無力
完全に刃はステアに当たり、振り切った事でボルドは勝利を確信した。顔を上げて、ステアの血を浴びる備えをしようとするが、そこで彼の笑は固まった。
ステアは相変わらず無傷、ジーッとヘラヘラ笑っているボルドを哀れみの目で見つめていた。ボルドの笑みは消え、冷や汗がぶわっと沸いた。
――な、なんで!?何で生きてる!?
当たってなかった?んなばかな!俺の刃は完全に当たったはず!ステアの足の裏辺りまで刃は伸びていたんだぞ!?
動揺で固まっている隙にステアは左足でボルドの右腕の魔兵器を思いっきり蹴った。魔兵器とボルドの右腕は蹴りに耐えられず逆方向へ曲がり、魔兵器から炎が消えた。
腕を折られた激痛で絶叫するボルド。そして右腕に意識が向かっている間、ステアは右足を振り上げると、今度はボルドの左腕を思いっきり踏みつける。
腕と共に魔兵器も潰れ、右腕同様炎が消し去る。
重なり訪れる激痛に絶叫しているボルドを見下しながらステアは呟くように言い放つ。
「ビビるわけないでしょ?そんなお粗末な物で。」
「グガァァァァァ!!な、何しやがった!!?どうやって避けやがった畜生!!」
「あんた、自分が使ってて気が付かないの?いくら魔法で形態維持したって炎は炎。切ってるんじゃなくて溶かしてるのに近いんだよ。あんた本当の刀みたく振り回すから、一瞬でもあんたの炎で溶けない強度を持ってればなんてことないの。
まぁ、じっくり当てたり突き攻撃なら私も流石にずっとは耐えられないって事は認めてあげるよ。」
ステアはそう言うと、ボルドの頭を右手で掴んで持ち上げる。かなりの握力が加えられており、ボルドの穴という穴から血が吹きでていた。
「がっ!ガガガガっ!!お、お前ら!!何やってる!!は、早くこの獣を殺せぇぇぇ!!」
その呼び掛けに後ろで待機している黒ローブ達は応えなかった。目の前の惨状にただただ恐れを為していた。
ステアはボルドから目線を移し、黒ローブ達を凝視しながらボルドの口に手を入れて下の歯茎を掴むと、顎ごと思いっきり引きちぎる。
舌が顕になり、赤黒い血が滝のように流れるその口に返すかのように、顎を握った拳で喉元ごとそのまま壁に殴り付ける。
彼女の手から開放されたボルドは白目を向いたまま顔を俯き、ズルズルと壁に背を預けながら横へ倒れ、自分の部下達に死に顔を見せたのだった。
自分達の上司であり実力的にも決して敵わない存在が手も足も出せず、残酷にも殺されてしまう。
"まだボルドがいるから"、そんな頼みの綱も無くなってしまった彼らは、逃げなければ訪れる確実な死を脳裏に浮かばせる。
「....私らはクズが嫌いだ。立場が弱くとも善人を食い漁る神経が気に食わない。今後、悪行を見つけたら全員コイツ以上に酷い殺し方してあげる。
それが嫌、改心すると心に誓う奴らは五秒以内に逃げ出す事ね。一〜」
カウントダウンが始まった瞬間に、黒ローブ達は武器を捨てて全速力でステアに背を向けて逃げ出した。中には腰を抜かし、這いずりながらも逃げる黒ローブもいた。
十数秒後にはステアの視界には死体とボロボロの廊下だけだった。慌ただしかった環境も音も、視界を埋めたあの大人数も消えて静寂が満ちる。
――そんなに怖かったらさっさと逃げて欲しかったな。奴らのやってる事はゲスだけど、この手で葬るのはいつだって気分いいもんじゃないや....鬣犬からだいぶ離れた証拠だな....
血だらけの掌を見つめ、ギュッと握り拳を作る。そしてふと考える、この手で何人もの人生を終わらせたのだと。"自分のした事は間違っていない"、そういくら思っても誇らしく思えることは無かった。
何処にもぶつけられない気持ち悪い何かを感じながら、ステアはサチコ達に追いつく為にその場を走り去ったのだった。
木製の扉を開けると、薄暗かった施設内に夕陽が差し込んでくる。夜を感じさせる優しい光さえもサチコは少しキツく目を閉じてしまうが、どこかその目のキツさが外へ出ることが出来たことの証明に思えて嫌いに思えなかった。
だが、それは目の前に広がる光景を見る前までの間だった。外へ出てから数メートル先には黒爪の集団がサチコ達を待ち受けていた。
――こ、これを全部相手にしないといけないの?パッと見でも五十人くらいいる!こっちは私とノム君、マラさん除いて十五人、三倍以上差がある!
その事実にサチコは冷や汗が湧いて息も荒れるのに対し、鬣犬メンバーは誰しもが顔色変えることなく平然と仲間同士で会話していた。
「ほ〜?一人ごとに三人いけるな。久々のゴミ掃除にしては楽しめそうだな。」
「だな。でも、正直足りねぇよ。五人は欲しかったんだが....まあ四Pで我慢してやるか〜。」
「男って皆そうだよね〜、す〜ぐ下ネタ。本当に飽きないよねあんたらって。」
「あ?何白々しいこと言ってんだヘレナ。俺この前、地面に転がり込むくらい下ネタで笑ってんの見たぞ?」
普通なら人数差でビビる状況でも至って平常の集団、サチコはこの世界ではこれが普通なのかと錯覚するほど驚愕していると、グローズリーが肩を叩きニコッと笑った。
「じゃあサチコちゃん。俺らはさっさと退散するか。」
「え?退散って...」
「そのままの意味だよ。黒爪の奴らは前だけで俺達の背後に兵は置いてないし、ここに待機させていたリザドランナーも無事。アイツらは俺達がどんな集まりなのか、黒爪の事をどう思ってるのか知り尽くしてるらしい。
だけど、今の優先事項はサチコちゃん達の安全確保だ。逃げれる内に逃げれた方がいいだろ?」
そう言われてサチコはメメの方を見ると、メメもそう思っているのかニコッと微笑んで小さく頷いた。
自分の安全は確かに魅力的。だが、それでもサチコは気持ち良く頭を縦に振ってメメ達に全てを任せることは出来なかった。
――もし、この場で私が消えたらこの人達が縛られてる重りが外れる。監視がいないから好き勝手暴れ、そして殺す....だけど、私にそんなの止めれる実力ないし、そもそもこの人数差の状況でそれを気にして倒せるとは思えない。
私が戦い方を学んだのは、こういう状況になっても自分の意思を示して貫く為。無駄な血が流れないようにする力が...まるでないや....
「.......お願いします。」
サチコは自分の無力さを強く実感し、重い口で返事をする。そのサチコの思いが少なからずも伝わっているのか、グローズリーは背を優しくポンポンと叩き、出口の近くにいるリザドランナーの方へ誘導してくれた。
リザドランナーは本来二人乗りが限界だが、女性二人に子供というのもあり、苦しそうにしているが何とか乗れた。グローズリー、マラ、ノム、サチコという順番に座り、座る方もだいぶ窮屈で前の人にしがみつかないといけなかった。
マラもようやく落ち着いてきており、目の前まで来ている自由の為に今ある限りの力でグローズリーへしがみつく。そしてサチコはノムが落ちないように、マラの腰に手を掛けてノムを挟む形で固定。
その間、ノムは女性の香りに包まれ、後頭部にサチコの柔らかい胸が押し付けられ、ずっと心臓がバクバク鼓動していたのであった。
グローズリーはメメの方へ一礼すると、夕陽に向かってリザドランナーは走らせていく。そんな小さくなっていくサチコ達の背を見て、メメは黒爪の方を見る。
それと同時に鬣犬達の雰囲気も変わる。サチコがいたからという理由で少し大袈裟に明るい雰囲気を出していたが、そんなサチコが居なくなった途端、全員殺気立ち、早く殺し合いがしたくて全員ウズウズしていた。




