはブツブツと呟きながら自分の部屋へと篭った。


 ムルガはその後、数日後には部屋から出るようにはなったが働きに出るほどの気力を感じられなかった。

 レイナは彼に元気になって欲しく、料理や色々と話し掛けるが彼の耳にはほとんど入らなかった。その代わりに彼は兄を探しに行って得た情報を話し始めたのだった。


 兄がいた村の住人によると、兄は既に亡くなっていた。丁度、"村を訪れる"と手紙を送った兄はイザゼル帝国へと足を運び、そこで上級国民へ上がる試練を受けた。


 試練はまとまった金と基礎身体能力を測られた後、イザゼル帝国兵士の中で位が最も低い"十頭"の兵士との試合をする。その際、兵士が相手を認めれば、上級国民へと上がれるシステムだった。


 兄は金も身体能力も問題なく通過、問題は兵士との試合だった。


 兵士は鎧まで着ているフル装備に対し、兄は素手で相手をしなくてはならない。そして仮にも相手にしているのは兵士の位を与えられた人物、村の腕自慢をしてたところで当然適うような相手ではなかった。


 試合の流れは見学していた上級国民の予想通りに動く。必死に攻撃する兄の攻撃をその兵士はヒラヒラと闘牛を躱すかのように避け、弱い攻撃を掴んでは重い一撃をぶつける。


 耐えられない攻撃に涙ながら嘔吐し、痛みに悶える兄を兵士、そして観戦していた他の兵士や上級国民は指を差して笑う。


 そう、これは試練だけでなく上級国民以上の者への娯楽場、弱き者が叩きのめされている様を見る見世物と言っても過言ではなかった。


 兄は地面に這いつくばりながらこの事にようやく気が付き、怒りを露にして兵士に一矢報いろうと飛び付く。

 油断していた兵士は顔に擦り傷を負わせられ、その攻撃は兵士のプライドを深く傷付けた。


 その後の兵士は手加減はしない。容赦ない暴行に加えて刃物で切り裂き、骨を折って砕き、泣き叫ぶ口に拳を叩き込む。

 この試練の場は生死に関する規制はないが、無駄な殺しは辞めるよう暗黙の了解がある。実際に殺害して重い罰刑はないが、処理や報告書が面倒になる。その事もあって普段は殺しは見れない故、こういった度をすぎた暴行は正にレアケース。当然、上級国民達は興奮して会場は笑いに満ちる。


 兄の付き添いで来ていたその村の住人は顔面蒼白、前の面影もない潰れた顔でピクピクと痙攣しながら死んでいく兄を見るしか出来なかった。



 そんな驚愕の事実にレイナは息を飲むしか出来なかった。語り終えて消えそうな背中を見せつつその場を去ろうとするムルガに、彼女はなんて声をかければ良いのか分からなかった。


 そしてその一週間後、ムルガは手紙を残して家を去った。手紙にはこう書かれていた。




『俺は自分の命をかけて兄貴の、下級国民の皆の無念と怒りを思い知らせにイザゼル帝国へ向かう。大切な人が玩具の如く潰される様を多くのヤツらに教えてやる。

 俺の事を助けてくれるなら、イザゼル帝国へ来てくれ。入り方は別紙に書いてある。』



 この世界で初めての繋がりを持てた人間、自分の命と心を救ってくれた者の手紙から伝わる破滅的な覚悟。

 レイナの意思より早く、体は勝手に身支度を始めて彼の元へと急いだのだった。



 レイナの口から聞かされた事の経緯、サチコは息を飲みつつ話を聞いて殺人鬼・ムルガに対して少なからずの同情を感じていた。



 ――そっか...そんなことがあったんだ。私にもお兄ちゃんはいるけど、そこまで親しくなんてないからパッとしない。

 だけど気持ちは分かる。もし、灰色の十字架(グレークロス)の誰かがそんな犠牲にあったら、私だって気が気じゃなくなるかもしれない。



「...私はここにきて探していたの。彼の凶行を止めてくれて、彼の命を奪わず救ってくれるような人達を。彼の奪った事は取り返しがつかないけど、私にとってはとても大切な人なの!だから....どうか...」



 レイナは深々と頭を下げ、自分より十歳近く離れている少女に頼んだ。小さく震える頭と体、彼女が今どんな心境かサチコは察する。



「...私はまだ入りたてだから、意見できるような立場じゃないんですけど、それでもレイナさんが望む方向になるよう努力します。絶対何とかしてみますから!」



 その言葉にレイナはバッと顔を上げ、かけられた言葉に心を打たれたのか、涙ぐみながらもう一度頭を下げて無言の感謝を伝えた。

 話は完結してしまったような雰囲気だったが、すかさずリーヤは突入してきた。



「ちょ!ちょっと待って!話が進んで邪魔したら悪いかなって思って黙ってたけど、内容的に帝都外に住んでたんでしょ?なんで首輪してないの?」



 そんな指摘を受けてサチコもハッとする。ムルガが何故人を殺すのかという経緯にばかり気を取られ、全く気がついていなかった。



「城外に住んでる上級国民なんて見たことも聞いたこともないし、外から城内に入るなら城門を抜けないといけない。城門には常に兵士がいて気付かれずに潜り込むなんて無理だよ。どうやって入ったの?さっきの話は嘘だったんじゃないの?」



 リーヤは机に手を置きつつ目を見つめながら問い詰める。それに対してレイナは変な動揺など見せず、見つめ返して返答を行う。



「嘘じゃないわ。確かに貴女が言った通り彼とその兄は下級国民。私のような新天地出身に関しては下級国民ですらないけどね....

 私は城門からは入ってない。彼の手紙に書いてあった通りに城の裏口へ向かったの。」

「裏口って...確かにあるけどそこは兵士しか通れないし、一方通行だよ?中から開けてもらわないと入れない。」

「そうみたいね。ただ、私は手紙の通りにそこへ行ったら...ある人が待っていたの。私はその人と裏口から入って帝都にいる。」



 話に初めて現れた"ある人"。リーヤとサチコはお互いの顔を見つめ合い首を傾げる。



「...ある人って誰?」

「それは言えないの。絶対に言えない....もし聞かれた時はこれを見せろってあの人が。」




 そう言うとレイナは口を大きく開け、自分の舌を出した。細長い綺麗な舌の表面には紫色の円、円の中には紫色の星型マーク。ひと目でわかる魔法陣にサチコは綺麗としか感じなかったが、リーヤは驚いてすぐに立ち上がり、椅子を押し倒してしまう。



「それって!契約の呪文(チェイン・スペル)じゃん!!この魔法がどんなのか分かってて承諾したの!?」



 この反応に当然サチコはビクッとするが、レイナも意外だったのか驚いていた。



「え、えぇ....これをしないと入れさせられないって言われたものだから...」

「契約内容は!?一語一句全部教えてよ!!」

「えっと....今言った人が特定されるような情報拡散...だったと思うわ。」

「それだけ!?変に長くして小さいことでも余計なものを契約に入れられたりしてない!?」


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