気持ちが悪い
それからしばらくして、二人の元にはステアが合流した鬣犬がやってきた。サチコの魔力を感じたすぐ後にステアが乱戦に参加し、大急ぎで黒爪を倒して向かったのだった。
鬣犬達は生きているサチコとノムを見ると笑顔になるが、その傍に倒れているマラと少し離れてグローズリーを見つけ、場の雰囲気は重くなった。
メメは姉を強く掴んで離そうとしないノムを無理矢理引き離し、ステアは呆然としているサチコを優しくその場から離れさせた。
ここで起きたことをステアに聞かれ、サチコは心做しに話している間に、二人の死体は布でぐるぐる巻きにしてリザドランナーに乗せられる。
一通り状況が把握でき、少し休むと鬣犬達とサチコ達はエルブレト街へ移動した。
綺麗な夕日が沈み、綺麗な星空を輝かせている夜景に変わった頃に鬣犬達はエルブレト街へ到着。その隅にある墓地までそのまま行くと、マラの死体を下ろし、既に埋葬されている祖母・父母の横に埋めた。
流石に時間が結構経っていたので、ノムは泣き止んで手を合わせていた。たが、悲しみが無くなった訳ではなく、彼の目にはうっすら涙を浮かべていた。
荒らされたままの家に入り、ステアとサチコは部屋で各々の荷物を手に取り、外へ出る。
ここで鬣犬とはお別れ、サチコ達二人は自分の足でギルドへ帰る。
「よし、じゃあ行こっかサチコ。」
そう声をかけてもサチコは言葉ではなく頷いて答えた。エルブレト街へ向かう道中でもサチコは一言も発さず、ずっとうつむいたままでステアはサチコの心情を察していた為何も言わなかった。
出発しようとすると、ステアは誰かに服を掴まれているのに気がつき振り向くと、涙目のノムがいた。
「...どうした、ノム?」
「ステア、お願い。俺も連れてってよ。俺、強くなりたい!姉ちゃんみたいな人を守れる力が欲しいんだ!雑用係でもなんでもいいから、お願いだよ。」
その申し出にステアは思わず了承しようとしてしまうが口を塞ぎ、静かに首を横へと振った。
「な、なんでだよ!?俺が子供だからか!?弱いから!?これからもっとデカくなるし、強くなるはずだよ!絶対に邪魔にならないって約束するから!!」
必死にノムは懇願するが、ステアはその願いに応えることは無かった。その理由は聞いていた鬣犬だけでなくサチコも言わずとも理解する。
普通のギルドならステアは間違いなく引き入れる。が、ステアが在籍しているのは普通のギルドではない、復国軍だ。危険と死と隣り合わせの環境下にノムという少年を巻き込む訳にはいかなかった。
いつまでも何とも言わないステアにノムも諦めたのか、涙を堪えて俯く。そこでようやくステアは口を開いた。
「私達のギルドにノムを入れられない。理由は答えられないけど、とっても危険なんだ。未熟なノムじゃ入れることなんて出来ない。」
「未熟だったらサチコもだろ!?サチコは新人で、魔獣狩りだって腕試しだって」
「サチコの魔法見たんだろ?技術云々言わせない魔法があるし、そもそも私らがスカウトしたみたいなもんだ。今のノムをこっちが迎え入れるメリットがない。」
ノムは反論出来ず再び俯く。自分自身、特別な強さがないのは重々承知であり、自分の将来に自信がないのもある。
顔を暗くしているノムに、ステアは少し顔を明るくして肩を叩いた。
「ノムはまだ実力不足だ。だから、鬣犬で経験積んで、大きくなって強くなったら私を納得させに来な。」
その言葉にノムはバッと顔を上げ、信じられないといった顔で笑うステアを見つめる。
そんな驚いているノムにステアは頭を撫でた。
「ってことで、メメ。ノムを鬣犬に入れてやってよ。別に拒む理由なんか無いでしょ?」
「姉さんが言わんくてもそうするつもりでしたよ。流石にほっとけんし、黒爪の幹部に刃を向けられる根性は結構気に入っとるからね。」
どこか他に宛もないノムにとって願ってもない展開だが、無理だと思ってた故に目を丸くしている。
そんなノムの目の前にステアは拳を置いた。
「いいな、やるからには絶対に強くなりなよ?私を驚かせて見せな。」
ステアの温かさにノムは目頭が熱くなる。目から涙が零れそうなのを必死にこらえ、逆に精一杯の笑顔でステアの拳に自分の拳を重ねる。
「....分かった。ステアが泣いてお願いするくらい強くなってみせるよ。」
「フッ、言ったからには守りなよ〜?まぁ、期待して待ってるよ。」
そんな約束のような別れの挨拶を交し、ステアとノムはエルブレト街を出た。鬣犬とノムがいなくなって場が少し寂しさを感じ、サチコはふと振り返りエルブレト街を眺めてここへ来た時のことを思い返す。
初めての仕事で希望に満ちていた自分だったが、予測もしていない事態に巻き込まれ不幸に陥り、後悔ばかり考えてしまう。
――もし、ここが日本だったら"こんな事は滅多に起きないから次は頑張ろう"って思えた。だけどここは日本じゃない、異世界。差別が当たり前でしかも戦争中の世界では今日のことは普通、日常にも思える。色んな人が攫われて殺されて悲しむ日常、そんな日常に私は耐えきれるかな?
いつの間にか立ち止まっていたサチコに気が付いたステアは何も言わずサチコの隣に立ち、夜のエルブレト街をボーッと見つめる。
それにサチコも気が付き、ゆっくりと口を開いた。
「ステアさん、今日の事があって裏奴隷は無くなります?私達のしたことって影響あります?」
「さぁね、黒爪の事情は知らないから正確には分からないけど、多分そんなかな。裏奴隷は居なくならないし、売買してる施設は他にもあるだろう。まぁ今回は運良く幹部と当たったから、動きはしばらく鈍くなるんじゃないかな?」
「そうですか...あれだけやって、たったその程度なんですね。人を殺しても...殆ど....」
サチコは両手を広げて自分の掌をジッと見つめる。するとグリムの事を鮮明に思い返す。自分の手で悲惨な目に遭わせて命を絶ったあの時の事を。
「...後悔してるの?あのクズ殺したのを。」
「よく分かりません....ただ、気持ち悪くて。
あの人は許せなかったし、凄く憎んでた。殺してしまう以外の方法が全く見つかりませんでした。
なのに....人を殺してしまったって思うと心に気持ち悪い何かが溜まるんです。」
サチコは自分の胸を掴んで押し込めた。気持ち悪い何かを消し去りたいのに、それは逆に膨張しているように感じてしまう。
「...それと同時に、あの人を殺してしまった時は心が晴れて凄い気持ち良かったんです。まるで天に昇るかのような感覚になった。
そんな自分が嫌で、とても怖いんです。今後、私はどうなるか、全く先が見えない....」
苦しそうにするサチコを見て、ステアはポケットから煙草を取り出して一服する。冷たい夜風に吹かれる煙を見つつ、話しかけた。




