対面
先頭を行くエンスは走りながらチラッと後方を見ると、遅れてはいるがしっかりサチコとリーヤが着いて来ているのを確認する。
その事に内心ホッとするのと同時にエンスとノトレムは慎重に素早く街中を移動しながら、周囲の魔力を探知することに集中する。
移動する手段としては屋根へ登る方が効果的、本来壁で進めない道も屋根なら楽々いける。だが、屋根は視界が広く、帝国軍は今回屋根上の動向も注目している為、時間が掛かる街中を走るしか無かった。
凡そ目的の時計塔付近へ来ると、二人は異様な魔力に同時に気が付き、お互い顔を見合せた。
帝国軍に探知されないよう規模は小さいが、殺意と怒りに満ちた魔力、二人はサチコとリーヤを気にかけながらも魔力の元へと急いだ。
入り組んだ住宅街の中へ入り、迷路のような道をひたすら進む。
道の端に置いてある樽やゴミ袋に躓きそうになりながらも進むと、細い道を抜けた先に倒れている綺麗な金色の髪をしている細い女性、そして女性の上で茶色のローブを被った人物が立っているのが見える。
茶色のローブの人物はゆっくりと女性の首元へ手を伸ばすが、エンスが指先を向けて魔力を集中させる。
「段階二・指弾。」
魔力を込めまエンスの指先からは魔力で生成された小さいパチンコ玉のようなものが出来上がり、狙いを定めて勢いよく発射。
銀色の玉は茶色ローブの手に当たり、勢い良く弾かれた。
いきなりの攻撃と衝撃に茶色ローブの人物は口元までしか見えないが、口を開けて動揺したのが目に映る。
手が弾かれている間にノトレムは大股で走る。細い道を一足先に飛び出し、大きな右手を振りかぶって茶色ローブを攻撃する。
茶色ローブはノトレムの攻撃を後方に飛び避け、ノトレムは女性の前で拳を構える。
後に続いてエンス・リーヤ・サチコと到着し、リーヤは手を離してすぐに倒れている女性に駆け寄る。
「....大丈夫!気を失ってるだけだよ!」
リーヤの報告に胸を撫で下ろすノトレムとサチコと異なり、エンスはニヤッと笑って茶色ローブを見る。
六人がいる場所は住宅街の中心となる本道のようなもの、馬車などが入り込んでも余裕が持てるほどの広めな道だった。
自分を唐突に襲った灰色ローブの集団、警戒するのが常識であろう状況だが、茶色ローブからは魔力どころか闘気すら感じずに傍観している事にエンスは違和感を感じる。
すると茶色ローブはようやく歩を進める。一気に緊張感が流れるが、相変わらず茶色ローブからは魔力を感じられない。
「...お前達、下級国民なのか?」
そう尋ねる茶色ローブ。声色的に男性で優しげな印象を持たれるような透き通る声、殺人鬼とは荒れ狂いドスの効いた声を出すと勝手に想像していたサチコは驚いたのだった。
その問いにエンスはすぐに答えない。先程同様、指先に銀色の玉を生成しておいてから茶色ローブの質問に答える。
「だったら何〜?『余裕で勝てるな〜』っていうのかい〜?まぁ間違ってはないかもね〜?イザゼル帝国の下級国民なんて弱者の集まり、脅威なんかにはなり得ないよね〜。
まぁ人数差で厳しいと思ったら〜?情けなくしっぽ巻いて逃げるのをオススメするけどどうかな〜?」
エンスは茶色ローブを小馬鹿にするかのように答えた。これによってエンスはほぼ殺人鬼を逃がすことは無いと確信するのだった。
世界のイメージとしても、イザゼル帝国の下級国民とは武力としての質は最低限レベル。ある程度腕に自信があるものにとって、そんな下級国民は自分の格下だと決定付けるのは必然。
実力が備われば同時にプライドも備わう。この世界では上下関係が絶対、故に下の者に煽られる経験も無ければ耐性もない。
分かりやすい挑発だが実に効果的、ついつい引っかかるこの罠に反応する筈と確信したサチコを除く三人は茶色ローブの攻撃に備える。
そんな思惑と裏腹に茶色ローブは何もしない。油断しているのは明らかだが攻撃なんてせず立ち止まり、腰に肩を置いて深くため息を吐くのだった。
「違う、俺は君らを攻撃することなんてしない。安心してくれ。俺の邪魔さえしてくれなければ俺も君らに干渉しない。
今は帝国軍も近くにはいない。外出禁止令の罰を受ける前に早く住処に戻った方がいい。」
四人も連日殺してきた残酷な殺人鬼に有るまじき発言にサチコだけでなく、この世界で幾つもの場数を踏んできた三人も内心動揺する。
「....ずいぶんと優しいんだね〜?下級国民に不覚にも手を吹っ飛ばされたのに寛容な方だ〜。僕らと戦って勝てる自信が無いことを隠す為...だったりする〜?」
「ハハッ、それはない。下級国民以前に段階二までの魔法しか使えない奴が何人襲ってきても負ける気はしない。
とにかく、今は変に時間を潰している暇がない。忠告を素直に受け取って帰ってくれ。」
その言葉にサチコはハッとする。今まで厚くたくましく感じた三人の背中が妙に弱々しく見えてくる。
――そうだ。いくら復国軍のエリートで実力者揃いっていっても、使える魔法は限られてる。人数差はあるけど、相手は多分そんな上限ないよね?首輪なんて見えないし....
急に自信が無くなっていき、倒されてしまうようなイメージばかり浮かんでしまう。捕まえるより早くこの女性と自分達の避難を優先した方がいいのでは?と頭によぎる。
そんなサチコとは真逆にエンスは指先の銀色の玉を茶色ローブにスっと向けた。茶色ローブはピタリと足を止め、先程まで薄く感じたフレンドリーな感じも消し飛び、雰囲気が重く変わっていく。
「...確かに君の言う通りに帰った方がいいかもね〜?戦闘になったら勝てる自信なんてないし〜。じゃあ、この女の人と一緒に退散しよっか〜。」
「駄目だ、そいつは置いていけ。持っていこうとしたらタダじゃ済まさない。いっただろ?俺の邪魔をしなければって。」
「へぇ〜、そんなに大事な人なんだ〜?もしかして、この人に一目惚れとか〜?確かに気持ちはわからなく無いよ〜?凄い綺麗な人だもんね〜?」
エンスはニヤニヤしながら倒れている女性に目線を当てる。状況関係なしの思考回路と普段の彼を知っているからこそ感じる気持ち悪さ、サチコとリーヤはスっと女性の前でしゃがみこんで見えないようにした。
先程の煽りとは違い、今回は気が触れたのか茶色から魔力を感じた。薄黄色に光る右手をチラつかせ、宙で何かしら意味があるかのようにユラユラさせるとギュッと拳を作る。
するとすぐ近くにあった街頭下の地面が壊れる。土埃と破片を飛ばした小規模の爆発のような破壊、街頭を支えるものが無くなり、街頭も音を鳴らして倒れた。
そんな大きな音にサチコはビクッと身体を跳ね、エンスはゆっくりと茶色ローブを見る。彼の口は歯をぎりぎりと噛み締め、威嚇するかのように一歩一歩大きく踏み込んで歩いてくる。
「つまらない挑発はよしてくれ。第一、お前達は何をしている?その女は上級国民だぞ?君らを蔑み苦しめてきた上級国民だ。下級国民である君らにとっては殺しても殺し足りない者達だろ!?庇う必要なんてないだろ!?」
「分かってないな〜君は。綺麗で可憐な人だからこそいいんだ。そんな人に蔑んだ目で見られ罵られ暴言を吐かれる、それこそが男にとっての最大快楽だよ〜?そんな宝石のような人を守るのは当然じゃないか〜。
....まぁ冗談なんだけどね。皆も真に受けないでね〜?」
エンスは三人を見ると、ノトレムは何とも言えないような表情。サチコとリーヤに関しては真面目に冗談には思えず、結構引いていた。
「...とにかく、君のやってる事を上級とか下級関係なく見逃すことは出来ないな〜。こんな事件が起きてるのを気にせず、のんびり朝食を食べることは難しい。不気味な事件のない朝を....僕は世界中の美女と同タイミングで味わう為に頑張るよ〜。」
――――――きっ...気持ち悪っっ!!!!!!!
サチコとリーヤは鳥肌が一気に立ち、お互いその震えと寒気を抑えるかのように抱きしめ合った。
「.......気持ち悪いなお前。」
そんな二人の心を代弁するかのように殺人鬼はドン引きしながらそう言う。その言葉に二人はブンブンと頭が取れる位大きく早く頷いた。




