復国軍幹部からの招待
ラーズよりも一回り大きい灰色のローブを纏っており、中には白い軍服のような衣服を着ている。肌は茶黒く、目立つ金色の頭髪を短く立たせており、眉毛は薄く、顎髭を生やしており、目の細さとガッチリとした体型・骨格は喧嘩自慢の怖い人というイメージが付きそうな雰囲気からして三十代の男性。
白い手袋を着用している右手には、付けたばかりの葉巻が握られており、それを口元へ寄せながら目を細めてサチコを見る。
「...お前が『予言の者』か....とてもそんな者とは思えんがな...」
低い声でボソッと言うと、男性は葉巻を静かに吸い始める。目をゆっくりと閉じ、葉巻の美味しさを堪能しているように見える。
「スゥー..........ッ!ゲホッ!ゲホッ!!」
男性は美味しそうに吸っていると思っていたが、突然咳き込み始めた。涙を少し流しながら胸元を拳で叩き、前のめりに苦しんだ。
そんな姿にサチコはポカーンと見ていたが、シアラは腹を抱えながら笑っていた。
「アハハハッ!何してるんですかバルガードさん!葉巻なんて吸えましたっけ?」
「あ、いや...吸えねぇけど第一印象は大事だろ?葉巻なんて吸ってたらスゲェ人っぽいだろ!?」
「そうかもしれませんが、なのに咳き込むって!アハハハッ!しかも何ですか!?「予言の者か....」って格好つけてたのに!あぁ〜おかしい〜。」
シアラは涙を零すほど笑い、バルガードと呼ばれる男は顔を真っ赤に染めながらギリギリと歯ぎしりをしていた。そんな様子を見ているラーズはため息を吐き、呆れた目を向けていた。
「バルガードさん...いつも言っているじゃないですか....継続出来ない印象作りなんて意味ないですよ」
「い、いや...これを機に慣れようかと思っただけなんだ!出来ないことを出来たらカッコイイだろ!?」
そんな子供のような発言をするバルガードをラーズは「はいはい」と軽く受け流した。さらに顔を赤くするバルガードだが、サチコと目が合って心を落ち着けた。
「コホンっ....あー、初めましてだなサチコ・マエダ。俺の名はバルガード・シェルロンって言うんだ。よろしくな。
スゥー..........ッ!ゲホッ!!んだよこれ!ゲホッ!!!」
――え? また吸うの?
こりないバルガードの行動にまたしても呆れてしまうが、周りの反応を見るにワザととは思えなかったサチコはバルガードの第一印象とはかけ離れた行動にフフっと微笑んだ。
バルガードは涙目になりながら部屋の上隅を指差し、サチコはそこへ視線を移すと小さい球体がフワフワと浮いていた。
「ゴホッ...さっきまでの話は全部あの魔具を通して見聞きさせて貰った....盗聴のような真似は許してくれ、君の本意を見たかったんだ。先程のシアラの質問に対し、第三の回答を出してくれた君を俺は尊敬する。よくぞ出してくれた!」
「え?第三の回答?私は回答じゃなくて質問みたいな...」
「いいや、あれは立派な回答だ。君は二つの差別国家を否定した、それだけで俺達が望んだ回答には行き着いている。
そしてここからが本題だ。俺は今、イザゼル帝国で「灰色の十字架」というギルドでギルド長をしているんだ」
――ギルド...確かクエストか何か依頼されて、それをこなして報酬を貰うなんでも屋みたいな感じだった筈....間違ってなければいいんだけど...
「でも、それはあくまで仮の仕事だ。真の仕事はこの不平等な世界を平等へと変え、かつて存在していた平和なグルエル王国を復活させる為に行動する『復国軍』の幹部だ!」
バルガードは綺麗な白い歯を見せながら自信満々に言うが、サチコは異世界に来てからの怒涛の急展開の為反応が薄く、バルガードの方が少し戸惑っていた。
「え?そんな驚くことでもなかったか?」
「あ、いえ...なんか....ついていけてないって言うか...」
「あ、あぁ....まぁそうだな!話だと新天地から来たみたいだし、分からないことだらけだもんな!そりゃあしょうがないさ!なぁラーズ!?」
「.....そうですね。」
ラーズはかったるそうに答えており、いつもバルガードはこんな感じなのかとサチコは悟った。
明るくてお調子者のような男性、これからいい関係を築けると確信に近いものを感じているサチコだが、やはり元の世界の出来事が頭を過り顔が暗くなる。
「コホン....それじゃあ話を戻すが、サチコ。単刀直入に言わせてもらう。お前、復国軍に加わる気はないか?」
「え?」
「サチコは自覚していないだろうが、サチコの魔法は強大だ。サチコが復国軍に加わってくれれば、俺達の目指す王国復活に辿り着くのはより確実性を増す。
その力を世のため人のために使ってはくれないか?俺達には君の力、君のような意志を持つ人が必要なんだ!
強制はしない、いくら時間を使ってもいい。ただ、俺達のこの気持ちは受け取って欲しい!この通りだ!!」
バルガードはその場で頭を下げた。頭を下げられるという慣れない行為をされて戸惑っていると、隣のシアラやラーズも同じく頭を下げていた。
――シアラさんもラーズさんも復国軍ってことか...私なんかが本当に役に立つのかな? もし、全然ダメだったら私はまた捨てられるのかな? そう思うと怖い....人との繋がりが怖い...
だけど、私は答えてないけど決断はした。シアラさんやラーズさんを信じると。最後の最後に、勇気を振り絞ってみよう。第二の人生として人の役に立てる、人から必要とされる人間になりたい。
「....はい、分かりました。やってみます...」
そんなサチコの問いに三人はすぐに反応して頭をあげる。ラーズはホッとしており、シアラは大いに喜んでいた。バルガードは信じられないと言った表情でサチコを見つめていた。
「ほ、本当にか?別に今すぐ答える必要は無いんだぞ?復国軍やってれば他じゃない苦難が多いし....」
「......今すぐ答えを出せなくても、結果は同じだと思います。私は元いた場所で色んな人に傷付けられました。多分、規模は違うと思うんですけど、その時の苦しみに私はとてもじゃないけど耐えられなかった。だから.......」
――自殺しようとした...
「...役に立たないかもしれない、足を引っ張ってしまうかもしれない。だけど、私はやってみたい。私以上に苦しんでいる人を助けたい!私はこの世界で生まれ変わりたい!!」
サチコはグッと堪えながら強く決意をする。全身を硬直し、身体の痛みを気にしない熱弁は三人を圧倒した。
――ネットで見たことある....「イジメを無くすことは出来ない」って。この人達のいう平等社会になったとしても、完全には不平等は無くならない。ただ、それで諦めていいの?
ううん、減らす事は出来る。一人でも多く、あの地獄から助けたい。もし日本に戻る時があった時にも...
「お....お...おお!!一緒に頑張ろうサチコ!俺達でやってやろう!!」
バルガードは感極まってサチコに近付き両手をガッと掴んだ。サチコはビックリして手を離そうとするが、バルガードの力は身体通りに強かった。そこでシアラは片手でバルガードの顔面を叩き、やっとバルガードの手が離れた。
「バルガードさん!!話聞いてなかったんですか!!?ごめんなさいねサチコさん。バルガードさんはこんな空気読まずみたいな所あるからどうか許してあげて?」
「あ、す、すまんサチコ。俺としたことが....悪気は無かったんだ。ちょっと熱が...本当にすまん!」
そんなバルガードの謝罪をよそに、サチコは握られた手を見つめた。自分の中でハッキリとした答えが出ないモヤモヤを感じる。
――確かにビックリしたけど、あの時とはまるで違う。ラーズさんに同じ事をされても多分そう...本能的に大丈夫って感じてるのかな?....そうだと嬉しいな...
「....いえ、大丈夫です。少しビックリしただけなんで」
サチコがニコッと笑いながら言うと、バルガードは心底安堵していた。胸をなでおろし、深い溜息を吐く。
すると、バルガードは胸元から振動を感じ、一瞬にして気持ちと表情が切り替わる。それにはサチコ含む三人も気が付いた。
「.......バルガードさん....」
「...あぁ、報告だ。あ、サチコはまだゆっくりしていろよ。日程はまた後で伝えるが、一ヶ月ほどこの村に滞在しておけ。この世界にも慣れておいた方がいいだろ?それじゃあ、俺はここで一旦抜ける。じゃあな」
バルガードはそう言い残すとさっさと部屋を出ていった。そんな切り替えの早いバルガードを見てサチコはポカーンとしていた。
「....切り替え早いですね。やっぱり仕事大変なんですか?」
「まぁそうですね。いつもバタバタしてますよ。復国軍としての活動はまだまだなんで、これからドンドン忙しくなりますね。そんな時にはサチコさん、バルガードさんの...いや、メンバーの皆さんのお手伝いをお願いしますね」
「....はい。頑張ります」
シアラはニコッと笑ってくれて、サチコの心もポカポカ温かくなる。シアラと出会えた事に、サチコは心から信じていなかった神に感謝する。
廊下をズカズカと歩き、一軒家を急いで出たバルガード。右腕に装着してある水晶を発動させ、映像を映し出した。
そこにはラーズ、シアラ、サチコの三人がいる部屋。三人はまだ楽しそうに話をしていてバルガードはホッとする。
――ふぅ〜...取り敢えず、サチコに危険性はないか....無意識の魔法で山賊を皆殺しか....予言通りの実力という訳か。なら、サチコに対しては特に慎重に接しなければ。
バルガードは胸元から小さい魔力を放っている少し大きめの水晶を取り出すと、そっと地面に置いて自分の魔力を込める。すると、森林を背にした銀髪の女性が映し出された。
顔は童顔で実に可愛らしいが、それとは裏腹に無表情。年齢的にも成人済みなのはバルガードは承知済みで、見慣れている顔のはずが彼女を前にすると緊張感が走った。
「こんにちはバルガード様。ご報告の件で連絡させてもらいました」
「ありがとうございますロアさん。で、どうでしたか?"他の三つの脅威"は」
「ダメです。それぞれの森でもサチコ様と同様に"地面に描かれている紋章"は発見されましたが、既に遅かったようで予言の者は居ませんでした」
その報告にバルガードは少し顔を暗くし、色々と自分の中で悔やんでいた。
「そうですか...距離的にも離れていたのもありますが、俺の指示がもう少し早かったら....すいません」
「謝る必要性はありません、距離だけでなく国境の問題もありました。それより、サチコ様の方はどうでしょう?やはり脅威だと...」
「それに関しては大丈夫そうです。彼女自身いい子でしたし、復国軍にも入ってくれることを約束してくれました。
....ただ、彼女の力は底がしれません。暴走したりしたら、果たして止められるかどうか...」
バルガードは顎髭を触りながら、もしもの時の想定をする。そして容易に想像がついてしまう被害の深刻化、バルガードはサチコを迎え入れていいものなのかと不安に思ってしまう。
「....他の三つもサチコ同様の力を持ち合わせている可能性もあります。ロアさん、調査の方よろしくお願いします」
「はい、分かりました。....それと、私から一つ...サチコ様は本当に復国軍へ入れてもいいのでしょうか?」
ロアは相変わらずの無表情のままバルガードへ問い掛ける。自分も感じていたその問いに、バルガードは咳払いで動揺を隠す。
「...どうしてそう思うんですか?彼女の力は強大で性格も問題はありません。俺達の大きな手助けとなります」
「....そう演じている可能性もあります。少なくとも、今活動をほぼなし得ていない復国軍の存在を世間に認知される訳にはいきません。もし、サチコ様が大国に元々属する者だったら、根本的に終わります。
他にも問題があります。彼女の暴走、それを止めれるかどうか....そんな問題を抱えて活動できるとは想像しにくいですが?」
そんなバルガードの悩みの核心がグサグサと刺され、バルガードの頭からは煙が上がりそうだった。
――確かにサチコは不確定要素が大きい。新天地という点もあるし、正直いつ爆発するかわからない爆弾のような存在....だが、彼女のあの目は本気だった。そんな彼女を信じてあげたいものだが...他を納得させるとなると....
「...サチコはこちらへ来ても早々任務には出しません。魔力の使い方はおろか、この世界の仕組みもマトモに知らない様子。新天地出身と言ってました」
「新天地...?余計に怪しいでは無いですか。隙を見て殺すのも一つの手かと....」
「は、早まらんで下さいよ。納得出来ないなら、ロアさん。サチコがこっちに来た時の教育係及び監視役を任せてもいいですか?他のメンバーも、貴女が認めれれば納得しやすい」
ロアはスっと目を瞑り少し考えていた。息を飲むような間が空き、ロアはゆっくりと目を開ける。
「分かりました。ギルド及び復国軍の幹部の発言を尊重しましょう。それでは、私が認めるまでギルド敷地から一歩も外へ出さないということでいいですか?」
「あ、あぁ!助かるよロアさん!それじゃあ、詳しい説明はギルド戻ってからしますから、帰路は気を付けてください」
「えぇ...そちらもお気をつけて」
そう言って二人はお互いは通信を切った。
肩に掛けてあった鞄に水晶を入れたロアは、日が差さない薄暗い森で歩きながら考えていた。
「......サチコ・マエダ...か....」
ロアはボソッと呟いた直後、背後の草むらから大きな物体が飛び出る。
二つの頭がある熊のような魔獣ツイン・グリズリーだった。ロアの三倍以上ある大きさで、非常に獰猛故に一般兵士では手も足も出ないと言われる危険魔獣。
そんな魔獣は雄叫びを上げながら唾液を巻き散らかし、左の大きな手で彼女を推し潰そうとする。そんな状況下の中、ロアはあくまで冷静。
魔獣の攻撃を掻い潜り、懐へ潜り込むと自分の個性魔法を発動する。
森に耳鳴りのような金属音が響き渡り、一瞬で何往復にもなる両手による攻撃を放つ。
攻撃を受けた魔獣はその場で固まり、少し間が経つとズルズルと魔獣の身体はバラバラに引き裂かれる。
臓物と肉片が飛び散り、血の雨がロアに降り注ぐ。ロアは静かに血に汚れた右手を見て、グッと拳を作る。
「...私達の邪魔はさせない。必ず本性を見破り、異物ならば確実にこの世から抹消させましょう」