脱出に向かって
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真後ろから色んな音が聞こえる。破壊音に金属音、人間の阿鼻叫喚も混じった音は小さくも騒がしそうに聞こえてくる。
鬣犬に囲まれながら先へ進んでいるサチコは、チラッと後ろを振り向くが鬣犬メンバー達が被り、後ろで一人戦っているステアを見ることは叶わなかった。
サチコが抱えている小刻みに震えるマラ、初めて会った時の綺麗で可憐な彼女が魔法で治らない心の傷で見違えるほどもろく見える。
今から脱出、トラウマのゲルガムが死んでいるのにも関わらず彼女の目から希望の光はない。訪れるかどうか分からない不幸に怯えていた。
そんな彼女の不安が伝染したのか、サチコも心がドンドン脆くなっていくように感じる。
頼り甲斐のあるステアが離れ、未知な施設、未知の敵戦力、訪れる戦闘に弱気になった。ステアが信頼しているとはいえ、サチコは鬣犬とは初対面。どれ程の実力を持っているか分からないから尚更、全員皆殺しの未来も容易に想像出来てしまう。
そんな中唯一の救いはノムだった。この中で最も未熟で幼い彼は震える姉の服をギュッと握りしめ、力強く前を見ていた。まだ視野が広くなく目の前のことしか見えない子供だが、だからこそこれ程力強く、引っ張られるような眩しい決意が得られるのだとサチコは何処か悟った。
すると鬣犬メンバーの一人がサチコの隣へ近付き、ニコッと笑いかけてくる。見た感じみすぼらしい小汚い男性だった。
「やぁやぁサチコちゃん。突然だけど、俺はグローズリーっていうんだ。これから脱出するまでの間は俺が君ら三人守ってみせるから宜しくね。」
「あ、どうも...」
「まぁ一見頼りなさそうだけど、心配しないで貰えたら有難いな。なんたって俺は鬣犬の中でメメ姉さんの次に強い実力者なんだからな!」
グローズリーは親指を立ててニッと笑い、その陽気さに少し心を救われるサチコだった。だが、周りの鬣犬メンバーはギロッとグローズリーを睨み、走りながらも小石を拾い上げ、グローズリーに投げつけた。
「ふざけんな!何適当言ってんだキモズリー!!」
「そうよそうよ!あんたなんかがメメ姉さんの次に強いはず無いじゃない!!メメ姉さんの次は私よ!!」
「あ!?今誰だ!?ちゃっかりアピールしたアバズレは!?俺がメメ姉さんの次に強えんだ!ここで全員叩き潰してもいいんだぜ!?」
鬣犬メンバーは走りながらもお互い小石を投げあった。移動しながらの乱闘のようなこの状況、脱出したいのかしたくないのかよく分からなく、サチコはひたすら小石がマラとノムに当たらないように身を少し屈めるしか出来なかった。
「あんたらうるさい!!そんなの後でしな!!」
前からメメが怒鳴り声をあげると鬣犬メンバーはピタリと言い合いが無くなった。そのあまりにも速い切り替えにサチコは更に混乱し、何も考えないようにした。
「....まぁ、とりあえず君らの事は俺が守るから。もし敵が現れたら俺の背後に付いてな?」
「へ?あ、はい...分かりました。お願いします....」
「よろしく頼むよ?黒爪の連中もどんなヤツら、どんな罠仕掛けてくるか予想つかないから、ボーッとしてたら命に関わるしね。」
――黒爪?ここの黒ローブのことかな....
「あ、あの...黒爪って一体....どんな人達なんですか?」
「ん?あぁそうだったね。聞いたよ。君って酒飲み過ぎて崖から落っこちて頭ぶつけて記憶喪失、自分が新天地出身って勘違いしてから間もないんだもんね。」
――これ多分ステアさんの仕業だよね?....配慮してくれてるとは思うんだけど、適当にしてはあまりにも...
「黒爪ってのは裏組織。言っちゃえば復国軍と似て非なる組織だよ。復国軍が皆のために動くのに対して、奴らは自分らが楽に大金を得る為に動く。その結果がこれ、裏奴隷商売。まぁこれも一部、奴らは手広くやってて城外で起こる失踪や殺人、薬やら強盗は八割りはコイツらがやってるのさ。」
現代で言う所のアウトロー集団、そんな存在があり、自分がその犠牲者になっていたと考えるとブルっとサチコは震える。分かりきっていたが、もし鬣犬とステアが助けに来なかったら、現代の作品で見たことあるアウトロー被害者のようになっていた。
「そんな犯罪組織....国は何とかしようってそういうのは...」
「基本ないね。所詮上級国民以上も自分らさえよければ何でもいいって性根腐ってる連中ばっかだからな。この裏奴隷だけじゃなく、薬とかその他諸々上級国民以上の奴らが利用してるし、国が総力あげて黒爪を潰す動きはしないだろう。」
――やっぱりそうなんだ....なんでそんなことが出来るんだろ...自分が立場が上で危害を受けなければいい、被害にあってる人達を助けれるけど敢えてしない、そんな酷いことを....
「黒爪のメンバーは基本下級国民だ。だけど、大半はゴリアム皇国で金作れずの奴らが多いからイザゼル帝国の民みたいな弱い奴らって言うわけじゃない、油断は出来ないよ。でも、こっちにはメメ姉さんだけじゃない、ステア姉さんまでいる。ほぼ勝ち確みたいなもんだよ。」
そう言われサチコは魔獣狩りのステアを思い出した。自分だけじゃとても手も足も出なかった怪物を一発で倒してのけたあの力を。思い出すとたくましく感じる反面、ステアを怒らしたことを思い出し、変な汗が吹きでる。
「そ、そうですね....その、ステアさんとは長いんですか?」
「まぁね。復国軍へ入ってからは度々って感じだけど、その前までは俺達鬣犬を率いてくれてたんだ。あの時はマジで誰にも負ける気しなかった。それくらいステア姉さんは強くて頼もしかったな〜。」
そんな懐かしげに当時を思い出すグローズリー、サチコは周りを見てみると話を聞いていた鬣犬メンバーは全員感慨深く頭を縦に振っていた。
――この人達の事は殆ど知らないけど、よっぽどステアさんのことを信頼してるんだ。じゃなきゃグループ離れてまで"姉さん"なんて言わないもんね。
いいな〜...そこまで人に必要とされるなんて....私にもそんな時が来るといいな〜。
サチコはふとそんなことを考え、自分に群がる人に尊敬の眼差しを向けられる光景を思い浮かべ、敵地にいるのにも関わらず浮かれてしまう。周りの鬣犬メンバーもステアとの出来事を思い返し、サチコ中心に殆どがぽわぽわと緊張感の欠片もなかった。
そんなのんびりしている者達とは違い、先頭のメメともう一人のメンバーは緊張感を維持、寧ろ更に険しくなっていく。
「....ザル、どうや?」
「いや、全く...待ち伏せの奴、罠の魔具、臭いが全然探知出来ません。どういう事ですかね?」
「わからん。この施設入ってきた時は兵は少なからず邪魔してきたが、そこまで戦力を注ぎ込んでおらんのは確か。この施設は相手の土俵、せやからここで罠やら何やらで制圧するもんやと思ったら....全く干渉してこんとは...」
そんな話をしながら鬣犬達は階段前に到着する。この螺旋階段は一番上のエリアまで出られる脱出までのラストスパートとなる部分。
メメはザルというメンバーに指示をし、彼の個性魔法で階段に罠や待ち伏せが無いかを臭いで探知してもらうが、そんな臭いは無く、一応慎重に進むが結局何も無く上のエリアへと到達する。
一番上まで来たのに何の敵のアクションもないこの異様な雰囲気に、ようやくサチコ達は顔を顰める。気を緩めるとすぐに緊張感が解かれる異様な雰囲気、皆戸惑いを感じつつも、先の出口へと走った。
出口付近でザルがいきなり止まった。鼻をスンスンと動かし、メメに耳打ちをする。
「姉さん、出口の先に結構な数の黒爪がいます。分かりきってますが全員武装してます。」
「どういうことや....何故外...訳分からんが悩んどってもしゃーない。あんたら!外に私ら出迎えて歓迎するアホ共がおる!!きっちり礼するよ!!」
メメは拳を上げて後ろのメンバーに言い放つと、全員武器や拳を上げて雄叫びを上げる。雄叫びに包まれるサチコはマラを抱える力を強くする。
凶器と狂気が渦巻く小さな戦場を前に、サチコは覚悟を決めたのだった。




