帝都の洗礼
しばらくするとノトレムは紋章を隠し、自分の荷物から依頼用紙を取り出し、掲げるようにそれを展開する。
「....よし、通ることを許可する。」
男性が言い終わるのと同時に壁に一人分が通れるような小さな穴が出現した。入っていいか戸惑っているサチコとは違い、ノトレムはなんの迷いも無く歩を進め、慌ててサチコは後を追うのだった。
出口の先には壁を背に二人の白銀の兵士が待ち構えていた。武器を槍を装備していたが、サチコの目に止まったのはある魔具。鉄の板で、両端が上向きで半円くり抜かれたような形をしており、板の所々には緑色の線が張り巡らされていた。
すると、一人の兵士はノトレムを見て二人に聞こえるような舌打ちをした。
「ちっ、図体デカい獣人かよ。これじゃあサイズが合わねぇ。俺、取り行くよ。」
「分かった。じゃあ...そこの変な格好してる女、さっさとこっちに来い。」
一方の兵士が壁に張り付いている木の扉を開けて姿を消すと、もう一方の兵士がそう指示する。戸惑っていたサチコはノトレムを見ると、彼は静かに頷いてサチコの不安に答えた。サチコは唾を飲み込み、その兵士の目の前に立った。
「....首だせ。」
「え?な、なんでですか?」
「首だせ言ってんだろ!?さっさとしろよクソ女!!」
兵士は罵倒を浴びせた直後、拳を握った手でサチコを殴った。右頬中心に広がる痛みと拳の衝撃、堪らず後退りし、その場で座り込んでしまう。
何がなにやら分からず、サチコは痛み以上の困惑を感じ、頭が真っ白だった。
「さっさと立て!!」
その怒号の指示もサチコは反応出来ない。彼が怒っている理由が分からなく、放心状態だった。
そんなサチコに苛立ちを感じた兵士はサチコの髪を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
「痛ッ!」
「二度も言わせんなよクソ女〜。てめぇら下級国民のゴミが上級国民であり兵士の俺に質問なんかする権限あんのか?答えるメリットあんのか!?
あぁ!!?」
兵士は怒鳴りながらサチコの髪を前後に揺らす。頭皮が引っ張られる痛みに視界を閉ざし、サチコは痛みに耐えることしか出来ずにいた。
「返事も出来ねぇのかお前は!?下級国民の分際で良くもまぁそんな態度貫けるもんだな!!」
兵士はサチコの耳元で吠えると、再びサチコに暴行をしようとする。が、拳が入る前にノトレムが二人の間を割って入った。
「す、すいません!彼女、帝都に入るのは初めてなんです。後で僕がしっかり言っておきますから、もう勘弁してくれませんか?」
ノトレムに邪魔された兵士は彼に鋭く睨みつけながら、サチコの髪をゆっくりと離した。
髪がクシャクシャになってしまい、いきなりの暴行に混乱と恐怖を抱いたサチコはぶるぶると震えていた。
兵士はノトレムを睨みつけたまま近づき、もうすぐで顔が当たってしまう距離に来たところでノトレムを殴った。
殴られたノトレムは倒れたり怯んだりはしなかったが、口が切れたのか血が垂れてきていた。
「後でじゃなく先に説明しとけ無能が!そんなでけぇ図体してんのに下級国民なんて、自分の無能さを言い回ってるみたいだな?えぇ?ゴミクズがよぉ〜。兵士様の邪魔してんじゃねぇぞ弱者風情が〜?」
兵士はノトレムの額を嫌味ったらしく突いてそう言い放つ。ノトレムはそれになんの反応を見せることも無く、ただ足元を見ていた。
すると、居なくなっていた兵士が先程より大きめの鉄板の魔具を持って帰ってきて、ノトレムを殴った兵士もそっちへ目線が行く。
「...あったか?」
「あぁ。それにしても何してんだ?」
「あの女がトロくて指示に従わないからよ、ちょっと殴っただけだ。」
「そういうことな。女ぁ、何お前ブルブル震えて怖がってんの?お前が悪いんだろ?下級国民の癖してテキパキ行動しないお前がな?一丁前に被害者ツラしやがって。」
帰ってきた兵士はサチコに近寄ろうとするが、スっとノトレムが間に入ってきた。そんなノトレムを兵士は下から睨みながら覗き込む。
「は?なんだお前?」
「"勘弁してくれ"ってさ。その女が帝都来るの初めてだからデカい獣人の癖して"許してください〜"だってさ。」
「ふ〜ん。外見に対して情けないやつだな。お前ってさ、生きてて楽しい?ん?楽しくねぇよな?だって下級国民、弱者だもんな?一生這い上がれない弱者の人生なんて虚しいだけだろ。いっそ、俺が殺してやろうか?見てて気持ち悪いんだよ。」
兵士はケタケタ笑いながら煽るようにノトレムの頬を叩き、魔具と一緒に持っていた槍を空いた手に持ち替え、彼の首に刃物を置いた。
慌てるサチコに対してノトレムは至って冷静、自分の首に凶器を向けられても何の反応もしなかった。すると、兵士は笑いながら槍を退けた。
「冗談だって〜。そんな顔強ばらせちゃって必死だな〜?まぁ今回はこんくらいで許してやるよ。首だせ、気持ち悪い蜥蜴さん。」
ノトレムは顔を暗くしながら顔を上げ、首全体が見えるように兵士に見せた。兵士はニヤニヤしながら槍を置くと、持ってきた魔具の片方の半円にノトレムの首に嵌める。そして魔力を込めると魔具が機能し、真ん中を中心に折り畳み、ノトレムの首を挟む形で半円同士がくっつく。
ノトレムの首が少し緑色に光ると兵士はその魔具を取り外す。すると、ノトレムの首には緑色の輪っかがフワフワと浮いていた。
「女、今度はちゃんと来るよな?来て首だせ。」
暴行を加えた兵士が言うと、サチコは震えながらその兵士に近づき、ノトレム同様首を出すと同じように首に輪っか出現した。
「表向きは城外から来た者の防犯、裏ではただの晒し。お前らみたいな弱者はこうやって醜態晒される方がお似合いだぜ。さっさと行け、弱い奴らの臭いは堪らないんだよ。」
兵士はサチコの肩を掴んで後ろに投げ、それに加えて背中を蹴り押した。サチコは転びそうになるが、ノトレムが咄嗟に手を貸して転倒せずに済む。ノトレムは優しくサチコの背を押しながら壁の奥にある木の扉を開き、扉の向こう側へと進入した。
扉の向こうは陽の光に照らされた商売街だった。色んな馬車が行き来をし、色んな店が並んで商品を売っている。結構な大人数が利用しており、そこにいる人々は殆どが裕福そうな格好をしている。
見てもわかる活気、エルブレト街のような貧しい雰囲気など毛ほども感じず、見渡してすぐに飛び込んでくる住居や建物も清潔感溢れ、ひと目でわかる頑丈さ。
そして遥か先には山のように大きな建造物、灰色の城が建っていた。白のような清潔感ある感じではなく、歴史ある城のようなイメージが簡単に浮かんでくる。
二人はイザゼル帝都へ入ったのだった。
さっきの出来事の緊張感を解きほぐしたノトレムは大きくため息を吐いた。
「はぁ〜、何とか入れたねサチコちゃん。」
ノトレムはサチコを見ると、彼女は声を殺しながらボロボロと涙を流していた。立ち尽くしたまま両手で何度も目を擦り、嗚咽をするサチコ。
ノトレムはそんな姿を見て、慌ててサチコを端に生えている木下へ移動させた。
心地よい風に陽の光を木が和らげてくれたおかげで、サチコは少しして落ち着いてきた。
「ご、ごめんサチコちゃん。僕がちゃんと説明しなかったばっかりに...」
「いえ....私の方こそ、すぐ泣いちゃってすいません....迷惑かけないようにちゃんとしますから...」
鼻を啜っているサチコに、ノトレムは腰を下げて彼女と同じ目線に合わせた。少し悲しそうな表情をしているのをサチコはぼやける視界で見えたのだった。
「迷惑だなんて....サチコちゃんはここに来たのは初めてだし、そもそもこの世界の歴も浅い。新天地がどうなのかは分からないけど、上級国民による嫌がらせは慣れてる人でも辛いんだよ?」
「そうかもしれないですけど....」
「無理に我慢しなくていいよ。それで身体も心も壊れちゃったら、僕らも辛い。だから、決して無理して欲しくない。僕らの事を思って遠慮せず休んでみたり、弱音を吐いてくれないかな?」
ノトレムは優しくサチコの手を包んでそう伝える。その手の力と連動しているかのようにノトレムも微笑みながら言うが、その表情はどこか悲しげだった。
その表情の意味をサチコは瞬時に理解し、また泣きそうになったのだった。
――多分、さっきのがここの当たり前って言いたいんだ。これからもっとこういう場面に遭遇するから気を付けてっていう警告....




