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鈴美怜奈

――――――――――――――――――――――――

 

 まだ頭がぼーっとする。グルグルと思考が回り、今目の前で起きている現象が現実なのかと考えると、そもそもこの異世界は現実で有り得る世界なのかと規模の大きい問題へと発展していく。

 考えを広めるなと言い聞かせるが、一度気になると考えは止まらずショートする。



 そんな混乱状態のサチコの目の前に一杯の冷たい水の入ったコップが置かれた。持ってきてくれたリーヤにお礼をして一気に飲み干すと、頭の熱がスーッと消えていき、回り続けていた思考もようやく治まった。


 今居るのはリーヤが最初にいた女子陣営の部屋。サチコの荷物もベットもある為前とさほど変わらない、あの女性がいること以外は。


 女性は椅子に腰かけて机をジーッと見つめており、サチコとリーヤが対面している形だった。


 女性と初めて出会った後、ノトレムとエンスは情報屋のラドの方へと向かった。最初はノトレムだけ行かせようとしたエンスだが、あの笑みが忘れられないサチコとリーヤは断固拒否、半ば強引に向かわせたのだった。


 話を聞いて欲しいという名目のはずだが当の本人は黙ったまま、サチコという自分の同類に出会うとは思ってもみなかったのか、彼女も混乱しているようにサチコは見えた。


 痺れを切らしたリーヤは軽く咳払いをして、水をチビチビ飲んでいる女性に話しかけた。



「え.....っと....まず、名前教えてくれない?なんて言うの?」

「....私の名前はレイナ・スズミ、歳は二十六よ。あ、貴女に伝えるなら漢字は鈴美怜奈って書くんだけど...」



 そう言いながらレイナは指で机に漢字を書いた。反対から見る漢字は苦手で、こちら側の言語を覚えようと必死だったため、正確には伝わらなかったが感じは分かった。



 ――...これで確信した。この人、私と同じでこの世界に来た日本人だ。この世界で漢字なんて見たことも聞いたことも無いし、こんなスラスラ書けるなんて慣れてないと出来ないよ。まぁ....なんて書いてあったのか何となくしか分からなかったけど....



 そんなサチコの理解に対して、リーヤはちんぷんかんぷん。まだサチコからこの女性との関連性すら聞いていないため、疑問だらけだった。



「ね、ねぇサッチー、この人知ってるの?ウチ全然わかんないんだけど。カンジ?なんなのそれ?名前と名字を反対に読むのがカンジって意味?」



 肩を揺さぶられながらそう聞かれると、折角治った混乱がまた再発しそうになった為、掌を向けて少しだけ待ってて貰った。



「か、簡単に言うと私の世界の言語って感じかな?その、元いた...」

「え!?ってことは....新天地ってこと!?マジ!?」



 リーヤは驚いてサチコとレイナの顔を見ると、レイナはゆっくりと頷いた。リーヤはポカーンと口を開けて「へぇ〜」とおじさんのような声を漏らしながら背もたれた。



「....初めましてレイナさん。私はサチコ・マエダ。です。日本だと前田幸子って漢字で、この子はリーヤちゃんです。

 私達は灰色の十字架(グレークロス)っていうギルドで活動してるんですけど、レイナさんが話をしたいって言うのは...その....殺人鬼に関してですよね?」



 "殺人鬼"というワードにレイナは少し顔を暗くし、目線を下へと下ろした。



「そうなの....じゃあ、貴女達はギルドの依頼でここに...」 

「あ!ち、違います!私達は元々別件でここに来てて、殺人鬼の噂を聞いたから私達でなにか出来たらって事で追ってるだけなんです。だから、誰かに正式に依頼を受けたとかそんなんじゃないです。」

「え?そうなの?」



 レイナは顔を上げて驚いた表情を浮かべる。自分と対面している二人は変に顔色を濁す様子もなく、レイナは身体の内に溜まっていた緊張感を逃がすように深く溜め息を吐いた。



「そうなの...良かった....これ以上話が大きくなったらどうしようかと....」

「あ、あの。知っていることを教えて貰えますか?私達、絶対に殺人鬼を止めたいんです。これ以上犠牲者が出ない為に、協力して下さい!」



 サチコは勢いよく頭を下げて頼み込んだ。協力を懇願してきた筈のレイナが逆にお願いされる状況に、頭を下げている少女を見て目を丸くし、フッと思わず笑みがこぼれた。



「そう、ありがとうね。まだ若いのにしっかりしてるのね。」

「そ、そんな。私なんて全然で....戦いなんて苦手で弱いからしっかりしてるだなんて...」



 手をパタパタさせて顔を赤らめながら否定するサチコを見て、レイナの心も徐々に和んでいく。荒れていた心はそんなウブな反応に癒されていった。



「フフッ....謙虚なのね。私から見たら立派な学生さん...いえ、綺麗で立派な人よ。」



 そう伝えると分かりやすくサチコは少しづつ照れ始め、口角が上がっていき顔も更に赤く染めていく。

 レイナはサチコという子供を見て微笑ましく思っていたが、段々悲しそうな表情を浮かべ、先程より重くなっていた口を開いた。



「....今、殺人鬼と言われて騒がれている彼の名はムルガ・リペード、私の命の恩人であり、私の大切な人なの。」



 前振りもなかったレイナの語りに、にやけ顔だったサチコの表情も深刻そうに変わっていき、真剣に話に集中した。



「彼は今、自分を見失ってるの。自分が行っている行動がどれ程の人を悲しませ怖がらせ、その先に待っている自分の運命すら見えてない。見えるのは自分の目的、上手くいった後の理想郷しか見ていないの。」

「目的?....それは一体...」



 その質問にレイナは再び口を閉ざして悩んでいた。部屋の中は快適な温度なのにもかかわらず汗を垂らし、目を閉ざしていた。沈黙が数十秒続くと、レイナは目を開けて背もたれにゆっくりと体重を預け、覚悟を決めたかのような表情で語り始めた。



 ムルガとレイナはユザード村という常に蒸し暑い風が漂う村に住んで同居していた。ムルガの家にレイナが上がり込んだ時にはムルガは一人、元々父親と住んでいたが病気で半年前に亡くなっていた。


 この世界で身寄りも居るはずもないレイナにムルガは親切に接し、優しく、そして稀に見る頼もしさにレイナは惹かれていった。

 最初は殆どムルガが何から何までやっていたが、慣れてくると家事はレイナ、出稼ぎはムルガと役割分担までして上手く過ごしていた。


 まるで夫婦のようだとその時のレイナは大分浮かれて意識していた。


 同居してから一月程経ったある日、ムルガはずっと頑なに隠していたものをレイナに告白する。

 村ごとの懇親や依頼ごと、国からの命令文が送られる定期便。家事全般をこなしていたレイナだったが、定期便を受け取るのは決まってムルガ。レイナには手を出さそうとせず、中身も見せずに尋ねても答えなかった。


 定期便の中身は遠く離れた兄からの手紙だった。

 リペード一家は元々は別の村で暮らしていたのだが、戦争が始まり必須軍事施設を作る目的で村は取り壊し。下級国民故に扱いは雑で兵士の適当な割り振りで各々散る形で他の村へと移住させられた。


 家族を分断され、もう兄と会えることは無いと思っていたムルガだったが、ある日定期便で兄からの手紙が送られた。

 強引に引き離される間際、兄は兵士同士のやり取りでムルガが移住する村を盗み聞きしていた為、ユザード村に父と弟がいると知ったからだった。


 互いに住んでいる村は距離がかなり離れており、直接会うことは難しい為、二人は手紙でやり取りしていた。


 レイナの前では背を伸ばして頼もしそうにしているが、兄の前ではまるで幼子のような姿をしている。そんな文面を見られたくなかったのだとムルガは照れながら告白したのだった。


 兄は自分よりも強くカッコよく憧れな存在だとムルガは毎日のようにレイナに聞かせ、彼女もそんな兄と会える日を待ち望んだ。


 ある日の手紙で近々兄が村へ訪問すると書かれており、その時は二人で手紙を前に大はしゃぎしていた。


 だがそれ以降、兄からの手紙は送られてこなかった。


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