次の依頼
――毎日朝からトレーニングしてたんだ。そりゃあ日中にトレーニングしてるのは見た事あるけど、朝もやってるなんてね〜。ここに来た時は凄い大人しそうな子と思ってたのに意外だな〜。
それにこの整理整頓も凄いキチンとしてる。逆にキチンとしすぎて気持ち悪いけど、芸術みたいだな〜。
まるで機械で並べられたかのように整理整頓されている食卓を、鑑賞しに来たかのようにノトレムは眺めてしまった。
サチコは現代で生徒を取り締まろうとして授業態度は勿論、規則やこういう整理整頓に普段から意識していた。その上、厳格人間ロアの教育が加わり、別に綺麗好きという訳でもないのにキッチリやるようになってしまっていた。
自分が整頓した台所をジロジロとノトレムに観察され、何だか不安になったサチコは話を振って観察から逸らす作戦に出た。
「あ、あの...ノトレムさん?ノトレムさんは何で今日は朝から食堂に?」
その質問にノトレムはハッとして、自分がここに来た理由を完全に見失っていたのに気がついた。
「あ!そうだった!サチコちゃん、ちょっと待ってて!今すぐ作るから!!」
ノトレムは返事を聞く前から既に行動に移し、急いで台所で作業をしていた。何のことやら分からなかったサチコは混乱しながらも食堂の椅子に座り、慌てて何かを作っているノトレムを眺めていた。
数分後、ノトレムはコップに白に薄く黄色を混ぜたような液体を注いで、サチコの前に置いた。サチコは置かれた飲み物がなんなのか分からないが、漂う匂いは少しレモンっぽかった。
「ノトレムさん、これは?」
「これは疲れてるサチコちゃんに少しでも助けになればなって思ってさ。酸っぱいズレモンに甘い成分を含むナツの実、後他にも色んな果実を使ってて身体に凄い良いんだよ。」
そう言われてサチコはその飲み物を飲んだ。酸っぱさが口を刺激するが、それを癒すかのようにミルクのような口当たりの良い味が潤す。酸っぱさと癒しが程よく合わさり、味的にも変な味という印象は感じなく、美味かった。
「お、美味しいですノトレムさん。ありがとうございます!」
「喜んでもらえて嬉しいよ!僕、ご飯とかはラーズ君に力は及ばないけど、菓子とか面白い飲み物には自信あるんだ。作って欲しいと思ったらいつでも言ってね!なんたって僕はサチコちゃんのせ....」
そこでノトレムは言葉が止まり、緑色の顔が少し赤くなっていく。変なところで途切れられ、サチコは気になって仕方がなかった。
「.......せ?」
「えっと....その....」
デカい図体に一見怖い印象を持たれやすいノトレムがオドオドしており、サチコはそんなギャップが少し面白く感じた。
「...あ、そうだノトレムさん。この飲み物の作り方とか教えて貰っても良いですか?トレーニング後とか最適だと私思うんですけど、迷惑ですか?」
「も、勿論!!いいよ!教えてあげる!」
ノトレムは子供のように明るくなり、台所へ駆け込んで色々準備とかしている。それ程嬉しく思われると思うと、サチコ自身も嬉しく感じるのだった。
それからサチコはノトレムに先程の飲み物の作り方を教えてもらい、実際に作ってもみたりした。それだけでなく、菓子作り等にも手を出し、二人は楽しく料理をしていた。
そうこうして時間が過ぎると、サチコの教育係の一任を任されたロアが食堂に入室してきた。彼女は二人の楽しそうな雰囲気をジーッと見つめ、そのまま無言で席へと着いた。二人が彼女に気が付いたのはそれから少し経ってからだった。
「あ、ロアちゃんおはよう。なんか食べたりする?軽いものなら今用意できるけど。」
「いえ、結構です。話がありますのでキリのいい所で声をかけてください。」
サチコとノトレムは互いに顔を見合せ首を傾げる。丁度試作が終わったところだったため、二人は片付けをしてロアと対面になる形で各々席に着いた。
すると、ロアは一枚の紙を机に置いて二人にみせた。
「依頼です。ラナ村からの軽い運送が仕事内容です。運ぶ物も大したものでは無いので、道中賊に襲われるようなことはほとんど無いでしょう。」
――運送か....何かギルドのイメージってモンスターを倒しまくるって印象だったけど、こんなお使いみたいなのも仕事の内なんだ〜。
サチコはボーッとしながら依頼書を見ていると、ロアの手が紙に重なり、ロアの方へ目線を移すと彼女が見つめてきていた。
「サチコ様、仕事に出るのは構いませんか?」
「...え?」
――どういうこと? てっきり"行ってこい"って言われると思ってたのに、ん?
サチコは難しそうな顔をして首を傾げた。だが、この質問の意味はノトレムも理解していた。
先日起きた出来事が原因だった。ただ魔獣と戦い、戦闘や仕事に慣れてもらうだけの任務のはずが、この世界の黒い部分と関わることになり、人間の死を目の当たりにし、自らが手を汚した。
帰ってきてからサチコは少しの間部屋に篭もりっぱなしで、外に出てトレーニングし始めるのに三日はかかった。現在四日経った所で、サチコは元気よく生活はしているが、変に元気な自分を取り繕っているのではないか?とロアは予測していた。
この質問は"無理なら行かなくていい"という意味も加わっている。直接言わないのはロア自身、余計な同情は時に人を傷つけ自信を失わせるのを身をもって知っているからだった。
「...どうなんですか?正直に言ってください。」
「え?えっと、行けますけど....魔獣狩りから帰ってきて一週間はずっと休んでばっかりなので、全然大丈夫ですけど...」
サチコは答えがあっているか不安そうに答えるが、サチコの反応からして心配していた部分が大丈夫だとロアは判断し、ノトレムも同じく感じる。
「そうですか....なら、この依頼を請け負ってください。ノトレム様、貴方も同行してあげてください。」
「え?あ、うん。分かったよ。それで、ラナ村からどこに運べばいい?」
「...イザゼル帝都の四区間です。」
「い、イザゼル帝都!?ロアちゃんそれはちょっと....」
帝国の話が飛び込んでノトレムは思わず立ち上がる。口をあわあわしながらロアに意見しており、サチコには検討もつかない。
「どうしました?ノトレム様。貴方、イザゼル帝都に入るのそんなに嫌なんですか?」
「い、いや。僕は慣れてるから全然いいんだけど、サチコちゃんは...」
そんなことを言われてサチコは少し不安になる。ノトレムの慌てように嫌な予感ばかり湧いて来てしまうが、ロアと目線が合うと何故かそんな動揺が消えてしまう。
「サチコ様はまだこの世界のことをよく分かっていません。帝国に住む上級国民以上の存在もただ話で聞いているだけ、実際どんな連中なのかも知らないはずです。
復国軍として動くなら知っておいた方がいいでしょう。私達は何を守り、何を変えるために戦うのか、今回の依頼ではそれらを意識して下さい。」
「だ、だとしてももうちょっと時間置いた方がいいよ。その....もうちょっと落ち着いてきてからで」
「ノトレムさん、大丈夫です。私行きます。」
サチコの発言にノトレムはまた何かしら言おうとしたが、彼女の顔からは迷いがなくやる気が充ちているのを感じて、言葉を発しなかった。
「分かりましたロアさん。私、勉強してきます。この世界のこと、色んな人達のことを。」
――正直ノトレムさんの慌てようは不安で、何が待っているのか分からないけど、今の私に必要だとロアさんは思ってくれてるんだ。なら、それに応えなくちゃ。応えたい...
そんな思いを胸にサチコはぺこりとロアにお辞儀をする。それを見てロアは依頼紙を置いたまま立ち上がった。
「えぇ。思う存分勉強してきて下さい。帰ってきた時、貴女が何を学んだか聞くのを楽しみにしています。」
ロアは二人に軽くお辞儀すると食堂を出て行った。勝手に話が進んでいき、ノトレムは少しサチコが不安に思うが、ロアが居なくなってもなおサチコは明るい表情をしていた。
「じゃあノトレムさん、今回はよろしくお願いします!私、早速遠出の準備してきますよ!」
嵐のように退室するサチコの背中を見てノトレムは微笑みながらポソりと呟いた。
「....余計なお世話だったみたいだね、サチコちゃん。」
ノトレムは心が少し暖かくなっているのを感じながらも、準備の為自分の部屋へと向かったのだった。




