救出
左手に刃物を握り、首から大量に血を流して満身創痍のはずなのにゲルガムは静かにメメの背後をとっていた。
「め、メメさん!!」
サチコの呼び掛けと同時にゲルガムの刃物はメメの後頭部目掛けて振り下ろされる。
だが、メメも異様な違和感とサチコの表情にコンマ遅れたが気が付き、半身振り向いて左手で刃物を部屋の端まではじき飛ばした。
そしてメメは左手の動きを使うかのようにその場で小さく跳ねて、素早い左回転からの超低空の右の蹴り...否、まるで槍を突き刺すような足刃を放つ。
足刃はゲルガムの右頬を貫く。一連の攻撃でメメは立ち上がり構えるが、頬肉は飛び散り、普段隠れている奥歯が外へ晒されても表情を変えないゲルガムに冷や汗をかく。
その一瞬の気の緩みにゲルガムは漬け入り、急接近してメメの首を左手で掴み、壁へ押し当てた。
「ガッ!!」
そんな小さい声と共に酸素を吐き出してしまったのか、壁へ押し当て締め付けられてすぐに顔色は悪くなり表情も苦痛に満ちていた。
サチコは隣で行われている攻防に動揺して動けずにいたが、メメのピンチを察して助けに入ろうとする。だが、満身創痍のサチコの行動はゲルガムも承知していたのか、すぐに気が付きサチコを蹴り飛ばす。
「うっ!....め、メメさん!」
「だ...大丈夫や....こんなん屁でも....ない!」
メメは首を掴まれている左腕の肘部分に左腕を置くと、下から右手の掌底でゲルガムの左腕を折る。
本来折れてはならない部分か壮大に折れ、骨がはみ出ているのか鋭利な物が服を突き抜けそうだった。
折れてしまって神経もイカれたのか掴んでいた左手の力が緩み、思わず笑みを漏らすメメ。たが、すぐに首に圧迫感を感じて表情はまた苦痛に満ちる。
ゲルガムは折られた事などお構い無し、折れてる左腕をメメに押し込んだのだった。肉が潰れ、骨が更に折れて服を突きぬけてさえ、身体全体を使って左腕を壁へと押し込み続けていた。
メメは精神的ショックもあるのか、先程よりも苦しそうにしていた。
――コイツ....折れた右腕で...痛覚ないんかこのクズ!
「....ったくよ。久しぶりだよこんな痛い思いしたのは。てめぇに折られたこの右腕も、噛み切られた首も...この頬もよおおぉぉ!!!アハハハハハハハ!!!!」
ゲルガムは爆笑しながら削られた頬を爪を立てて齧り続けた。かじれば齧るほど血が吹き出し、浮き出ていた歯もポロポロと次々に落ちていく。
その狂気にサチコもメメも恐れ、メメは必死に押さえつけられている右腕をどうにかしようと攻撃するが、ゲルガムはビクともしない。
それはゲルガムの耐久力だけでなく、メメの攻撃力低下にもあった。息を出来ずに力はただ落ちるばかり。右腕を折った攻撃はメメにできる最大限の攻撃だったが、それはゲルガムに通用しなかった。
そんなショックもあり、メメの意識が薄れていく。力も抜け落ち、だらーんと手も足の力も無くなっていく。
サチコは何も出来ずにいた。メメが危険なのは頭では理解していたが、恐怖とこの状況の威圧感に屈服し、ガクガクと小刻みに震えるしかできなかった。
メメの表情が緩んでいくのを見てゲルガムはニヤッと笑う。それは勝利を確信した笑みではない、メメの息絶えるその瞬間を見るのに興奮しているからだった。
「カカカッ!い〜い表情だよお前。お前みたいな女をもっと早く見つけていたぶってやりたかったが....まぁ最後にあの世行く前に教えといてやるよ。俺は」
「お前...私の大切な友達に何してくれてんだ?」
突然聞こえた別の声にゲルガムが反応するより早く、いつの間にか背後を取っていたステアの拳骨がゲルガムの脳天に放たれる。
ゲルガムの首は殴られた衝撃で頭に押し潰され、脳天も異常に凹んでいた。
ゲルガムから必然に力は抜け、メメは解放されて床に座り込んで嗚咽しながらも酸素を身体に入れた。
ユラユラと揺れるゲルガムの肩をステアは掴み、コマを回すかのようにゲルガムを半回転させ正面を向かせる。胸ぐらを掴み、表情を怒りで満たしながらステアの魔力を込めた右拳が顔面に放たれる。
壁を突きぬけ、何部屋か先の壁に激突したゲルガム。顔も異様に凹み、血を濁流の如く流しながら壁を背に座り込むように倒れ、ピクリとも動かなくなった。
ステアはゲルガムが突き抜けた壁をジッと見ると、チラッだけサチコを見る。ゲルガムの返り血が顔についてるステアは、自分を見て冷や汗をかいているサチコを後にしてメメの方へ足を進める。
「メメ、大丈夫かい?」
「え、えぇ....とんだ、みっともない所見せられましたな。いや〜面目ないわ...」
「そんなの気にするな。無事で良かった....呼吸が整ってからでいい。マラの事を治してやってくれないか?」
メメはステアの頼みを言葉ではなく行動で表す。コホコホと咳き込みながらもマラに回復魔法を浴びせ、マラの身体に付けられた痛々しい傷はミルミルと治っていく。
サチコは身体に巣くっている緊張の固まりを吐き出すように息をししていると、目の前に手がさしのべられた。
「大丈夫かいサチコ。悪かったね、助けに来るのがだいぶ遅れた。郵送前に間に合って良かったよ。」
「は、はい。ありがとうございますステアさん...それにメメさんも....本当に...」
サチコはぺこりと頭を下げると、マラを治してるメメもニコッと笑いかけてくれた。
――本当に助かったんだ私達....良かった...本当に良かった〜
そう思えば思うほど身体も心も軽くなり、サチコからも自然と笑みが浮かんでいく。だが、それも外から聞こえてくる大人数の足音によって消し飛ばされる。
素人でも分かるほどの足音、五~六人の規模ではない足音の軍勢がこの部屋に向かって進んで来ており、サチコは息を荒くして部屋の鉄扉をジッと見た。
足音は部屋前で止まり、鉄扉が開いた。サチコの奥底から何かが込上がり、緊張を超えたパニックに陥りそうになる。
が、それは部屋に入ってくる人物等を見ると、自然に落ち着いてくる。
部屋に入ってきたのは黒ローブではなく、動物の毛皮だったりボロボロの服を着ている。そしてその人物等はステアに何の警戒心もなく近づいていた。
「ステア姉さん!勝手に置いてかないで下さいよ。あっしら見失いそうになりましたで?」
「はっ、何が"勝手に置いてくな"だよ。あんたらが異様に遅かっただけだろ?
....あ!!もしかして...ここまで来るまでに立ち塞がってきた黒爪のメンバー。私が軽く潰してきた奴ら...アンタら...トドメ刺してないよな?」
ステアは目を細めながら聞くと、ステアに群がる全員が急に目を逸らしたり身体をビクビクさせたり、下手くそな口笛とかし始めた。
「な、なななんのことだか...お、おれぁそんなことしてませんぜ〜?ひゅーひゅー
あ!そうだ!俺の後ろにいたヘレナは知ってるはずですよ?俺は後ろなんも見てないんで!」
「は、はぁ〜!?あんたっ!!
....い、いや〜...あ!ミミバ!あんた前より可愛くなったね〜?なんか意識してたりする?今教えてくれない??」
どうみてもバリバリにやってる反応、そして彼、彼女らの足元には後ろに隠されている武器から血がしたたり流れているのが目に入り、ステアは頭を抱えた。
するとまた遠くから小さく小刻みな足音が聞こえてくると、鬣犬メンバーの間からノムが現れた。
「姉ちゃん!!」
ノムの姿にサチコやマラだけでなく、ステアもメメも鬣犬メンバーも全員が目を丸くして驚いていた。
「の、ノム!何であんたここに!見張り役のグローズリーはなにや」
ステアがノムに驚きながらチラッと鬣犬メンバーの方を見ると、そこには普通に紛れ込んでいたグローズリーがいた。
ステアと目が合い、ヘラヘラと笑いながら冷や汗がびっしょりだった。
「....グローズリー?なんでここに居るんだい?」
「あ、いや〜...俺だけ見張りで他の奴らはころ........いや、俺も力になりたいな〜なんて....あっ!ステア姉さん!もう本当に今日も綺麗ですわ〜!ギルド内でもモテモテでしょうな〜こんな綺麗な人がいたら〜。」
「あ〜そうかいそうかい、そんな綺麗なお姉さんから君が喜ぶご褒美をあげるよ。こっちきな。」
その言葉で色々察したグローズリーは逃げようとするが、周りにいたメンバーはグローズリーを確保。ステアの目の前に献上し、グローズリーの絶叫が聞こえる中、ステアは拳でグローズリーの脳天を軽く殴った。
そんな出来事を背にノムはマラに抱き着いていた。目に涙を浮かべながらもプルプルと震えながらノムはマラから手を離そうとしない。
「良かった姉ちゃん....生きてて本当に良かったよ...
姉ちゃんまで居なくなったら....俺、どうすれば良かったんだよ....」
「ノム....」
その言葉でマラは祖母の死を察した。静かに涙を零しながらノムを抱きしめた。
恐怖や痛みで固まっていた思考が徐々に動き出す。それはノムが生きていたという事実に心の底から安堵するのと同時に、自分がされた辱めや拷問、後悔をより強く感じさせ、マラも嗚咽を吐き漏らした。
「ノム...ごめんね?私....私弱かった...意思が弱い人間だったよ....」
そんな謝罪を吐き零しながら、マラは喋り出した。ここでゲルガムにされたこと、狂気じみた現実を。
その事はこの場にいる全員が息を飲むことになった。




