侮辱
準備を終えた二人が玄関前に集合すると、ノトレムは馬車小屋から二頭の魔馬を連れてきていた。一頭はノトレムが管理しており、彼の色に合わせるかのように全体的に緑色をしている四つ目の馬。
そしてもう一頭はサチコ用だとノトレムは手綱を手渡す。
全身黒づくめの馬で顔もキリッとしており、少し怖そうな印象をサチコは最初に持つが、手綱を握っても馬は大人しく、ジーッとサチコを見つめていた。
黒くて薄い毛を靡かせながら、全体的にスマートな姿を見ると、人に例えるなら紳士のように感じる。
性別はメスな彼女にサチコは「アビア」と名付け、伝わるかどうかも分からないが、これからお世話になるであろう彼女に深く頭を下げる。
だが彼女自身プライドが高いのか、サチコの態度に何の反応も示さずジーッと見つめ、サチコは苦笑いしか出来なかった。
そこから簡単にノトレムから乗馬のコツなどを教えてもらい、不安もありつつ楽しみを胸に二人は目的の村へと移動を始めたのだった。
玄関で見送っていたロアは小さくなっていく二人の背中をジーッと見ており、見えなくなってギルド内に入ろうとすると、玄関近くにいたバルガードと目が合った。
「行きましたか?サチコとノトレムは。」
「えぇ、先程出発されたばかりです。私はやることが溜まっていますので、これで。」
小さく頭を下げたロアは通り過ぎようとするが、目の前にバルガードの腕が広がりピタリと止まる。ロアはバルガードに目線を向けると、普段から緩い顔をしていた彼が真剣な表情でロアを見ていた。
「サチコは本当に大丈夫だったんですか?」
「...私の見立てでは。何か不満でも?私が申請した時、サチコ様が大丈夫と判断できたのならと貴方が出した条件の筈ですが?」
「そうですね、確かに俺はそう言った。だが、例え大丈夫だと思っても万一を考えて様子見てもいいでしょう?あんな急に行かせなくてもいいはずだ。」
その言葉にロアはバルガードから目線を外し、ゆっくりと目を閉じていた。何を思っているのか分からないが、バルガードは続けて話した。
「確かにまだサチコは未熟だと思う。ロアさんが合格を出したとはいえ、まだまだ精神的にも肉体的にも俺達が望む水準にまだ届いていないだろう。
だから魔獣狩りの時のように感覚を忘れない内に行かせたいっていう貴女の気持ちも理解出来る。
ただ、今回はそれと別だ。一週間でも足りない程に、彼女の心が傷付いているかもしれないんだ。」
説得するように話すバルガードに対し、ロアはまるで聞こえていないかのように目を瞑って無反応。そんな彼女の態度に少なからずバルガードにも苛立ちが出てくる。
「サチコは見聞きしたんじゃない、実際に被害に遭ったんだ。まだ本人が気づいてない部分に傷が残っている場合もある。サチコはつい数ヶ月前までこんな世界とは無縁の生活をしていた上に女の子だぞ。同じ女性だからといってももう少し配慮を」
説教に近い意見の最中で、ロアは自分の目の前に伸びているバルガードの腕を掴んだ。いきなりの事でバルガードは言葉を途切り、掴まれている力が強くなると眉間に皺を寄せた。
ロアは再び目を開け、バルガードをジッと見ていた。
「....これ以上あの子を侮辱するならば、例えバルガード様とも言えど許されるものではありませんよ?」
「な....侮辱?」
バルガードにそう伝えるとロアは静かに腕を離した。掴まれた痛みを癒すかのように腕を摩るバルガードにロアは再び口を開いた。
「これは彼女自身が望んだ道です。依頼をした時、彼女は表情で決意を語り、あろうことか頭まで下げてきました。傷が完全に癒えてる癒えていないの世界ではない、そこまで覚悟を持っている彼女の手を払うのは彼女の意志そのものを否定するに近いです。」
ロアはバルガードの胸元を掴み、自分に顔を寄せて彼の目をジッと見つめる。その目力と行動は表情で感情を表せないロアにとって最大限の感情表現だった。
「彼女は精神的にも強くなり、人を助けれる存在になろうとしています。自分の理想・生まれ変わった自分を手にするため小さくとも歯を食いしばって一歩一歩、勇敢に歩んでいるのです。
サチコ様は"新天地出身のか弱い女性"ではありません。我々の仲間、"復国軍のサチコ・マエダ"なのです。サチコ様をここのメンバー同等の扱いをすることを強く勧めさせていただきます。」
言い終えてもロアは驚愕しているバルガードの目を至近距離で見続けた。かなりの目力で見ており、自分の言葉を彼の脳内に深く覚えさせようとしているかのようにバルガードは感じる。
暫くするとロアは彼の胸ぐらを離し、一歩下がって頭を下げた。
「それはともかく、上司に向かって言い過ぎたのも事実、申し訳ありませんでした。どんな罰でも受けますが、この私の言葉を心に留めて置かれることを願っています。」
「あ、いや...ロアさんの言いたいことも理解出来るので、そんな罰だなんて...寧ろ、貴重な意見を貰って有難いですよ。」
バルガードは少し笑いながらそんな事を言うが、目は少し寂しそうにしていた。それはロアの事を思った故だった。
――ここまでロアさんが感情的になるのは本当に珍しい。サチコの成長具合に当てられた部分もあるだろうが、前回の件はロアさん自身も責任を感じてる筈だ。今回もそれなりに悩んでこの話を出したって事を、俺は察することができてなかったな...
「....よし、それじゃあ俺はこれから上にいる馬鹿と話があるんでこれで。引き止めてすいませんでしたね。」
「いえ、構いません。失礼します。」
ロアがお辞儀をし、バルガードは振り向いて二階に上がろうとしていた。上がりきる直前でバルガードはロアに声をかけられる。
「バルガード様。」
「ん?なんですかロアさん。」
ジーッと見つめていたロアだったが、しばらくするとスっと地面に目線を逸らした。
「いえ....やはり何もありません。失礼します。」
気になるような発言を言い残したロアはスタスタとバルガードの長室へ移動した。バルガードも言い止めることはせず、気になりつつも二階の一室へ歩を進める。
扉をノックするが応答はなく、声をかけて入室すると、窓の外を眺めているステアがいた。先日のメメとの殴り合い(オマケ弐参照)で結構ダメージを負い、療養中の彼女は所々包帯が巻かれている姿でタバコを吸いながらボーッと外を見つめている。
「...寝てないとダメだろ。回復魔法で傷はある程度治ったが、まだ身体がダルいだろ。」
「バルガードか...別に身体の方は大丈夫だよ。変に違和感はあるけど問題は無い。気になってるのはここさ。」
ステアは目線を落として自分の右胸を触る。柔らかい大きな胸の奥にあるものを感じ取り、暗い顔をするステアの横にバルガードは立って窓の外を眺める。窓の先は丁度サチコ達が出発した方向と同じだった。
「見てたのか。そんなに気になるか?」
「気になるさ、前回の件は私が全面的に悪いからね。責任感じない方がおかしいよ。
....なぁバルガード。サチコはもう、復国軍に居るべきじゃないんじゃないかな?」
ステアらしくない暗い口調で消えるように言われ、それだけでバルガードは彼女の気持ちが凡そ理解する。
「....ここに来たばかりだろ。変にミスや暴走した訳じゃない。精神面だって回復してるだろうし、俺もそこら辺慎重になったら、さっきロアさんにボロくそ言われたよ。一人のメンバーとして扱えってさ。」
「それもあるけど、私が言いたいのはそれじゃない。ロアはあの子を気にしてるからとっくに分かってるはず、あんたも分かってるんでしょ?」
バルガードは目線をステアに向けると、彼女は精神的に参っているのか弱々しい目で見てきていた。普段から頼りがいのあるステアを知っているからこそ、バルガードは少し胸が痛くなる。
子犬のように弱った表情で彼女は口を開いた。
「恨みって感情はさ、自分や他人が何かされて起こるもの。サチコの魔法は戦闘面だと後手に回る。命と命のやり取りするのに必ず後手に回るのは避けなくちゃならない。
でも、サチコは自分が過去にされた体験を使って魔法を使える。だから先手も取れると思ったの。」
「.......だが、感情を魔法に変換してるということは何度も同じ体験を思い返して戦うことは出来ない。いずれ憎しみを得ることが出来なくなる。ロアさんから感情型と報告を受けた時から何となく予想をしていたが、それは本人から聞いたのか?」
ステアは魔獣狩り後にサチコ自身からそんな話を振られたのを思い出し、ゆっくりと頷いた。




