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 異臭漂う薄暗い小さな空間、最初は全く見えなかったその空間も時間が経つと朧気に見ることが出来る。

 人一人しか入れない木材の箱のような部屋、隙間からは自分と同じような箱が何箱も並べられている。

 すすり泣く音、馬車が小石を踏んだ音に揺れだけを感じとれる。

 まるで家畜の搬送のように捉えてしまう扱いだが、自分の手に括り付けている手錠があながち間違えではないと伝えていた。



 ――一体あれからどれくらいたったんだろ....一日?二日?もしかしたら一週間とか...



 時間を知る術は今のサチコには無かった。薄暗い箱の中で縮こまっているだけで、何の情報も得られなかった。時々来るご飯もまともな物ではなく、果実が一個与えられるだけ。


 目を覚ました時はこんな状況に混乱した。訳が分からず、すすり泣く音が聞こえ、他人がいると知り声をかけようとすると、箱の外から誰かに箱を蹴られた。「うるさい。黙ってろ。」そんな言葉が聞こえるようでサチコは言葉を飲み込む。

 次に試したのは魔法、何かしら捕らえられているのは理解したので魔法での脱走を試みようとするが、魔力を貯めた瞬間自分の手錠から強力な電流が流れた。


 激痛が腕から全身に文字通り電流のように流れ、身体がビクッと無意識にはね上がる。頭と視界がボヤけ、手が焼けるように熱く、暫く動けないほどだった。



 魔法も使えない、助けも呼べない、手錠で動きが制限されて近くに監視の人がいる。最早サチコに逃げることは出来なかった。暴れれば暴れる程痛い目を見るのは明らか、サチコは縮こまって大人しくするしか無かった。



 誰とも接することは出来ず、暇を潰すものもない、薄暗い小さな箱の空間で一人の状況は気が狂いそうになっていた。

 だが、それでもまともな思考を保てていたのも、馬車の揺れや監視の人間の話し声、啜り泣く音が聞こえてまだ気が楽だからだった。




 長い時間の末、馬車がゆっくりと止まるのを感じる。たまにある休憩だとタカをくくっていたが、何人かの足音が近付くのが聞こえてサチコの薄れていた意識も蘇る。


 箱を空けられ、久しぶりに当てられる光に思わず目を逸らし、下を俯いていると首の袖を掴まれて無理矢理立たされた。

 いつもなら叫んで必死に離れようとするものだが、手錠の電気に暴行の恐怖はそんな生物本能のような行為も押さえ付けた。


 首根っこを掴まれながらサチコは強引に歩かされる。徐々に目も慣れてくるが完全ではなく地面しか見ることが出来なかった。


 暫く歩かされると地面の色が石造りに変わった。すると先程まで眩しかった陽の光がどんどん消えていき、石造りを歩けば歩く程薄暗く変わっていく。


 サチコの目は完全に回復して周りを見渡すと、サチコは黒ローブの人間と狭い廊下を歩いていた。どこもかしくもレンガのような石造りで出来ており、松明の火が辺りを怪しく薄照らしている。

 そして前後には自分と同じような感じで二人組がそれぞれ歩いている。片方が黒ローブで片方は自分と同じく手錠を付けられ歩いていた。


 前には小さな少女、緑色のロングヘアーで見るからにまだ幼いのに服装は膝元まで隠れる服の形をした布切れ。裸足でペタペタと足音を鳴らしながらも、ブルブルと震えているのがわかる。


 自分の後ろは見た目は成人越えの女性。この女性も見るからに貧しそうな服を着ており、土埃で固まっているのか長い黒い髪もクシャクシャで変に纏まっている。女性もガクガク震えているが、今にでも発狂しそうな危なそうな雰囲気を漂わせている。


 その更に奥にも続いて歩いている二人組がいるようで、結構な数が移動させられているのもわかる。


 サチコはまだこの世界にきて知識は浅く、確信に至ることは無いが、嫌でも察することは出来た。

 自分は奴隷として攫われてしまったのだと。


 そう自覚すると自分の身体もブルブルと震える。この世界の奴隷が何をされてどんな末路を辿るのかは定かではないが、少なくとも日本にいた時のイジメとは比べられない程の事をされると嫌でも考えさせられる。


 自らの足で地獄へ向かう。さながら処刑台まで連行される死刑囚のような感覚にサチコはなったのだった。


 何十段の階段を下り、そのまま暫く歩くとボロボロの牢屋が何室も並ぶ廊下へ突入し、その一番手前に前から順々に入れられる。

 サチコは黒ローブに背中を蹴飛ばされて倒れ込むように牢屋へ入れられ、そこから何人もの人が入れられる。中には人間ではない獣人までおり、反対の牢屋の男性陣含め、総勢二十人が小さな牢屋へ入れられる。



 「大人しくしてろお前ら。騒ぎ立てたら痛い目見んぞ。」



 最後に牢屋の鍵を閉めた黒ローブがそんなことを言い残し、仲間と共に奥へと歩いていく。足音が聞こえなくなってくると、啜り泣く音が聞こえ、それが伝染するかのように牢屋内を包む。

 サチコも目頭が熱くなり、自分の境遇に泣きそうになるが、部屋の隅で縮こまって泣いているマラを発見してすぐに傍に向かった。



 「ま、マラさん?」



 「!サチコさん!....貴女も捕まってしまったんですね...」




 マラは黒ローブに襲われた傷がまともに治療されておらず、ドア枠にぶつけられた箇所は血が固まっていた。そんな痛々しい姿を見ると、サチコの胸もズキズキと痛くなる。




 「はい....あの黒ローブにやられて、気が付いたらこんな事に...」



 「ノムは....ノムはどうなってるんですか?祖母は大丈夫なんですか!?教えてください!お願いします!」



 「お、落ち着いて下さい。大きな声を出したらさっきの人達に酷いことされます....私にも分からないんです。マラさんが気を失ってすぐ私も...」



 その言葉にマラはまたポロポロと涙を流す。蹲って身体を震わしながら泣いていた。

 周りにノムと祖母がいない、それだけで想像してしまう最悪な状況、サチコも頭で何度も否定するがどうしてもその考えが頭に残る、



 「その....だ、大丈夫ですよ!ノム君、魔獣狩りの時もすばしっこいから、きっとお婆さんを連れてステアさんに助けを求めたに決まってます!ここにノム君が居ないってことは、逃げられたんですよきっと!」



 "きっと"、口からポロッと出たその一言はサチコの心を表していた。ノムがあの状況で逃げるような性格では無いのは二人とも理解している、当然立ち向かう。

 反対の牢屋には人間の男もいるのにノムの姿がない、それはどういう意味か嫌でもわかってしまう。


 否定したいけど、心の奥では確信に近いものを感じているが故の"きっと"。サチコは自分で言ってても苦しいだけだと感じるが、言葉にしてそれに酔いしれ現実逃避をするしか無かった。



「だから大丈夫ですよ...ノム君は"きっと"無事なんですよ。ステアさんが今にでも駆け付けてくれますよ....」



 「サチコさん...グッ....ぅぅ....」



 マラはサチコに身を預け、サチコの胸の中で泣いた。身体が密着しているとより感じられるマラの震え、マラの泣き声、それらが重なるとマラの感じている哀しみが伝わってきて我慢していた涙がポロポロ零れた。




 「ヒッヒッヒッ....助けが来るもんか。ワシらはこのまま悲惨に死ぬだけ。国のお偉いさんに良いように使われて捨てられる消耗品じゃよ。」



 その言葉にサチコは涙を止めて声に反応した。

 声の主は豚の獣人。ボロボロの汚い布切れを身につけているだけで、全体的に痩せ細っており、痣や皺が目立つ老人だ。



 「.......なんで獣人の男がここに居るんですか?男性陣は向かい側じゃ」



 「ワシは女じゃ!!何失礼なことを言っとるんじゃ人間のメス!!」



 「ひっ!す、すいません....」



 ――い、いや...失礼だけどどうみたって男だし....喋り方だっておじさんっぽいよ...


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