ステアの殺気
ゲルガムが行った拷問は普通ではなかった。指を折るとか爪を剥ぐなどといった尋問用ではなく、完全な快楽用。尋問用は簡単に言うと激痛・時間・激痛といった順番であり、この時間の部分で心を折って情報を吐き出させる。
しかし快楽用は激痛・激痛・激痛といった時間は要らない。被験者が苦しみ悶えるのに意味があり、それ以外は必要としない。結果死ぬことになったとしても。
マラが語った自分の身を襲った快楽用拷問。それは聞いているだけで血の気が引き、想像するだけで痛みに顔を歪ませれるほどだった。
「そ...そんな事を....」
マラの話にサチコはポロッと言葉を漏らし、ゲルガムという男の予想以上の狂気に恐怖する。
場の空気は一気に暗くなり、先程まで明るい雰囲気を出していた鬣犬メンバーですら顔を暗くさせた。
「その後からは徐々に痛めつけられて....アイツに屈してた...お父さんとお母さんを殺したアイツに....私は、身も心も壊された。決して屈しないって誓ったのに....ごめんねノム....私...自分が思ってた以上に弱い人間だったよ。」
マラは泣きながら必死に笑い、ノムを強く抱き締める。いきなり聞かされるマラの悲劇にノムはかける言葉が見付からず、涙を零しながらも抱き返すしか出来なかった。
誰しもが言葉をかけられず、ただ時間が消費されていく中、一人の鬣犬メンバーの言葉が聞こえた。
「お、おい!黒爪のメンバーが来たぞ!!結構な数が来てますぜ!!」
その言葉にいち早く反応したステアはすぐさま廊下へ飛び出る。その後に鬣犬メンバー、そしてサチコ、メメ、ノムの手を借りてマラ達も廊下へ出る。
その時サチコは部屋の隅に倒れている老獣人の死体に目をやり、お辞儀をした。この場に自分を導き、マラを助けることが出来たお礼に手厚く葬りたかったが、緊迫している状況で死体を持ち運びが出来ないのはサチコも分かっていた。
廊下の一方から、何十人もの黒ローブらが近付いてきていた。それぞれが武装しており、不気味な笑みを浮かべていた。
「....メメ、サチコ達を頼んだ。他の奴らも全員メメ達について行って脱出しろ!今度は行きみたく楽じゃないから気を引き締めなよ!」
ステアの指示にメンバー達は顔を引きしめ、こくりと顔を縦に振る。そしてステアは黒ローブ達に背を向け、サチコに近寄ってくる。
「サチコ、コイツらが人を殺したりしてたら私に後で教えてね。ただ、殺しているところを変に邪魔はしないで。それがサチコの命、そのメンバーの命に関わることもある。見なかった振りみたいなことはさせたくないけど、状況が状況なんだ。
私は...自分が原因で仲間を友達をこれ以上傷ついて欲しくないんだ。」
サチコは重い顔をゆっくりと縦に振った。人が殺されているところを黙ってみることなどしたくない、だがステアの言葉もよくわかっていた。自分にはそんな心配をさせない、犠牲者を出させない力がないのは分かっていた故、納得せざる得なかった。
そんなサチコの苦悩を知ってか、ステアは悲しそうにもニコッと微笑んだのだった。
ステアが全員に背を向け、黒ローブの集団に歩いていくと、サチコらも自分らの行動に移した。黒ローブと反対方向へ足を進め、この施設からの脱出を目的に走った。
サチコとマラとノムはそれぞれ一人づつメンバーが付いており、メメが先頭を走る形。そんなメメに一人のメンバーが後ろから迫る。
「いや〜しんどいっすね。ステア姉さんが居なくなってようやくゴミ共を思う存分ぶち殺せると思ったんすけど....」
「そやな。せやけど、サチコちゃんは見た感じまだ見習い、マラもノムは素人や。監視の目は多いが機能は弱いはず...行きよりよっぽど殺りやすいはずや。兵隊も行きより増えて襲ってくるはずやから混戦状態にもなるしな。」
「へへ...ゴミ共も無い頭捻ったってわけですね。行きは楽に帰りは険しく。わざと俺らを自分らの土俵にいれて、絶対誰一人逃がさんって事ですよね。そのまま大人しく逃げてれば死ぬことは無かったのに....あ、でもステア姉さんが相手するやつは生き残る...半分以上は生き残ってしまいますね。」
その言葉にメメは鼻で笑った。話しかけたメンバーは自分の言ったことが何かおかしかったのかよく思い返すが、何も思いつかなかった。
「な、何か自分おかしいこと言いました?」
「いや、普通に考えたらホンマその通りやと思うよ?けどな〜、半分も生き残れられへんって。最後のステア姉さんの目、あれは殺る気やで。」
「え?でも、自分から俺らに殺すなって言ったんですよ?ステア姉さんがそんな矛盾を通すような人とは....」
「ついさっきまでは殺る気なんか無かったんと思う。やけど、マラの話聞いて心変わりでもしたんとちゃう?自分が殺す様をサチコらに見られたくない、私らに矛盾通すとこ見せたくないからあの人は一人で残ったんや。
まぁ、全員を殺ることはないと見たね。せいぜい生き残っとっても...あの中の三割やな。」
メメの推理、それは正に的中だった。
ステアの目の前に威圧的に近付いてくる黒ローブ。一人だけしか残らなかったその愚か者をニヤニヤしながらどう料理することしか考えなかった。
そんな黒ローブらをステアは静かな目で見つめ、その場から一歩も動かなかった。
傍からみたらもう堪忍し、自分の死を悟っているように見える。が、それはステアが怒りを溜め込んでいるからだった。
――....何故サチコ達が攫われる?何で怖い目に遭わせられる?何で...あんな酷いことができるんだ?
私が目立ったような行動するから、裏の人間に目をつけられた。それは間違いない。
が、何で私を最初から襲わない?何で無関係の人間を巻き込む?巻き込める?そんな性根だから....私も...鬣犬のやつらも虫唾が走ってしょうがない!!
黒ローブらが立ち止まり、その中の一人がステアの目の前に立つ。ヘラヘラと笑い、死を悟っていると勘違いし、煽るかのような目線を向ける。
「おい姉ちゃん?どうしたんだ〜?一人だけ逃げ遅れちゃったじゃん。もしかして....姉ちゃん一人で俺らを食い止めようとしてんの?無理だろうけど、手がない訳じゃないぜ?姉ちゃんが服全部脱ぎ捨てて、獣人らしく欲情のポーズして俺らを一人一人相手するんだ!それならだいぶ時間稼げるぜ!!
あ、でも獣人みたいな醜い奴に興奮する奴ここにいるかな〜?」
そんな言葉に後ろにいる黒ローブ達は笑い声をあげる。だが、ステアは冷たい目線で目の前にいる黒ローブを見つめる。
「ま、反対側にも兵隊いっぱい待ち構えさせてるからよ、結局全員裏奴隷は間違えないな。でも、姉ちゃんはラッキーだぜ?俺らの相手をできりゃここで美味い飯食わしてやる。だが、一生肉便器だがな?」
「.......回れ右してここから去れ。逃げれる内に逃げろ。逃げないヤツらは....片っ端から私が」
ステアが喋っている中、目の前の黒ローブはローブ内に隠していた短刀でステアの右肩に刃を立てた。思わず言葉を途切らせるステアに、黒ローブはニヤッと笑う。
「あ〜??片っ端からなんだって〜?まさか...."殺す"とか言わねぇよな?そら言えねぇよな。この人数相手を姉ちゃん一人じゃ無理なのは姉ちゃんが」
饒舌にも話していた黒ローブの言葉が初めて止まり、ヘラヘラしていた笑顔もサーっと消える。
黒ローブは何回も突き立てている短刀を押し込もうとするが、短刀はステアの中へと切り込めない。
ステアが手を使って止めているのではない、まるで鉄の壁を刺そうとしているかのようにビクともしなかった。
冷や汗で顔をビチャビチャにしながら、黒ローブは身体全体を使って突き刺そうとするが変わらなかった。ステアはそんな黒ローブの顔をガッと右手で掴み、持ち上げる。
バタバタと足をつけようと宙に浮かぶ黒ローブ、そしてその顔は徐々にステアが力を入れる事により苦痛に満ちていく。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ!!や、やめろぉ!!やめろよてめぇ!!」
その悲鳴という名のSOSに反応し、黒ローブらの一人、ガタイの大きい男が大きな斧でステアに切りかかる。
斧は確かにステアの首に当たっていた。だが、何も身につけていない毛が生え揃う首なのに、何故かそこからは金属音が聞こえ、まるで頑丈な防具のようにピクリとも切り込めない。
ステアは空いている左手で大男を同様に顔を掴み、持ち上げる。ステアの握力で頭がはち切れるかのような痛みを感じるが、大男は諦めず斧を食い込ませようとする。
そこで黒ローブ達は気が付く。ステアの体毛は色こそ変わってはないが光沢を帯びていることに。その光沢はまるで鋼鉄のような光り方。美しいというより頑丈そうという印象が持たされるような光沢だった。
気がつくと同時にステアから魔力が溢れ出てくる。他を威圧するような闘志に似る魔力が殺意と共に場を満たしていく。
掴まれた黒ローブと大男から力が弱まっていくのを感じると、ステアは右手の黒ローブを壁へ叩きつけ、左手の大男を地面に叩き潰した。
石が破壊する音は二人の頭部が潰れる音をかき消してくれたが、ステアの両手から流れる血、そしてピクリとも動かない二人を見て容易に黒ローブ達は想像できるのだった。
「あんたらクズ共には全くもって反吐が出るよ。前までの私ならアンタら全員皆殺しだけど、チャンスをあげるよ。ここから逃げて改心し、罪を償うと本気で思ってるやつは見逃す。
死にたいなら来な。」
あからさまに殺気を放ち、ゆっくりと近づいて行くステア。黒ローブ達はその威圧に一歩退くが、全員武器を握りしめて迎え撃とうとする。
最後の警告、それを無下にされたステア。それを望んでいたかいないかは、ステア自身しか知りえない。




