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裏奴隷

 豚の獣人は目を細め腕組みをし、明らかに不機嫌そうだった。性別を間違えられたなら当然の反応だが、腹の中でそんなことを思っていたサチコは喋り方を改善しないこの老獣人に理不尽にも悪態をつきたかった。




「ったく....失礼な人間の娘じゃな。それにその呼び名で呼ばれるのも気に入らん!ワシにはちゃんとした名前があるんじゃ。ワシの名は」




 「ごめんなさい!本当に失礼なこと言っちゃいました...でも、もう少し喋り方を変えた方がいいと思うんですけど....」



 「おま!...はぁ〜....こんな歳食った上で今更喋り方変えるんなんてバカバカしいわ。まぁそんなのはいい。それよりもこんな老ぼれに比べ、アンタらはまだ若いじゃろ?その歳なのに"裏奴隷"になるなんて....可哀想になぁ...」



 「....裏?奴隷に表も裏もあるんですか?」




 初めて耳にする奴隷の概念にサチコは驚くが、その事を知らないサチコに老獣人も驚いた様子だった。



 「なんじゃお前、そんなことも知らんのか?」



 「へ?あ、えっと...ちょっと訳あってっていうか....あ、わ、私凄いド田舎で育ったので!それで...」




 「....お前嘘つくの下手じゃな。まぁいいじゃろ、余計な詮索はせん。した所で意味無いしな。

 奴隷にも二種類おるんじゃ。表と裏。表奴隷は主に王都内におって、どうしても金が必要な人間は下級国民という地位を捨てて奴隷へ墜ちる。

 その奴隷らは施設の請負人に管理され、客との契約で道具の一種として借りる、いわばレンタルじゃ。レンタルじゃから奴隷が重症や死んでしまったらそれ相応の責任が課せられる。まぁ、格安じゃがな。」



 老獣人は不気味に笑いながらゆっくりと近付き、サチコの傍に座り込んでサチコと泣きやみつつあるロアの目を見て話を続けた。



 「表奴隷のやるこんは大体は雑用や夜の奉仕、命に関わらん程度の暴行に耐えさせられるくらいじゃろ。

 じゃが裏は違う。裏はレンタルじゃなく購入。その人間の魂を買うんじゃ。となったら、どんな事をさせられるか分かるじゃろ。

 辱めを受けるのすら生易しい。命に関わる暴行に拷問、何かしらの実験体にもさせられるっていう噂じゃ。」



 「...裏ってことは違法....なんですよね?」




 「あぁ。じゃが、そこに関しては国も甘くての。自分だけじゃなく他のお偉いさんも裏奴隷を利用してるかもしれんから、強く取り締まらないんじゃよ。かといって裏を表に適応させるというと、暴動起こすかもしれん。脅威ではありゃせんが面倒というのが偉いヤツらの本音じゃろ。」




 差別国家ということは認識して承知はしていたはずなのに、いざそういう闇の部分を聞かされるとサチコの黒い感情が腹の底から沸きあがる。

 すると手錠の電流が警告のようにチクチクと少量の電気でつついてきて、サチコは慌てて感情を収めた。


 するとマラはようやくサチコから離れ、目を赤くしながら老獣人を見る。



 「....獣人さん、なんでそんなことを言うんですか?余計に怖くさせるような...」



 「....ワシら見たいな年寄りはいいんじゃが、アンタらみたいな若いもんは躊躇すると思っての。ワシらと違ってまだまだ時間があると思って踏み留めると。

 ...じゃがな?そんな判断が自分を苦しめる事になる、チャンスを逃して地獄を味わい続けることもある。

 ....ワシは若い老い関係なく、早く逃げる選択肢もあるというのを伝えたかったのじゃ。」



 その言葉に二人は寒気が走り鳥肌が立つ。唾を飲み込むのも苦しくなる程の精神的ショック、息も自然と荒くなり呼吸が苦しくなる。



 ――この老獣人さんの言っている"逃げる"って自決....自殺を勧めてるんだ....だけど、これは非情だからとかじゃないのは分かる。優しさなんだ、地獄を味わうくらいなら早く楽になった方がいいっていう優しさ...

 何なのこれ?なんなのこの世界!こんな酷い優しさなんか存在しちゃいけない!私は絶対に認めたくない!



 そんな怒りがサチコに沸き起こるが、実際に今から何が出来る訳でもなし、泣き寝入りするしかないような状況にサチコは歯ぎしりをする。



 「気持ちはわかるが、それも一つの考えとして頭に入れといてもいいじゃろ...それより!いつまでもその呼び名で呼ぶんじゃないよ!わしの名は」



 「おい!お前ら注目しろ!」



 いきなりの大きな声でサチコはビクッと身体をはねてそちらの方を向くと二人組の黒ローブがおり、一人が牢屋の鍵を開けていた。



 「ここから人間の女だけ出て行け!獣人のメスはまだそこに残っていろ!さぁ!さっさと出てこいノロマ共!!」




 黒ローブは八つ当たりをするかのように牢屋の鉄格子を蹴った。黒ローブの声と物音にビックリし、逆らうことも出来ずにサチコとマラが出ると、そこから先程自分の前後を歩いていた女性と子供が出て、計四人で移動させられた。



 黒ローブの一人が開けていた牢屋の鍵を閉め、ジッと老獣人を睨み付けていた。流石に立場の違いからか、老獣人は偉そうにせず冷や汗かきながらヘラヘラ笑っていた。

 それでも黒ローブの顔色は変わらなく、呟くように思った。




 ――.......なんで獣人のジジイがいんだ?






 サチコ達四人は再び黒ローブに連れられて廊下を歩く。先程とほぼ同じ状況だが、人間の女だけが移動するというのが引っかかり、サチコだけじゃなく他の三人も嫌な予感がしてたまらなかった。

 一歩一歩の足取りが重く、泣きそうな心理状態へと変わる。


 そして四人と黒ローブ二人は廊下の奥にある木製の扉の前に着いた。先頭を歩いていた一人の黒ローブが扉をノックし、少し間を開けて部屋へ入室した。


 部屋の中は廊下と雰囲気はまるで同じだが、少し先には大きな机とその後ろに飾ってある三本の黒爪の垂れ幕や旗、そして何よりその机に座っている白スーツの男性でここは偉い人の部屋だと察した。


 白スーツの男性に髪の毛はなく、グラサンをかけて目元は分からず赤い口紅を付けて座っている。サチコ達四人がその机の前に並べさせられ、白スーツはゆっくりと立ち上がった。




「貴女達ね、今回の女の子の奴隷ちゃんは。どれもこれも粒揃いで助かるわ。お客も大喜びで飛びつくのは間違いなしね!

 あ、自己紹介を忘れていたわね。私はこの施設の最高責任者であるグリムっていうの宜しくね♡」




 グリムはグラサンを外し、ニコッと微笑んでみせた。まつ毛も長くしており、声も元々野太いのか意図的に高くしていると感じ、オカマなのは間違いなかった。



 「....なによ、挨拶も返せないの貴女達。お客様に嫌われたら困るんだからしっかりしなさいよね〜。

 それに貴女、さっきっから凄い震えてるけど大丈夫?」



 グリムはボサボサの黒髪女性を指差し、怖がっている顔をジッと見つめながら近づく。女性は小さな悲鳴を上げるが、黒ローブの手前の元逃げ出す訳にはいかず、なるべくグリムと目線を合わせないようにして震える。



 「あ〜、やっぱりね。貴女凄いボロっちい服着てるから寒いのよ。ここそんなに寒くはないと思ってたけど、それじゃあほぼ裸みたいなもんよね。これ着なさい。」



 そういうとグリムは自分の白スーツを脱ぎ、その女性の背にそっと被せてきた。女性の震えが寒さではないのは一目瞭然なのだが、奴隷という自分より格下の相手にするには優しすぎて、サチコもその女性も目を丸くする。




 「若いからって我慢は禁物よ?我慢し続けて体調崩したら大変じゃない。欲しいものとか直して欲しい所とかあったら遠慮なく仰いなさい?」



 「....え?...な、なんで....」



 「だってここで身体壊したら商品として成り立たないでしょ?そんなことになったらお客様に失礼だし私の信頼にも関わってくる問題なの。

 お客様の手に渡ったら休む暇なんてないから、ここで精一杯残りの少ない人生分贅沢してって。そうね....半年は生きててもらえると嬉しいわ!」



 グリムは女性の肩をポンっと叩き、満面の笑みでそんな残酷な事を告げる。何の迷いもない生粋の悪の言葉、グリムには良心の欠けらも無いとサチコは悟り、鳥肌が立った。

 女性はグリムの言葉に声も出せず、ただ目を見開いて瞳孔がプルプルと動いている。



 すると突然、女性は舌を出すと思いっきり噛んだ。噛んだ箇所から血がドクドクと溢れ、女性は自分の顎を押して更に歯を食い込ませ、それと同時に血の量が増えた。

 立っている力が失い、女性は冷たい目線を送るグリムを他所にその場に倒れた。



 「な!何してんだお前!!」



 女性のいきなりの行動に呆気を取られ、コンマ遅れで黒ローブは慌てて女性の元へ駆け寄った。サチコ達を連れてきた黒ローブ二人は女性の手を拘束し、口を開かせて回復魔法をかけた。



 そして次はサチコの横にいた少女が行動を起こすことになった。騒ぎが起きたのを気と思い、少女は何の迷いもなく列を離れて部屋の外へ出ようと走った。

 部屋を出てもこの施設からの脱出には程遠い、『逃げなきゃ』という単純な気持ちが現れた、後先考えずの行動だった。


 本当に逃げたいのなら施設の構造を理解するのは最低限、もっと慎重にしなくてはならないのは分かっていたサチコとマラだが、その少女の咄嗟の行動に釣られるように、二人も騒ぎから背を向けようとした。


 だが二人の間を高速で通り抜ける銀色の塊が少女の足に当たり、二人はピタリと動きを止めた。




 「いやぁぁぁぁ!!痛いぃぃぃぃ!!」




 甲高い悲鳴と共に少女は倒れ、涙を零しながら右足を抑えていた。足首に太い釘が刺さっており、血がドクドクと溢れている。


 二人はゆっくりと後ろを見るとグリムが冷たい目で呟いた。



 「....貴女達は逃げようとしないわよね?」



 そのグリムの問いに二人は震えで答えた。グリムから放たれる殺気に近い悪寒、逆らったら半殺しにされるのはすぐに理解出来る。

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