ありがとう
「そっか...ところで、マラは最後に"ありがとう"って言ってたんだよね?その意味、サチコは分かる?」
サチコはそう聞かれてマラの最後を思い返す。あの笑顔、あの言葉は思い返せるがその意味がサチコは察せずにいた。そんな情けない自分に顔を一層暗くしているサチコを見て、ステアは話し続けた。
「私が思うに、マラはサチコが大事な二つの物を守ってくれたからありがとうって言ったんだと思う。」
その言葉の意味がサチコにはよく分からず、遠く先を見ているステアを目を丸めて見ていた。
「一つはノムの命。サチコがグリムを殺さなかったら、間違いなくノムは死んでいた。あいつは生粋のクズ、停戦なんて有り得ない。もし、サチコが手を緩めたりしたらヤツは握手しながら刃物で切り付ける。
サチコの確固たる意志と行動で守ったんだ。」
「....もう一つは...いったい....」
そう聞くとステアはサチコに目線を向ける。優しそうに目元は緩み、綺麗な目でサチコは見つめられた。
「マラの心だよ。」
「...マラさんの?」
「マラはノムが襲われてるのを庇ったんだろ?自分が致命傷を受けた代わりにノムは生きれたけど、もしサチコが負けてノムが殺されたなら、マラは無駄死にだ。
だけど、サチコは勝ってノムは生き残れた。マラの決死の行動は無駄なんかじゃない、自分の大切な者を守れた勇敢な行動になったんだ。
ノムを守った、そしてマラに悔いを残さなかったから、ありがとうって言ったんだと私は思うよ。」
ステアの言葉はサチコの胸奥底まで吸収される。マラの笑顔と言葉の意味をようやく理解出来たサチコは、自然とポロポロと涙を零していた。
「サチコ。屑だろうが聖人だろうが殺しは殺し、それを犯した人間の道は限られてる。その上私らは復国軍、そんな死地に飛び込んで多くの人を傷付け、時には殺さないといけない場合もあると思う。
だけど、私らは殺人鬼じゃない、人を救う為に戦う復国軍。そんな私らに出来ることは最良の選択を選び続けることだ。」
ステアはサチコの頭をポンッと叩いて優しく撫でて話し続ける。
「被害を最小限に抑え、大切な者を守る。難しい事だけど、それを目指して今後も行動して欲しい。
人を殺し続けると、道を外す奴もいる。そんな道にサチコは決して踏み込んで欲しくない。だから、その気持ち悪さを噛み締めな、絶対忘れないように心に刻め。
そして胸を張っていい。私は....サチコが取った行動は最良だったと思うよ。」
サチコの涙は大粒へと変化し、自然と嗚咽も漏れ出す。心の中に巣食っていた悲しみと後悔が一気に外へ出ていき、サチコはしゃがみこんで泣き叫ぶ。
悲しみに暮れる中でもステアは黙ってサチコの頭を撫でてくれる。"思いっきり泣きな"と言っているような気がしてサチコの涙は止まらない。
――ごめんなさい...ごめんなさいマラさん....私、もっと強くなります。強くなってマラさんのような人を救けれるようになってみせます。だから、どうか見届けて下さい!
サチコは泣きながらも、心の中で強く誓ったのだった。
サチコ達が裏奴隷施設から離れて少しした時、施設、第四層の一室から一人の黒ローブが出てきた。
そろりと顔だけ出して周りをキョロキョロする。
廊下内は死臭と焦げた臭いで充満しており、鼻をつまみながらも耳を済ませる。
自分の呼吸音が大きく聞こえるほど廊下内は無音で包まれ、黒ローブは全身から力を抜かして座り込んだ。
「た、助かった〜...もう居ないよなアイツら。あれが、鬣犬か...ちくしょう!こんな事になるんだったら黒爪何かに入るんじゃなかった!危うく殺されるところだった。」
頭を抱えて目を瞑ると、自分の目の前で起きた目を背けたい光景が浮かんでくる。
鬣犬の戦力と勢いにすぐ戦意喪失してしまったその黒ローブは誰にも気付かれないよう、この一室へ逃げ込んだ。
そしてドアからうっすら見える光景は仲間が鬣犬に無惨にも殺されるところだった。先頭のステアが黒ローブを薙ぎ倒して気絶している黒ローブ達を、鬣犬は目を盗んで片っ端から頭や首を中心に切ったり潰したりしていた。
血に飢えた獣、正に鬣犬。逃げなかったら自分もこうなっていたんだとその黒ローブは身震いし、ずっと息を潜めていた。
鬣犬が居なくなった今、自分の身の安全と生を実感し、黒ローブは大きくため息を吐いた。
「ともかく、助かった〜。これからどうしよ....施設こんなんだし、俺がこのまま身を隠しても気づかれないよな?取り敢えず早くここ出て、それっから考えるか...」
今にも腰が抜けそうな力が入らない下半身に鞭を打ち、壁を頼りに出口を目指す黒ローブ。一歩一歩進んでも響くのは自分の足音だけ、本当に全滅してしまったと思うと同時に身の安全を強く実感する。
まだ早いと分かっていても、黒ローブは外へ出て自分がこれから何をするのか少し思い描いた。
「とりあえず、どっか目立たない村やら街に行くか...そこで誰でもいいから脅して家に居候って感じがベストか....女をターゲットにするか。弱いし、色々便利だし。
あの女...サチコとか言ったっけか?もうここにはいないか死んでるかだよな?行った先に居ないかな?ココ最近でピカイチだったし....また犯りて〜な〜。」
黒ローブは気絶したサチコを犯した事を思い返し、ムラっとする。そして自分が逃げ込んだ街で見かけ、そしてまた犯す事を妄想し、早くも危機感を無くしていた。
すると、目の前の一室の扉が勢い良く開いた。その事に黒ローブは全身から冷や汗をかいて鳥肌がブワッと立った。
仲間ならまだいい。が、鬣犬だったら死亡は確定。
そんな運命の時を、黒ローブは息をするのも苦しくなる。
が、その一室から出てくる人間の姿を見て黒ローブは安堵する。全身を包んでいた緊張感が一気に解かれた。
「び、ビックリした〜。ご無事だったんですね......
ゲルガム様。」
一室から出たゲルガムは黒ローブの声に反応して目を向ける。見るからに無傷で自分と同じように隠れていたのだと黒ローブは確信する。
「おぉ、お前さんも無事だったか。しかし、これは凄いな。相当な被害なんじゃねぇのか?」
「えぇ、まだどんな感じか分かりませんが、恐らく全滅かと....でもご安心ください、ここを襲ってきた賊も帰ったようですので。」
「そうかそうか、まぁそんなのはどうでもいいが...取り敢えずお前はどうなんだ?ここ潰れて居所ねぇだろ?グリムの奴も生きてるかどうかわからん今、お前は道を失った迷い人みたいなもんだ。違うか?」
ゲルガムはヘラヘラ笑いながら黒ローブに肩をかけた。まるで友達かのようなスキンシップ、当然この黒ローブとそんな仲なはずもなく、話したことすらないので黒ローブは訳もわからず戸惑っていた。
「え、えぇ....まぁそんな感じですかね...」
「やっぱそうか〜...よし!生き残った同士の仲だ!俺の家に招待してやる、しばらくそこでゆっくりしとくといいさ。」
いきなりの誘いをされ黒ローブは更に戸惑い、拷問魔と名高い人間の家に行くのは嫌な予感しかしなかった。
「あ、それはちょっと....」
「いいんだよ、俺の好意でやってる事なんだから金銭面は気にすんな。案外綺麗にしてるし、飯も用意してやる。グリムが生きてんの分かったらそっち行ってもいいし、それまでの間って話だ。な?」
「い、いいえ!本当にお構いなく....」
ゲルガムはお得意様というのもあり、黒ローブは丁寧に断ろうとし、決して折れないと決心する。自分の誘いを断る黒ローブを固まった笑顔で見続けているとその次の瞬間、ゲルガムは黒ローブの首をガッと掴んで壁に押し当てた。
一気に酸素は外へ放出され、黒ローブの頭の中は苦痛に満ちた。べろを出して苦しそうに暴れる黒ローブにゲルガムは笑顔で顔を近づけた。
「今回俺が買った奴隷が居なくなっちまったから、消化不良なんだよ。遊び相手いないと暇で暇でしょうがねぇんだ。お前が相手をしてくれよ、な?」
そう言ってゲルガムは更に首を絞める。黒ローブは飛びそうな意識の中で必死にゲルガムの手を離そうとするが、その手はまるで地に根を張った大木のように動かない。
――な、なんだこれ!こんなの....人間の握力じゃ...な.......い.............
黒ローブは完全に白目を向いて気絶する。それを確認したゲルガムはニヤッと笑って首から手を離し、片手で彼の腰を持って運んだ。
ゲルガムは新しい遊び相手を見つけて気分が良くなっていたが、ふとステアのことを思い返し苛立つ。
その苛立ちをぶつけるかのように、ゲルガムは壁を思いっきり殴る。
凄まじい重音が鳴り響き、殴った中心から大きな亀裂が数メートル先まで伸びる。地面がその衝撃に耐えられないのかグラグラと施設内も少し揺れ、ゲルガムの心が少し落ち着いた。
「ふぅ〜...人獣・ステア、今度会った時は捻り潰して、生きてることで得られる痛みという痛みをくれてやる。
.......ま、住む国が違うから遠出する事になる。遠出の指示があればの話か...いや〜、人の命令で動く人生は辛いや。」
ゲルガムはため息を吐きながら、暗い廊下を歩いて行ったのだった。




