不穏
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星々が美しく目立つ夜の世界。本来なら陽の光が当たらない夜は、真っ暗で何も見えることは無い暗黒の空間。だが、街の街頭、家や建物の光、そして星々がそんな夜を照らす。
少しでも外を歩く物に安心を与えるかのように、夜というのにある程度の明るさは与えられていた。
そんな中、ある女性は走っていた。服はとても清潔で可憐なイメージを持たれるその服に似合わず、女性は両手を大きく振ってがむしゃらに走っている。オシャレの為に身につけていた歩きにくい靴はとうに捨てており、裸足で住宅街を駆け巡る。
どこを見ても石造りの建物ばかり。地面も綺麗に整えられてある石の通路だが、小さい小石などを踏み、足からは痛みという信号が発せられているが女性は気にしない、気にしている状況ではない。疲労とはまた別の汗をかきながら彼女はキョロキョロと人を探していた。
誰でもいい、どんな人でもいい、そんな女性の願いを無視するかのように外出中の人間はいない。
ここで大声を何回か発したりすれば家に居るものが異変を察し、外へ出てくる者も居るだろう。だが、彼女はそれをしない。頭の中が恐怖に支配され、まともに思考が働かない。"もし振り切っていたら自分の居場所を教えることになる"、そう一度頭に浮かんだら別の発想は出てこない、誰でもいいから人と遭遇したかった。
そんな無計画に走っていたツケが回ったのか、彼女は行き止まりに遭遇してしまう。自分の身体三つ分程ある綺麗な壁は彼女に絶望を与える。
――ど、どこかに登れる場所は!?
彼女は焦りながら壁のあちこちを触るが、その壁は憎らしいほど人が手をかけれる隙間などなかった。
汗で顔がびちゃびちゃになりながら彼女は歯ぎしりをし、バッと振り返る。
少し戻れば別の道がある為、出くわさない内に行動に移そうとするが、視線の先から何者かが走ってくる足音が聞こえる。彼女は全身から力が抜け落ちそうな恐怖に包まれ、周りを見渡すと小さい物置が目に入った。
女性はその物置に入ろうとするがドアは閉まっており、物置と壁の隙間に隠れる。隙間と言っても人が普通に通り抜けられるような隙間で、その奥にはまた壁。女性は仕方が無く、隙間でしゃがみこんで息を殺すしか無かった。
足音はだんだんと大きくなり、行き止まり手前でピタリとやんだ。そこからコツコツと辺りをゆっくりと歩き回っており、その緊張感に耐えられない女性は思わず目を瞑った。
――なんで...なんでこんなことに....ほんの少し買い物に行こうとしただけなのに...
街で夜の外出警告令が発令されているのにも関わらず、軽い気持ちで外出してしまったことを女性は深く後悔した。
先程まで聞こえていた足音が消えた。夜の静けさが満ち、女性の危険を知らない住民の話し声が薄ら聞こえる程の静寂。
ゆっくりと女性は目を開け、恐る恐る行き止まりの方を見ると、自分を追ってきていた人物と目が合った。
「いやぁぁぁぁぁあ!!!」
女性は今まで押さえつけていた恐怖を解放、大声の奇声を上げ、少しでも追跡者から離れようと壁まで離れる。
追跡者はゆっくりと隙間に入り込み、その女性にジリジリとにじり寄ってくる。
その恐怖に女性は完全に腰が抜け、涙を零して歯をガチガチと震わせていた。
「や、やめてよ!なんでこんなことするの!?私が何をしたって言うのよ!!」
「..."何をしたか"?違う、違う違う。お前は"何もしなかった"、だからだよ。」
追跡者は冷たく言い放つと、自分の個性魔法を発動させる。右手に魔力が充ちて動かすと、彼女の背後の壁がまるで食虫植物のように、何本かのツタのようなもので彼女を拘束。四肢は完全に封じられ、お腹を締め付けられて圧迫感を感じる。
「グッ....オェ...」
女性は胃液なのでは無いものを吐きそうになり、まともに息も出来ずにいた。苦しんでいる女性に手をかざし、追跡者はポソりと呟く。
「苦しいだろ?だがな、こんなものじゃない。我々が受けた苦しみはそんなものでは無い。これは、弱者の報復だ!」
追跡者は魔力を再び込めて放つ。すると、女性は壁のツタに連れられ、壁の中へとズブズブと水中かのように飲み込まれる。
全身が壁に飲み込まれたのを確認すると、追跡者は魔法を消した。その瞬間、凄まじい破裂音が響き渡った。タイヤのパンクのように壮大な破裂音が聞こえたのと同時に、彼女が入った分要らないものを出すかのように、壁が一部横へ広がり発生した突起だけが壊れた。
そんな壁の残骸には先程の女性の右腕らしき肉片が混じっており、追跡者はニヤリと笑ったのだった。
一方、灰色の十字架の薄暗い室内で蜥蜴人のノトレムはゆっくりと目を覚ました。欠伸をしながら毛布から出て、その場で軽く体を伸ばし始める。ポキポキと骨を鳴らして身体も起こしていくがまだ眠気はあり、小さい目を細めながら部屋の窓を開ける。
外は晴天、気持ちいいくらい陽が大地を照らし、心地よい風が吹いている。
それを喜んでいるかのように小さな魔鳥や虫らも元気よく外を動いており、ノトレムはそんな平和的な景色を見て頬を緩ました。
「凄い良い天気だな〜。僕らの世界もこの景色みたいに平和になればいいのに。.......?あれは、サチコちゃん?」
景色にうっとりしていたノトレムの視界端に、ギルドの外を走っていたサチコが映った。景色を楽しんでいる様子もなく、目の前のトレーニングに集中しているのは明らか。顔を汗だくにしつつ、真剣な表情で走り込んでいた。
「こんな朝から走り込みなんて凄いな〜サチコちゃん。結構疲れてるっぽいけどいつからやっているんだろ?....よ〜し、眠気覚ましついでにサチコちゃんに何かプレゼントしてあげよう!」
ノトレムは急いで寝巻きから着替えた。白い半ズボンに茶色のベルトをかけ、少しボロっとしている茶色の上着といういつものスタイルに着替え、急いで一階の食堂の台所へ移動する。
食堂へ入るとノトレムは目を丸くし、入室してすぐ感じた違和感を見ていた。机やテーブルがキチンと整えて配置してあり、どこもピカピカ。台所に至っては食器類も殆どが綺麗で、立てて乾かしている食器すらも綺麗に並べられ、食器と食器の間隔も気持ち悪いくらい綺麗だった。
普段から清潔感を保っていないという訳では無いが、ここまで整理整頓が施されていることはなく、変に不気味に思ってしまった。
「はぁ...はぁ....あれ?ノトレムさん?」
そんな食堂にビックリしていると、ドア付近にタオルで汗を拭いているサチコがいた。
「あ〜、サチコちゃんおはよう。朝から走り込みだなんて精が出るね。」
「いえいえそんな...あ、おはようございます。それにしてもどうかしたんですか?私、触れちゃいけない物とか触っちゃってました?」
少し申し訳なさそうにサチコが聞いてきて、ノトレムは更に目を丸くしたのだった。
「え!?これ、サチコちゃんが全部やったの!?」
「や、やっぱり何かしちゃったんですか!?す、すいません!
あの...これからお世話になるし、私新人だから雑用やらなきゃな〜って思ってて、良かれと思ってやったんですけど...すいません、ここのルールとか把握してない内に余計なことして...」
「あ、いやいや、余計なことなんてそんな事ないよ。寧ろ頭が下がっちゃうよこんなの。でも、ここ掃除してトレーニングだなんて、サチコちゃんどんだけ早く起きたの?」
「今日はたまたま起きちゃって。いつもはトレーニングだけで終わってるんですけど、清掃やっておいた方がいいかな〜って。」
ノトレムはサチコの発言に驚き、ふと数日前までのことを遡って思い返すが、サチコが朝からトレーニングしているのに全く気が付かなかった。




