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vsグリム④

 体調が異常に悪くなり、身体には黒い線が徐々に血管のように浮き出る。それはまるで黒く細い手、複数の血管のような黒い手がグリムの全身を掴んで縛っていく。



「な、何なの...これ....!」



 そんな驚愕しているグリムに対してサチコは真顔だった。自分の左肩に刺さっている釘を身体で引き抜く時には少し顔は歪んだがすぐに感情のないロボットへと化した。

 そんな冷たい眼差しを向けている中、サチコは動けないグリムへとゆっくりと手を伸ばし、右肩に爪を食い込ませる。



「グッ!...っ....」



 痛みに顔を歪めるグリムだが、サチコは容赦なく掴んでいる右肩に力と想いをぶつける。刻み込むように押し付けた手をサチコが離すと、一歩距離を開けてジーッとグリムの足元へと目線を移す。


 訳も分からないグリムは目だけ自分の足元へと目線を向けると、地面からは小さい虫がウジャウジャ沸き起こり、その全てがグリムの足へと群がった。


 グリムは小さく悲鳴をあげて身体を動かそうとするが、全くビクともしない。そんなグリムにサチコは冷たく言い放った。



「他の人はどうかは知りませんが、私は男性に乱暴された時は嫌悪感が全身を駆け巡ったんです。電流のように伝わるけどそのスピードはジワジワと遅く、まるで虫の大群が全身に群がってるように...

 人の幸せを踏みにじり、非情に、そして簡単に人を残酷な目に合わせてる貴方は.......人の痛みと苦しみを受けて死んでしまえばいい。」



 身も心も凍りつく死刑宣告、それが死刑執行の合図かのように虫達は足から登ってくる。服の上からだけでなく中からも侵入し、虫の小さい足や触覚が肌に触れて嫌悪感が電流の如く全身に流れ、その跡を残すかのようにプツプツと鳥肌が立ってくる。



「嫌っ!き、気持ち悪い!!サチコちゃん!ねぇ許して!?もう悪いことなんかしないからこの虫達どうにかして!!」



 必死なグリムの懇願を受けてもサチコは黙ったまま、グリムがこれから味わう地獄を見届けることにしか意識がいかない。

 うんともすんとも言わないサチコの態度に自分がこれからどうなるか、嫌々ながらもグリムが察したのと同時に両足首辺りに痛みが走る。


 虫がグリムの足首へと噛み付いていたのだ。ギリギリと切りにくい皮を必死に噛み切ろうとし、その中の肉を食いつくそうとしている。

 それに続くかのように、地面からどんどん虫が湧き出てきて次々にグリムの身体を昇っていき、空いている所に噛み付く。


 気が付くとグリムの下半身は虫でびっしり、見るのも気持ち悪いがグリムにはそんな余裕はなく、下半身の痛みで頭はいっぱい。

 次第に上半身まで虫達は昇り、噛みつき、グリムを侵食し、遂には肩まで虫達は昇ってきていた。



「いだぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!痛い痛いぃぃぃぃ!!サチコちゃん!!!お願いだから許して!!!!

 お金!!お金いっぱいあげるから!!だから助けてぇぇぇぇぇ!!」



 全身を包み込む激痛、虫と虫の間から血が噴水の如く漏れだし、ほぼ全身の皮は突き破っている。

 だが、死なない。命が消えるような致命傷にはなっていない。徐々に命の外側から削り続ける正に生き地獄にグリムの心はプライドもクソもない。


 そんな必死の懇願にサチコは小さく閉ざした口を開いた。



「命乞いって自分の命を対価に相手が望むものを与えるんですよね?私がお金が欲しいって顔に書いてます?本気でそう思ってるなら、貴方はそんな人間ってことです。

 常に金勘定、貴方ってお金でどうこうなると勘違いしてる可哀想な人なんですね。」



 凍るような冷たい目は目の前の人間を憐れむような目へと変化する。グリムは歪む視界でそれを捉えると、身体を襲う痛みを超越する心の激痛を感じる。

 ただの裏奴隷、自分にとって金にしかならない珍しいだけの小娘に見下され、黒爪(ブラッククロー)の幹部まで上り詰めた誇りはズタズタに引き裂かれる。



「ふざけないで....ふざけるなぁぁ!!!あんたみたいな小娘に俺の何が分かるって」



 血反吐を吐き散らしながら暴言を言うグリムの口に虫がこれでもかと侵入する。体内に入り込み、己の身体を消化液で満たそうともグリムの身体を食い破ることに専念する。


 グリムは白目へと変わり、穴という穴から流血、そしてその顔は虫に埋め尽くされる。次第にグラグラとグリムの身体は揺れ、次第に仰向けに倒れる。

 死体と化ても尚、虫達はグリムの身体を食い続けていたのだった。



「...知りたくもありませんよ貴方の事なんて。貴方の事を知って一体どこの誰が得をし、感動するっていうんですか?」



 サチコは虫が群がるグリムを見てポソりと呟くと、群がっていた虫が次々にグリムから離れていく。

 虫が散った後には肉片が微かにこびり付いている白骨死体、グリムの死を実感すると共にサチコの内から黒い感情がスーッと取り除かれ、身体共に楽になる。


 すると、今までグリムに対する意識は周りを気にし始め、次第にノムの泣き叫ぶ声が耳に入る。

 ボーッとしていたサチコはすぐにハッとし、ノムの元へと行こうとすると、グリムの釘が刺さっていた足が今更痛みだし、足を引きずりながら向かった。


 ノムはまだ辛うじて残されているマラの意識を失わせまいと必死に揺さぶっていた。



「姉ちゃん!!頑張れ姉ちゃん!!

 っ、サチコ!姉ちゃんを助けてくれよ!!」



 ノムの顔は涙と鼻水でクシャクシャになっており、その願いに応えてサチコはマラの隣に座り両手をかかげて残された魔力をかき集める。が、サチコには不安しか無かった。



 ――魔力がほとんど無い!それに、私が使える回復魔法は段階二・回復(レベル二・ヒール)だけ。段階二(レベル二)の魔法でこの傷を治せるの?

 ...ステアさんが使ってた段階四(レベル四)なら何とかなったかも知れないけど....




 嫌な予感を感じつつ、サチコは回復魔法をかける。何とか治そうと必死に魔力を放出するが、魔法自体弱い上にサチコの魔力は残りカス。その大半はグリムに対してぶつけていた。


 これこそ、ロアの言っていたデメリット。

 グリムを倒すのに、サチコは必要以上に魔力を使った。憎き相手を苦しめたい、殺したいという欲求が全てで、マラを治すという後のことなど考えることすら出来なかった。


 デメリットを軽んじ、言葉で理解しただけで心に刻み込ませていたなかった自分の無能さにサチコは後悔する。


 マラの傷口は徐々に治っていくのは目に見えて分かるが、それは本当に些細なもの。業火と化した山火事に一つのバケツの水で消火しているようなもので、火が山を燃やし尽くすスピードの方が早い。


 手を尽くしているサチコは勿論、傍観しているノムにもそれは伝わる。嫌な予感が脳内を巡り、早くもノムは悲痛を感じる。



「嫌だ....嫌だァ!!俺を独りにしないでよ姉ちゃん!!姉ちゃん居なくなったら俺どうすればいいんだよ!!」



 そんなノムの叫びにマラは弱々しくも微笑んで応える。プルプルと震える手を上げ、ノムの顔に優しく触れた。



「これ...からは.......自分....の...為に生き....て...。

 後悔....が無い...人....生を........お姉ちゃんは....空で....見てる.......から....。」



 今まで聞いたことの無い姉の弱々しく小さい声、だがノムにはこれ以上なく心に伝わる言葉だった。更に大粒の涙を零し、自分の顔に触れている大好きな姉の手を強く握る。


 そんなノムを見て、マラは安心そうにしているとサチコの方へと目線を移した。



「サチ...コ....さん........。」



 そんな聞きそびれてしまうような小さい声にサチコはすぐに反応する。改めて見ると酷いマラの状況、その姿を見て後悔に心が黒く染るサチコに対して、マラの表情はとても清らかだった。



「あり...が....と.......ぅ.....................。」



 ポソりと呟くように言った感謝の言葉、それにマラの想いが篭っていたのは勿論、魂まで篭っていたのか、その言葉を最後にマラから力が消える。


 握られているノムの両手をするりと抜けて地面に落ち、マラの瞼はゆっくりと閉ざされる。息をしていた僅かな鼻の動きや唇も微動だにしない、マラは気を失うかのように息を引き取った。



 まるで寝ているかのように亡くなった姉を見て、ノムは一瞬固まり、優しく姉は揺さぶった。表情も何も変えない姉に今度は一度だけ名を呼んだ。返事はない。


 姉が死んだ、その事実をノムはゆっくりと実感し、その小さい身体で耐えることが出来ない悲しみは涙や声と化した。




「うわぁぁぁぁああああ!!!姉ちゃん!!姉ちゃん!!!!」



 荒野に轟くノムの泣き叫ぶ声は、そこに吹く風を心做しか冷たくさせ、サチコの心をも凍らせて傷付ける。

 ズキズキと痛む胸を抑え、サチコは涙を静かに流しながら死んだマラに向かってポソりと呟く。




「.......ごめんなさい。」


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