背後に立つ者
部屋自体かなりの大きさで奥にいるマラの姿は見えずらいが、両手を拘束されたまま床に座り込み、頭もぐったりとしているのは分かった。
「マラさん!!聞こえますか!?」
周りに黒ローブがいる可能性も無視して大声をあげる。だが、そんな声にもマラはピクリとも反応せず、サチコは冷や汗が吹き出す。
サチコはすぐに開けようと力を入れたが、鍵がかかっていたと思われていた鉄の扉はすんなりと開いた。
「せ、施錠しとらんのかい....なんとも不用心じゃな...」
老獣人は少し困惑しながらそんなことを言うが、サチコの頭にはそんなことを気にする暇は無く、滑り込むようにマラに近付いた。
マラの体に触れようとしたするが、その手は思わず止まった。
マラの身体は痛めつけられており、身体に無数の刃物で切りつけられていた。切口はどこも青黒くなっており、所々切ったばかりなのか鮮血が流れていた。
そんなマラの姿にサチコは泣きそうになりながらも、傷口を避けて身体をつかみ揺さぶった。
「マラさん!起きて下さい!!助けに来ましたよ!!?」
それでもマラは無反応。瞼は開けているのに目の焦点が合っておらず、口からタラーっと唾液が垂れていた。サチコはふっと頭に過ってしまうマラの死を否定しながら再び呼びかけようとするが、二人の間に老獣人が入り込み、マラの顔をじっと見つめた。
「.......安心せいサチコ、気絶してるだけじゃ。」
「え!?ほ、本当に!?」
「微かじゃが息はしとる。かといって安心とは言えん、むしろ危険じゃ。こんな身体になっとるんじゃ、痛みで意識が吹っ飛んじまっただろうし、最悪このまま意識が帰らん可能性だってある。」
天国から地獄へ落とされたような情報、サチコは自分自身息をするのが苦しくなってしまう。
「なんとかならないんですか!?マラさんを助けてください!お願いします!!」
「ワシャ医者じゃないんじゃから.....まぁ、薬草とか売っとったから一般なやつよりかは齧っとるが...
とにかく、今できる最善の方法はこれじゃな。|段階一・水鉄砲《レベル一・ウォーターシュート》!」
老獣人が魔法を唱えると右掌に魔力が集中する。そして集められた魔力は水へと変化し、マラの顔目掛けて勢いよく噴射した。
水を当てられてもマラはすぐに反応することは無かったが、少しすると頭が動き小さな唸り声も聞こえ、サチコはマラの身体に触れ、恐る恐る声を掛ける。
「ま、マラ....さん?」
その声にマラは反応する。ゆっくりと顔を上げ、死んでいるような目でサチコと目が合う。そんな変わり果てたマラの姿にサチコは胸を傷めるが、生きていてくれたことに涙を流しそうになった。
「わ、分かりますか?サチコです...助けに来ましたよ?」
そう優しく声をかけるとマラの死んでいた目も光を取り戻し、表情も少しづつ動くようになった。たが、それは安堵のような顔ではなく恐怖。恐ろしい物を見ているかのような恐怖に染まった表情に変わり、壁に張り付いた。
「いや!!いやぁぁぁぁ!!!来ないでぇぇぇ!!!近寄らないでぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「ま、マラさん!!!」
必死に逃げようとするマラをサチコは抱き締めて落ち着かせようとした。このような状況でどういった行動を取ればいいかわからず、サチコ自身混乱しながらもめいいっぱいマラを抱き締める。
「マラさん!!落ち着いて下さい!!もう大丈夫ですから!私が助けに来ましたから!!!」
「やだぁ!!やだやだたやだ!!!近寄らないでよぉぉぉぉぉぉ!!来ないでぇ!!!」
サチコの腕の中でマラが暴れているのを感じる。マラを安心させることが出来ない自分の無力さにサチコは胸を傷め、涙を流しそうになった。
「うぅ....おじいさん!お願いします!!マラさんを治し」
そこでサチコは言葉を失った。
振り返った先には老獣人は居たものの、その細い首には刃物が突き立てられていた。
老獣人の表情は固まり、小さく震えながらその銀色に光る刃物に触れる。
そしてその刃物を持ち手を持っている人物はゲルガム。ゲルガムはまるで金属のような冷たい目で呆気に取られているサチコを見ており、目を合わしてしまったサチコは身体が固まってしまった。
そう、マラは見えていたのだ。目を覚ました先にトラウマの人間がいるのを。
ゲルガムが刃物を引き抜くと、ペンキのような真っ赤な血液を吹き出しながら老獣人は倒れてしまい、目を見開いたまま動かなくなってしまった。
そんな死体をゲルガムは怠そうに溜め息を吐き、物のように死体を部屋端目掛けて蹴り飛ばした。
「...お前ら、何やってんの?勝手に部屋に入ってさぁ〜。常識ってもんがねぇのかね〜?見た感じ、黒爪のメンバーでもないな。グリムがこんな奴ら....ましてや非常識のやつを手駒にする訳ないんもな。お前、何者?」
その問いにサチコは何も答えられない。目の前で殺人が起きてしまった恐怖と衝撃で動揺してしまい、思考が停止してしまっている。
「まぁいいや。お前が何処の誰でも関係ない、俺の遊び相手に手を出そうとしたんだ。だったら覚悟も出来てるよな?死んどけやお前。」
ゲルガムは左手に持っている老獣人の血で光る刃物をチラつかせ、サチコに躊躇なく振り下ろした。
それでもサチコは動けなかった。このままでは死ぬ、そんなことは分かっていたが頭の中が真っ白だった。
だが、その左手はいつの間にかゲルガムの後ろにいる人影に捕まれ阻止される。それと同時に人影は右手でゲルガムの右肩をポンと叩き、グッと力を入れて掴んだ。
「いやいや...死ぬんわお前みたいなクズやろ?」
「あ?」
ゲルガムが背後にいた女性を睨み付けた瞬間、女性は大きく口を開いてゲルガムの首に噛み付くと、眉間に皺を寄せて噛み切った。
首の欠けた部分から血が大量に吹き出し、顔色を変えながら首を抑えるゲルガムを女性は後ろへ移動させ蹴り飛ばした。
ゲルガムは小道具が置いてある台車にぶつかり、派手に倒れるがそこからはぴくりとも動かなかった。
女性はモグモグとゲルガムの肉を噛んでいたが、すぐに吐き出し、血が混ざった唾液を床に吐き捨てる。
「ぷへぇ〜。さっすがやな!ここまで極上のマズイ肉初めてや。やっぱクズはエグい肉の味しとるの〜。」
口に残ってる血を吐き捨て、口周りにべっとりと付いている血を拭いながらその褐色な女性はサチコに近付き、しゃがみこんだ。
サチコはマラを抱き締めながらその女性を警戒していたが、女性は人を噛み殺したのが無かったようにニコニコとしていた。
「もしかして〜....あんたサチコちゃんかい?」
「な...なんで私の名前を....あなたは一体....」
「お!やっぱりな!やっぱ私天才やな!私の名はメメいうんよ。ステア姉さんに頼まれて助けに来た味方や。安心してや〜。」
ステアの名に少し安堵してしまいそうになるサチコ、浮つきそうな気持ちを必死に抑え、メメを睨み付けた。
――この人がステアさんの仲間とは限らない....何かしらの罠かも...
「証明....何か証明できるものありませんか?ステアさんの仲間っていう....」
「証明?ん〜、あの人の口癖とか好きなもんとか色々知っとるけどな〜サチコちゃんに通じるもんかどうか...だって聞くとこアンタ、ステア姉さんと知り合ったんは最近らしいからな〜。」
そのメメの回答にサチコは張り詰めていた緊張の糸が途切れ、一気ぐったりとした。まるでマラソン後のように疲労を感じてしまっていた。
――この人味方だ。私とステアさんが最近知り合ったのは復国軍しか知らない。良かったぁ〜...敵だったら私きっと何も出来なかった....
「大丈夫です、信じます...あ、回復魔法って使えますか!?あの、マラさんを....」
「おぉ、この子がマラちゃんか。同時に目的の二人を見つけるなんて私も運がええの〜。
ええよ、回復魔法かけたる。でも、逆に使えんの?」
メメは言葉通りマラに回復魔法をかけ始めた。緑色の粒子がマラにどんどん付着していき、段々マラの表情も楽になるのを感じてサチコは安心するが、メメの背後に立っているゲルガムを見て一気に冷や汗が湧き出る。




