目的地
泣くのを堪え、ノトレムにこれ以上迷惑をかけたくなかったサチコは平常心を取り戻そうとする。
呼吸も感情も落ち着いていき、思考も働くようになると、余計なことまですぐ察せるようになってしまう。
「ノトレムさん..依頼してきた村の人達がここに来ないのは忙しいとかじゃなくて.....」
「....うん。こうなることが分かってたから、彼らは僕らに依頼したんだ。納品遅れでペナルティは確実、自分が顔を出してくるとどんな目に遭うか想像がつく。
僕らの任務は運搬だけど....本当のところはあの村が受ける嫌がらせの肩代わりみたいなものだよ...」
今回の任務の真髄を身をもって体験し、サチコは村の人達を少し憎んだ。しかし、この嫌がらせを受けなければならないと分かっていて、自らの足でここへ来る足取りの重さも同時に理解し、その憎しみはすぐに消えることとなった。
サチコが完全に落ち着くまで二人は休み、そして程なくして目的地である武器屋を目指して歩み始めた。
自分らがいた場所から比較的近い位置にあると聞かされる。
その時のサチコはそこまで深く考えていなかったが、自分達が街中を歩いていると周りの上級国民や兵士がチラチラ見てきてクスクスと笑われる。
挙句の果ては足をかけられたりわざと水をかけられそうになったりと、上級国民達のストレス発散に使われ、武器屋が近くにあってサチコは心底ホッとするのだった。
武器屋に到着し二人は入店する。店の中には脳天が禿げて口髭が目立つ小太りの店長がカウンターにいるだけで客はいなかった。周りは様々な武器で囲まれており、サチコは思わず息をのむ。
店長はサチコ達に気が付くと目を細め、かったるそうな態度をとる。
「はぁ〜....チッ、下級国民風情が何の用だよ。」
「初めまして、ギルド・灰色の十字架の者です。ラナ村からの申請で納品遅れの品を持ってきました。」
ノトレムはそう伝えると同時にカウンターに納品の魔鉱石が入った袋を置いた。店長はジーッと袋を見つめ、カウンターを立ち上がったと思うとノトレムの顔をいきなり殴った。
「何勝手に話進めてんだ人外!俺が何も言ってないのに行動すんなゴミ!!あぁ〜カウンターに傷とかついてねぇよな?クソが、下級国民は本当クソみたいなやつらばっかだ。」
「す、すいません...」
「そもそも獣人とかいうキモイ人外を寄越すかね?そのギルドもお前もわかってないから教えてやるよ、お前みたいな人外は俺ら上級国民にとって目の毒なんだ。俺が退治してやろうか?」
店長はカウンターから出てきて、殴られた衝撃で片膝下げてるノトレムに近付き、再び暴行しようとする。
ノトレムは拳を振り上げられるのを見てスっと目を閉じた。これまで生きてきて何度こういう目に遭ってきたか、ふとそんな事を考える。
獣人は一応人間という立ち位置ではあるが、外見面で周りから気味悪がられる。が、実力を証明して兵士へ昇格した獣人も中にはいる。
兵士の獣人は我が主人のように扱い、下級国民の獣人には石を投げ罵詈雑言。正に天地の差。
これまでこういう場面に遭遇して助けて貰ったことなどない。だから、今回も自分で耐える。分かりきっていた筈なのに何故かそう考えてしまうノトレム。
目を閉じてから数秒経っているのにも関わらず暴行がこない。違和感を感じたノトレムは目を開くと、目の前には自分の前で両手を広げて立つサチコの背中があった。
身体全身を震わし、足に関しては今にでも腰が抜けそうな程笑っていた。
明らかに無理しているのは分かっていたが、ノトレムはそんなサチコを目を見開いて見ていた。
サチコは力と勇気を振り絞り、何とか立っている。
暴行される痛みと恐怖に怯え、先程の出来事が何度も自分の頭を駆け巡る。
だが、ノトレムが暴行されるのをただ見ていることはサチコには出来なかった。現代では決して出来るはずもなかったこの行動は、自分にとって大切にしていきたい、いい関係を作りたいと心の底から想える者が出来たからなのかもしれない。
店長もサチコが無理して自分が盾になったのは分かっていた。良心が少しでも残っているのならここで辞めるのだが、下級国民に対して良心など残している訳もなく、ただイラついていた。
「この女....何邪魔しようとしてるんだ!!?」
ノトレムに向けた暴行の標的はサチコへ変更、その拳がサチコに目掛けて放たれ、ノトレムは声を上げて止めようとする。
だが、丁度そんな時店のドアが勢いよく開かれ、各々の行動がピタリと止まった。
追加の邪魔建てに血管を浮き上がらせ、店長は店のドアを睨みつけるが、そこに立っていた人物を見て血相を変え、すぐにカウンターへと戻った。
まるでサボりが上司に見つかりそうになった部下のような慌てっぷりに、サチコはドアの方を見る。
そこに立っていたのは一人の兵士。
背は高く筋肉質でガタイが大きい。身体に銀色の鎧を身にまとい、髭もはやしていないその男性は頭に茶色の布を巻き付けている。
目は焔色で威圧をしているかのように微小ながら魔力を灯している。
その兵士は天井に張り付いている武器を眺めながらカウンターに向かって歩き、ノトレムとぶつかる手前で止まった。
「...邪魔だ蜥蜴。」
そう呟くのと同時にノトレムは顔を蹴飛ばされた。壁まで吹っ飛ばされて激突、サチコは慌ててノトレムに駆け寄った。
「の、ノトレムさん!大丈夫ですか!?」
サチコはノトレムが二度暴行を受けたのを見ている。だが、それのどれもノトレムが大したダメージを受けていないのはサチコは感じていた。先程片膝をつけてしまったのも、いきなりの事でビックリしたのもあったと確信していた。
だが、今回は人より大きいノトレムが吹っ飛ばされ、ノトレムは痛そうにしながら微痙攣している。明らかにダメージの質が違った。
蹴り飛ばしたノトレムを気にかける様子もない男性はカウンター目の前に立ち、店長は両手をクネクネしてヘラヘラと笑っていた。
「は、ハハッ。こんなボロい店に"タイガ"様のようなお方が来て頂き、有難い限りでございます。本日は何用で?」
「ここの剣を売れ。見栄えが良くて一番安いやつな、この際性能は最悪なやつでもいい。あるか?」
そう言われた店長は慌ててカウンター下を漁り、少しして一本の細い剣を取りだした。細くスラッとしており、鞘もどこか高級そうな清潔感を出していた。
「こ、これですかね。タイガ様の好みに合うと良いのですが....あ、値段は一応金貨一枚で取り引きさせて貰ってます。」
「...そうか。金貨一枚....か....」
「あ!い、いえいえ!これはあくまで一般の方に購入させてもらった場合ですので!タイガ様なら更にお安くさせて貰います!
ですが....これで本当によろしかったですか?
"六将"の貴方様がこんな粗末な物で...」
店長は顔色を伺うように尋ねると、タイガは睨み返し、店長の顔を掴んだ。まるで胸元を掴んでいるかのように店長を睨みつけながら顔を近付ける。
「てめぇに説明しなきゃ買えねぇのか?俺がお前に一々理由言わないといけない理由って何?ないよな?必要ねぇよなそんなもん。身内に兵士がいて何とかここにいる強者もどきが偉そうな態度とるんじゃねぇ。」
タイガは店長を突き放すと、尻もちを着いた店長に唾を吐き捨てる。唾をつけられたにも関わらず、店長は慌てて立ち上がり何度も何度も頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!!すぐ新品の物を取りに行きます!!ほんの少しだけお待ち下さい!!」
店長はまるで逃げるかのように裏へ消え、タイガは舌打ちをしてカウンターに置かれている剣を見ていた。
その間、サチコはノトレムに回復魔法を掛けつつタイガを見ていた。
ノトレムのダメージ、店長の態度でこの男はこの国でも上にいる人物というのはサチコでも分かる。そして、この国の仕組み、"強さが正義"という言葉がピッタリのこの状況。
下の者には何をしてもいい、そんな狂った仕組みに怒りを感じ、その想いは目に宿り、サチコは無意識にタイガを睨みつけていた。




