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オマケ弐・鬣犬との約束

――――――――――――――――――――――――

  


 裏奴隷施設での死闘から数日後、灰色の十字架(グレークロス)へ一通の手紙が送られてきた。送り主は鬣犬、内容はサチコとステアが彼らの住処へ来ること、いわば招待だった。

 サチコは何をするかさっぱりだったのに対し、ステアは妙にソワソワしていた。道中、何をするのかとサチコは何度か質問するが、お楽しみと濁されて結局分からないまま二人は鬣犬の住む森へと入っていった。


 しばらく進むと、鬣犬達が熱く出迎えてくれた。

 サチコ達二人をすぐに囲み、色んな人が話しかけてくる。数日前のことでお世話になった人が何人もいる為、蔑ろに出来ないサチコは一人一人相手にしているうちにステアの姿は見えなくなった。


 そして半ば強引にサチコは鬣犬メンバーと共に移動させられ、大きな岩上へ登らされた。

 そこには何人も鬣犬メンバーが既に座って、隣のメンバーと話している。


 ふと周りを見ると、あちこちにそんな岩があり、そんな岩達の中心には見下ろす形で少し広めの平地があった。

 周りは自然いっぱいだが、その平地には草一本も生えておらず、そこだけか異空間のように不自然だった。



「あ!サチコ!!」



 そんな懐かしい声が聞こえてサチコが振り向くと、声の方向からノムが走ってきた。他の鬣犬メンバー同様、動物の皮を使った衣服を着こなしており、彼の顔には笑顔が灯っていてサチコはホッとした。



「ノム君、久しぶりだね。凄い元気そう。」

「当たり前だろ!?ここの生活めっちゃ楽しいし、良い奴ばっかりだから全然飽きないんだ!それよりも、今日は本当に楽しみだな!俺、昨日から全然寝れなかったよ!」

「ノム君は今日何するのか知ってるの?私、何で招待されたのかすら知らなくて...」



 ノムがそれについて話そうとすると、鬣犬メンバーの女性一人が後ろから口を塞いだ。大きな胸を後頭部に押し付け、完全にノムの身体をロック、見てわかるくらいノムから湯気が出ていた。



「だめだよ〜ノム〜、初見の方が絶対楽しいじゃ〜ん。」

「そうそう、余計なことはしなくていいよノム。サチコちゃんが驚いてる顔を見たいし、ね?」



 そう言いながら一人の女性がサチコに近付いてくる。肩に手を回し、必要以上にピッタリくっついてくる女性、その者の名は度々数日前聞いていたし、ルックスも綺麗なのでサチコは辛うじて覚えていた。



「あ、確か....ヘレナさん、でしたっけ?」

「えぇ〜?私の事覚えてくれてたんだ。それは凄い嬉しいな〜?」



 ヘレナはサチコの唇を指で触れると、その指を自分の唇に持っていき、いやらしくなぞる。綺麗な目とその行動、誘惑するかのような匂い。こんなアプローチを受けたことがないサチコは妙にドキドキしてしまう。

 そうしていると、サチコの前から二人の男性がニヤニヤしながら近付いてきた。

 


「あ、サチコちゃんお久しぶり!俺の事覚えてる!?結構サチコちゃんの近くにいたんだけど!」

「サチコちゃんは相変わらず綺麗だな!あ、これどう?美味しいよ!?」



 そう男達が鼻の下伸ばして言い寄ってくると、ヘレナはサチコの頭を胸元に持っていき、犬歯を露わにして獣のように唸っていた。



「気持ち悪い顔面晒して誰に話しかけてんのよアンタら!!"私の"サチコちゃんに手を出したらアンタらの息子潰してやるから!!」



 そう言い放つと、男性陣はブーブー言いながら親指を下に向けながら去っていき、ヘレナは睨みつけながら中指を立てていた。そんな光景をポカーンと見ていたサチコは、ヘレナに胸元から引き離され、また変な目線を向けられた。



「ごめんね〜クソキモイ男達がいて。でも大丈夫、私がついててあげるから。綺麗なサチコちゃんは私が守ってあ・げ・る♡」



 ――ぎゃ、逆に身の危険を感じるのはなんでだろ。



 女性にこんなアプローチをされたことの無いサチコが戸惑っていると、岩場に集まっていた鬣犬メンバーが騒ぎ始めた。ヘレナはため息を吐いて、サチコの唇にまた指を触れさせた。



「はぁ〜いい所なのに。ごめんねサチコちゃん、今日の所はお預け。また今度しましょ?」

「は、はぁ...」

「それより早く座りましょ、いい席確保してないと奇跡の瞬間見逃しちゃうわ。」



 サチコは手を引っ張られ、岩の先に移動。他の鬣犬メンバーが座っていた空きスペースに座り、サチコの隣は当然ヘレナ、そしてその横にはノムを拘束した女性が座っていた。ノムの拘束は未だに続いており、彼女の胸元では爆発寸前の爆弾状態のように顔を真っ赤にしている。



 サチコは隣に座ったヘレナからまた色々言われたりするのかと思われたが、ヘレナは平地の方に目が釘付け。逆に隣にいる女性とボソボソ話していてサチコの方は気にもしなかった。



 何が起こるのかさっぱりだった頃、平地へ一人の男性メンバーが現れ、その男が前に出ると周りの鬣犬メンバー全員盛り上がっていた。



「これからステア姉さんとの約束、鬣犬恒例のやつやってくぞ!!上手くいけばステア姉さんが鬣犬に帰ってくる!!お前ら、その奇跡の瞬間を見届ける準備出来てるよなぁ!!?」



 平地の男性がそう声を上げると、会場は更に大盛り上がり。その盛り上がりだけで地震が起きてしまうんじゃないかと錯覚する程の規模だが、サチコはそれどころじゃなく冷や汗が吹き出た。

 あまりにも突然でびっくりしたので、少し苦手意識があったヘレナにすら声をかけれた。



「あ、あの!ステアさんが鬣犬に帰るってどういう事ですか!!?」

「ん?あぁ、そうだったわね。サチコちゃんは何も知らなかったんだよね。

 ステア姉さんは私ら鬣犬の手を借りる為に鬣犬恒例の勝負をする事を約束したの。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く、私らが求めるのは復国軍へ移った姉さんをこっちに引き戻すことさ。」

「そ、そんな....」



 ――ステアさん、私達を助けるためにそんな約束を...ステアさん、勝ちますよね? 勝ってくれますよね? 負けちゃったら私....



 サチコは不安と罪悪感で潰れそうになる。ステアにここまで迷惑をかけた自分が情けなく、ステアを信じたいが負けた時のことばかり考えてしまう。



「あの、それに対してステアさんは何を求めてるんですか?あと、勝負って一体...」

「さあね、だけどステア姉さんのことだからお酒とかそんなものだと思うよ。それに勝負のことは....すぐに分かるよ。」



 ヘレナは平地から目を離さず、ニヤッと笑うのと同時に、平地にいた男性が声を上げた。



「まず最初に来るのはやっぱりこの人!!鬣犬を伝説的な存在まで上り詰めさせ、我らが絶大な信頼を置く偉大な姉さん!!ステア姉さんの登場だ!!」



 男性が手をかざして大声を放つと、右側の岩場からステアが平地に飛び入り、大きく拳を振り上げる。すると、会場は更に熱をともして盛り上がる。


 

「次にこの方!今まで、そしてこれからも我らを支え引き連れてくれた!我らの頼りであり憧れである姉さん!!メメ姉さんの登場だ!!」



 ステアの時同様、手をかざすと左側の方からメメが飛び入ってきた。大盛り上がりの歓声の中、二人は距離を詰め、息の音が聞こえるくらいの距離で立ち止まった。


 ここまで来ると察しの悪かったサチコでもこれからする事を、勝負とは何かを理解する。



 ――そ、そんな! ! そんな野蛮で危ないことを!



 両者はグッと振りかぶり、サチコは思わず目を細めた。



「「........じゃんけんポン!!!」」




 まさかのじゃんけん。



「え?」



 そんな声がサチコから漏れる。ステアとメメのじゃんけんの結果はメメが勝った。悔しがるステアに対して、メメは両拳をあげて喜び、会場も盛り上がっていく。

 そんな中、サチコはホッと胸をなでおろしていた。



 ――よ、良かった〜。何か試合みたいなことする感じだと思ってた...思ったより平和的で本当良かった...

 ん? でもこれってステアさんの負け? え!? ステアさん鬣犬に戻っちゃうの!!?



 あまりにも平和的すぎてステアが負けたという事実が薄れ、ようやく理解したサチコは慌てた。すると、平地にいた男性がまた声を上げた。




「じゃあ先行後攻決まったところで勝負開始する!!今回は十カウント勝負だ!」



 ――あ、良かった....先行後攻のジャッジだったんだ。でも...十カウント? 何か....嫌な予感が...



 そんな不安がるサチコの横では、ヘレナとその隣の女性が細い目をして平地を見てブツブツ会話していた。



「どう思う〜?ヘレナ〜?」



「ん〜...六・四でメメ姉さん不利かな?前よりステア姉さん、肉付いてるよ。でも、メメ姉さんの根性凄いから、そんなのいつでもひっくり返せるだろうし、分からないな〜。そして前の二十カウントよりかは早いのは確かだけど、今回も早勝負って訳には行かないね。」



 そんな会話を聞いたサチコは更に不安、大丈夫かと平地の方へと目線を向けた。

 ステアとメメは少し距離を離した。メメが拳をポキポキと鳴らしているのに対し、ステアは腕組みをして堂々と立っていた。



「....前のようにはいきまへんよ姉さん。今回こそは絶対鬣犬に戻ってきてもらいますんで。」

「そう上手くいくかなメメ?私だって強くなったし、時間が惜しい。早く始めちゃおう。」



 メメはフッと笑いを零すと、腰を限界まで捻る。限界点まで達すると少しタメを作り、戻した反動を使ってステアの顔に右拳を振り抜いた。


 バチンッといい音が響き、ステアは鼻血を出しながらフラフラと少し後退する。


 それだけで会場は更に盛り上がり、皆が揃ってカウントを数える。



「「「「「「一!二!!三!!!」」」」」」



ビリビリと伝わる大歓声。全身に鬣犬達の声を感じながら、ステアは鼻血を拭いて笑ってみせた。



「フフ...いいパンチじゃんメメ。だけど、私倒すのにはまだまだだね!!」



 ステアはそう言うと、メメの腹をつま先で蹴り抜いた。耐えられない痛みを吐き出すかのように口を開け、後退りするがメメは何とか堪える。

 攻撃がヒットしてから訪れるカウントの歓声、その会場の熱に当てられ、メメは笑いを零した。



「この前魔獣とタイマン張った時よりダメージ少ないわ姉さん。衰えたんとちゃうんすか?」



 そう言い放ち、メメは再びステアに攻撃を仕掛ける。

 平和的に解決かと思いきや、思った以上に野蛮な勝負にサチコは呆気に取られていた。そんなサチコを見てヘレナは鼻で笑って語ってくれた。



「鬣犬恒例"根性勝負"!魔法は禁じ手の身体と身体、心と心の意地のぶつかり合い!防御も一切しない、人と人との勝負。攻撃ヒットして十カウントしてもされた側が攻撃出来なかったら、相手にまた攻撃の権限が与えられる。

 決着は三回連続攻撃した方の勝ちってわけ。どう、サチコちゃん?これ程面白くて盛り上がる勝負なんてないよ!!?」



 サチコはヘレナの説明は耳にしていたがそれどころでは無い。目の前で起こる野蛮すぎる勝負の中だと言うのに会場は盛り上がり、当本人達も笑いながら殴りあっている。

 ここでサチコはある疑問を確信へと変えた。



 ――ステアさんに前から感じていた違和感、その正体が分かった!

 ステアさんは....現代で言う元ヤンだ!!



 現代で最も苦手としていた人種がピタリと当てはまり、周りの優しい鬣犬メンバーも不良に見えてきてしまい、サチコはそんな野蛮な勝負を震えながら見届けるしかできなかった。


 二十分後にようやく決着。ボロボロになりながら嬉しそうにステアは両拳を天に振り上げたのだった。



 それから暫くの間、サチコはステアと会話をする時に、何もしてないのに「ごめんなさい」「すいませんでした」と視線を逸らして謝る癖がついてしまった。

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