山賊・鬣犬
「へぇ〜やるじゃんガキ。その勇気だけは褒めといてやるよ。」
「フーっフーっ....な、舐めんじゃねぇ!!」
ノムは恐怖を消し飛ばすように叫びながら黒ローブに近付き、剣を振る。その剣が黒ローブに触れる手前で黒ローブはまたボソッと呟いた。
「段階二・疾走。」
黒ローブは一気に素早くなり、ノムの剣を小さく避けるとノムに大きな蹴りを食らわした。ノムは机に激突し、上に乗っていた皿をなぎ倒すかのように吹っ飛んだ。
その勢いは止まらず、ノムは家の壁に背中を打ち、何とか立っているが口から吐血が止まらなかった。
「ぅ....うげぇ!」
「へぇ、まだ意識あんだな。ガキの癖に根性あんな。こいつも連れてくか?」
「いらねぇよ。男のガキなんてたかが知れてる。それより時間ねぇんだからさっさと殺すじゃ殺せよな。」
「へぇ〜い。悪いな。でも、俺は忠告したぜ?死にたいなら来いってな。」
黒ローブはゆっくり瀕死のノムに近づく。剣は既に離れており、魔力を練るような精神状態でも身体状態でもない。ノムに残されてる攻撃手段は皆無だった。
虚ろな目でノムは目の前に来た黒ローブを見た。サチコを抱えていない空いている片手を握りしめ、ゆっくりと振り上げる。
その時、ノムの視界に黒ローブ以外の人物が入ってきた。その人物はノムの祖母。小さいナイフを黒ローブの横腹に突き刺したのだった。
「ガッ!痛ってぇぇぇ!!」
「させない...もう二度とあの悲劇は....」
「こっのクソババアがぁ...」
黒ローブは刺された箇所を触ると激痛が走る。顔を顰めながら触った手を見ると手が鮮血に染まっていた。傷はそれ程深くなかったが、その黒ローブのプライド、精神にはこの上なく深く刺さった一撃だった。
「この....ババアが...腐れババアが!!ぶっころしてやるぞコラァ!!」
黒ローブは怒りに震えながら祖母に向かって空いてる手を向け、魔力を最大限まで高め始める。
もう一人の黒ローブはその行為の危険性をすぐに察した。ステアに気付かれないよう、最低でも段階三に抑えろとの指示を受けており、これは明らかな命令違反だった。
「や、やめろバカ!命令忘れんな!」
「んなのしるかよ!!死ねやババアが!!段階四・爆弾!!!」
黒ローブの魔力が集中し、手の平から赤い光が祖母を照らす。祖母はナイフを小さく小刻みするように震わし、自分ではどうすることも出来ない現実に心底絶望していた。
マラは血を吐き出しながら叫んだ。
「婆ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
その少年の叫びも虚しく、エルブレト街に無情にも小さな爆発音が響き渡った。
突如感じた魔力に爆発音、そして微かに聞こえた叫び声。ステアはすぐに足を止め、聞こえて感じた方へ視線を向けると煙が上がっていた。そしてそれはノムの家の方だということも理解出来た。
「...お前ら....まさか」
ステアの嫌な予感が的中。前を歩いていた黒ローブの男性は振り向き、不敵に笑って見せたのだった。
その瞬間ステアは確信し、すぐに実行に移した。
ステアは今すぐにでもサチコ達の方へ向かいたい気持ちを抑え、自分の個性魔法を加えた右足で、黒ローブの足を蹴った。
黒ローブの足は元々そういう設計だった言わんばかりに綺麗折れた。直線だった足が横に四十五度に曲げられ、黒ローブの笑みも一気に苦痛に満ちて絶叫を発した。
「グギャァァァァァァァァァ!!!!!!」
「あんたはそこで待ってろ!!サチコ達に何かあったらタダじゃ置かねぇからな!!!」
ステアはすぐにノムの家へと向かった。自分がノコノコついていってしまった後悔と不甲斐なさに腹を立てながら、ひたすら無事な事を祈って精一杯走った。
するとその道中、ステアは住宅街から出る他の道の先にいた馬車が目に飛び込んだ。そこには黒ローブ二人がサチコとマラを荷台へ入れていたのも捉えた。
「アンタら...待ちな!!!」
ステアはすぐに方向展開し、その道を突き進む。黒ローブ側も迫るステアに気が付き、慌てて馬車を動かした。
ステアは舌打ちをし、馬車から遅れて道の先へ出ると馬車はもう遠く離れていた。
スピード的にもステアの脚力では追い付けないのは目に見えた為、ステアは歯を食いしばり拳を握りしめた。
――ちきしょ....私がいながらなんてことだ!取り敢えず出来ることをやるんだ。後悔なんて全てが済んだあとでいい。...家には誰かいんのか?
走り去る馬車に背を向け、ステアはノムの家へと足を急いだ。ノムの家の前付近には何人か近所の住人が野次馬で来ており、ステアはそれを掻い潜って家に飛び込んだ。
家の中は酷く荒らされており、まず最初に感じたのは木と肉の焦げ臭さだった。
鼻を押さえながら匂いを辿ると、そこには家の壁に背を預けて死んでいるノムの祖母がいた。
顔中心に魔法を食らったのか上半身の損傷が酷く、鼻から鎖骨当たりまでは表面の肉が吹き飛び、骨がむき出しになっていた。
「クソ...婆さん...」
「ぅ...ぅぅ...」
今にも消えそうなうめき声が聞こえ、ステアはすぐにその声に反応すると、血と涙で顔をグッチャにして倒れているノムがいた。
「ノム!!おい!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
ステアはノムを抱き寄せて揺さぶる。ノムは顔を痛みで歪めているが、致命傷はないためすぐに回復魔法をかけた。
ノムが無事なのにホッとするが、ノムはボソボソ呟きながら泣いていた。
「.......め....さい....」
「...ノム?」
「ごめん....なさい.......弱くて........俺が弱かった...から....婆ちゃ...んがぁ....ぁぁ...」
小さい声で泣くノムの声はステアの耳には大きく聞こえる。自分の失態で起きてしまった事件、そして負わしてしまった心の傷にステアは誰よりも苦しんだ。
ノムの回復が終わり、野次馬としていた住人に任せるとステアはすぐに足を折った黒ローブの所へ訪れた。
黒ローブはまだ倒れており、少しでも離れようと手で移動していた。
――....こいつ
ステアは黒ローブに近付き、折れている足を思いっきり踏み抑えた。黒ローブは激痛のあまり上半身を浮かせて叫ぶ。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「サチコとマラを...どこに連れてった!!言え!!」
「み、ミルゲ鉱山だ!!そこにある古い収監所だ!だから足を踏むのはやめてくれぇぇぇ!!」
ステアは怒りに顔を歪めながら泣き叫ぶ黒ローブの顔を観察する。案の定一つの事実が浮きでる。
――こいつ、嘘ついてる....クソ!どうする私!!通信の水晶は魔獣狩りで酒と一緒に無くなってる。他のやつに借りるってなっても登録なんてしてるハズない。
やっぱり、こいつを
「あれ?ステア姉さん?」
そう呼ばれ、ステアは足に込めていた力をピタリと止めて声の方をむく。そこには果物を齧っている目元が黒い男性がいる。身だしなみからしてだらしなく、ボロボロの布で出来ている服を着ている。
「お前...グローズリーか?」
「ああ!やっぱりステア姉さんじゃないですか!いやぁ〜もしかしたらって思ったらやっぱりそうだった!!あ、もしかしてお邪魔でしたか?」
「....丁度いい。グローズリー!お前通信の水晶持ってるか!?」
ステアは腹いせに黒ローブの折れた足をもう一回蹴り、絶叫を背にグローズリーに近付く。グローズリーは当然わけもわからず、ポケットから水晶を取り出した。
「まぁ、一応持ってますけど...誰かに連絡っすか?」
「あぁ、メメの連絡は登録してんのか?」
「そりゃあ当たり前ですよ。ウチらのリーダーなんすからね。」
ステアはすぐに水晶に魔力を込める。連絡相手である人物が気付き、応答してくれることを願っていると、水晶はある人物を浮かび上がらせた。
「おぉ....どないしたグローズリー...何かあったんかぁ〜。」
「メメか!あたしだ!ステアだ!」
「え?ステア姉さん?何でステア姉さんがグローズリーの水晶を?」
メメは相手がステアだと知ると眠気は一気に吹っ飛び、上半身を起こしてハンモックに座った。
褐色肌で金髪のショートカット、耳元にはピアスに綺麗な髪飾り、白いブカブカのスボンにスポーツブラジャーのようなピッチリとした服を着けており、全体的に露出度が高い格好をしていた。
「偶然会ってな、手持ちに通信水晶が無くて借りてるんだ。そんなことより手を貸してくれメメ!ウチのもんが」
「待ったステア姉さん!それは話が違うやろ?私らは自由気ままに生きていく。誰かの世話にならんし世話焼いたりもせん、復国軍にも手助けせんでいいって言ったんわ姉さんやろ。」
「そうだけど...頼む!一刻の猶予も待てないんだ!」
「あかんよ。いくら姉さんの頼み事でも無理ですわ。復国軍にもぎょうさんメンバーおるらしいやないですか。そこに頼んだらどうです?面倒は困りますわ。」
「....相手が奴隷商人だとしてもか?」
ステアの一言にメメの表情が固まった。自分の中で沸き起こる感情を抑えながら、飲み込みずらい唾を飲む。
「ほんまですか?」
「本当だ。ウチのもんとダチが連れ去られた。幸い一人捕まえてるから居場所は吐かせられるが、問題は移動手段と武力だ。どんぐらいだせる?」
「...リザドランナー連れて行けんのは十五人ですわ。何処へ行けばいいです?」
メメの返答を聞いてステアは小さくガッツポーズをする。しかも長距離移動の出来るリザドランナーという魔獣付き、願ったり叶ったりだった。
「エルブレト街へ来てくれ!本当に恩に着る!それじゃ待ってるぞ!」
「あ!待ってや姉さん。聞きそびれたんやけど、見かけた奴隷商人はどうするん?...勝手にさせてもらってええよね?」
メメの口調が一気に冷たくなる。その一言が何を意味するのか、ステアは十分に分かってる。
「....出来るだけ殺すな。余程重要人物以外は怪我で済ませて欲しい。」
「.......ところで、姉さん。まさか今回の件、手ぶらで鬣犬動かそうと思ってないよね?終わったら例のやつ....お願いしますわ!」
「フッ...分かったよ、それは任せろ。ちゃんと約束は守るさ。」
「よっしゃ!!やる気が充ちてきますわ!!すぐ向かいますんで待ってて下さい!!!」
メメはハンモックから飛び降り、通信を切った。目の前の机に置いてあるハンマーを手に取り、石の地面を大きく叩いた。
「起きろ起きろ起きろぉ!緊急の仕事や!!はよ起きてや!!」
大声と物音で目の前でハンモックで寝ている何十人の住人が目を覚ます。全員欠伸をしたり腰をポリポリしたりと寝ぼけていた。
「なんですかメメ姉さん....俺まだ眠いんだけどふぁ〜。」
「まだまだ寝足りないわ〜。姉さん、緊急の言ってたけど、それ私達起こす必要あります?」
「ステア姉さんから連絡入ったんや。例の約束守ってくれる代わりに今から仕事や。」
"ステア"という一言で寝ぼけていた住人は一気に目を覚まし、皆興奮しつつザワザワと騒がしくなる。
「ステア姉さんが!?こりゃあ仕事終わりも大変になるぜ!で、仕事ってなんです!?」
「救出作業や。ステア姉さんのツレが攫われたらしい。相手は奴隷商人や。」
住人達は"奴隷商人"という単語を聞くと一気に空気がピリつく。先程までの騒がしさは一気に消え失せ、それぞれが殺意ある目に変わっていく。
「...姉さんは殺すな言ってるけど、私らには今や姉さんの命令に従う義務はあらへん。姉さんもそこんとこわかってる上で私らに連絡寄越したに違いない。
ただ姉さんの恩義を忘れた訳やない、姉さんの目を盗んで殺すぞ。」
全員が寝床の近くに置いてある凶器を取り出し、道を開けた。メメはニッと笑うと、机の下から斧を取り出して、開けられた道を堂々と歩んでいく。
「さぁお前らいくよ、奴隷商人の屑共を皆殺しにする!!!」
地割れのような雄叫びがとある森に鳴り響く。まるで獲物を見つけた猛獣の遠吠えのように、自らを奮い立たせるかのように叫ぶ。
伝説の山賊鬣犬が動き出したのだった。




