謝罪とお礼
「ま、あんた達の成長に比べれば大したことじゃない...って思っておこうか....
取り敢えず今やらなきゃいけない事をやらないとね。|段階三・雨噴水《レベル三・レインシャワー》。」
ステアは右手を天にかざし、魔法を発動。大きな水柱が天に向かって伸び、限界を迎えた水は周囲を濡らす。次第に燃え移っていた火も消え、辺りは焦げ臭さと静寂に充ちた。
「こんなもんでいいでしょ。よし、じゃあノム、サチコ、回復してあげるから近く来な。」
呼ばれた二人はステアの近くへ寄り、二人に段階四・大回復を浴びせる。興奮で間際らしていた痛みを魔法が請け負い、身体の表面だけでなく中身まで浸透していた痛みもスーッと消えていく。
回復が終わり、魔法のすばらしさに感動したサチコはクラっと目眩がして足をよろけてしまう。
「あれ?な、なんか...」
「気を付けなサチコ。回復魔法は万能じゃないんだ。体力と魔力、体の奥深くまであるダメージは治らないんだからな。あくまで応急処置見たいな存在ってこと忘れないようにね。」
「そ、そうなんですね。どおりで....」
「よし、じゃあ後はコイツで最後だな。」
ステアは二人に魔獣から降りさせ、二人にした回復魔法を倒れている魔獣にもし始めた。
そのステアの行動にサチコは目を丸くし、ノムは思わず声を上げた。
「な、何やってんだよステア!折角倒したのに何で回復なんてするんだよ!また起き上がって攻撃してきちゃうだろ!?」
サチコの気持ちも代弁したような事をノムが慌てながら言うと、ステアは呆れたような顔でノムを見る。
「ノム、あんたコイツを殺したいの?」
「いや...その....殺したいって訳じゃないけど...でもそうしなきゃ」
「"そうしなきゃ"何?私達が襲われる?その前に私らが逃げればいいだけの話じゃん。コイツが何かやばいことした訳じゃないのに殺すって...
今回コイツと戦ったのはノムとサチコの腕試しと経験を積ませること。だけど、コイツにとってはただ私達の自己満足に無理矢理付き合わされた。違う?」
ステアの質問にはノムも口を閉ざした。命を狙われ、死に物狂いで戦ったお掛けでそんな簡単な事にもサチコも気が付いてなかった。
「ただの腕試しで命を奪うなんて人でもしないよ。なのに魔獣が相手なら命を奪うのは当たり前って考えはおかしい。
別に今回の任務も"コイツの首を持ってこい"とか"コイツを駆除してくれ"って依頼じゃないしね。
だから、私達がするべきことは謝罪を形に表すこと。」
「謝罪を....形に?」
「あぁ、言うまでもなくコイツの手当ては当たり前だとして、巻き込んだ謝罪と付き合ってくれたお礼にコイツの飯をプレゼントするんだ。
だからノム、お前は森で食えそうな果物や野菜を掻き集めてこい。毒があるかどうかは私が判断してやる。
サチコは取り敢えず身体洗いな。着替えは持ってきてるんだろ?」
「え?あ、はい。一応...洞窟の入口付近に置いたはずですけど....」
「よし、じゃあ取り敢えず解散って事で。」
ステアは軽い感じでそんな宣言をするが、ステアの綺麗な正論に二人はポカーンとしていた。
そんな二人をみてステアは自分の拳を二人にチラつかせる。
「早く行かないと...今度はアンタらにこいつをぶち込むよ。それにサチコは特に早く行きな。若い女が臭い上にそんな格好はヤバいでしょ。」
そう言われてサチコは自分の身体を見て我に返る。全身ほぼゲボ塗れで上半身下着状態。ノムもその事に今になって意識したのか、顔を赤らめてピンク色のブラジャーを凝視する。その目線にサチコは顔を真っ赤にし、胸元を隠しながらすぐさま走り去っていった。
ノムは相変わらず心臓の鼓動が激しく腰を若干引きながらサチコの後ろ姿を見る。そんなノムにステアはボソッと話し掛ける。
「.......ノム。」
「え!?な、なんだよ...」
「..........覗くなよ。」
「は!?そ、そそんなことしねぇよ!!!」
サチコは大急ぎで洞窟の方へ戻り、自分の荷物を持ってスパイダウルフから逃げる途中で見つけた泉へ向かった。
泉は現代では早々目にすることは無い程に綺麗で、見ているだけで心が落ち着くような感じがする。
泉の中に変な生物が居ないか、そしてこれは人に害をもたらす液体なのか、そんな確認は一目で判断できる。水はとても透き通っており、底もよく見える為腰辺りまでの深さだと分かったからだ。
サチコはホッとすると共に靴とスカート、下着を脱いでゆっくりと泉に入る。お湯という訳でもなく当然水なので冷たさに身体をぶるっと震わせるが、長く入っていると段々身体が慣れ始め、サチコは先程の慌ただしい戦闘を身も心も癒しながら身体を洗い始めた。
何度も何度も擦っても微かに臭う腐臭。サチコは初めて現代のシャンプーの偉大さを身に染みて感じた。
ようやく臭いが取れてきたという所でサチコは汚れた下着とスカートをその泉でひたすらに洗っていた。
戦闘で興奮していた心も今では穏やかで安らいでいた。そのせいか、サチコは衣服を洗いながら考え事をしていた。
――今回の戦いは本当にタメになった。勿論、協力ってことの重大さも分かったけど...それよりももっと大きなことに気がついた。
あの時....スパイダウルフに不運な呪いかけた時。私はもっと魔獣が酷いことになると思ってかけた...ううん、それよりもっと前。私は本当はロアさんにやった魔法の塊をぶつけたかった。なのに....それに必要な魔力がなかった。
サチコは洗っている手を止め、自分の胸にそっと手を置いた。柔らかい胸を伝わって心臓の鼓動を感じる。だが、サチコが感じ取りたかったのは心臓ではなく自分の心だった。
――あの時は家族に対して恨んだ。勿論時間がなかったっていうのも少なからず影響はしてるんだろうけど....魔力の補充量が...家族への恨みの想いが減っている。
前に思った通り、感情を魔力に変換しているから段々恨まなくなるって説が強くなってきた。なら、いつかこの力を使い続ければ私が恨んだ...家族を....私をイジメた三人への想いを...忘れることが出来るのだろうか?
だったら...私はどうするべき?忘れるべきなの?覚えておくべき?分からないよ....
サチコは突如溢れ出た問題に頭と心を痛める。その最中、ふと思った。この世界に来た理由、何故自分がこんな力を手にしたのかを。
――私は何でここへ来たの?誰かの意志?偶然?...もし、これが誰かの意図的なものだったら....もし、これがあの時信じた神様だとしたら、神様は私に何を望んでるの?私をどうしたいの?
考えれば考えるほど大きくふくれあがるスケールの大きすぎる問題、サチコは当然察することすら出来ず、さっさと洗いを終わらせ、新品の下着と制服を着てステアの元へ移動した。
ステアの元へ行くと魔獣の回復は終えており、ノムもありったけの果物と野菜を持ってきていた。
ノムはサチコを見るとあからさまに目線を逸らして顔を赤くし、サチコはとてつもなく死にたくなった。
回復が終わったと言ってもまだスパイダウルフは眠りの中、その隙にステアそんな魔獣を洞窟前まで運んだ。ステアはすごい怪力なのかと思ったが、彼女曰く段階魔法と個性魔法を合わせて使っていると言っており、同時に使うことも出来るということをサチコは知った。
牙は流石に再生することは適わなかったが、外傷もほとんど無いスパイダウルフは静かな鼻息で寝ていた。その周りにはその子供達が何匹か群がっており、親の心配をしているように見える。
その目の前に分かるように果物類を置くと、三人は寝ている魔獣・スパイダウルフに深くお辞儀をしてその場を去っていく。
帰り道のノムはずっと興奮状態だった。ステアやサチコに絶えず魔獣狩りの話を振り、特にステアの一撃はとても衝撃的だったようで何回も同じ内容を喋っている。
まるでテーマパーク帰りの様にはしゃいでいる姿は本当に子供っぽくてサチコは可愛らしく思えたのだった。
そんな愉快な時間はすぐに去っていき、気がついた時にはノムの家付近にいた。
家が見えてくると同時に外で待っているマラとその祖母が見えてくる。二人は無事に帰ってくるノムを見ると一気に顔が明るくなり、マラは涙目になりながらもノムの方へ駆け寄り抱き締めた。
「ノム!良かった...大丈夫だった!?どこか怪我とか!?」
「まぁ、怪我しちゃったけどステアが治してくれたんだ。今はもう全然平気!」
「そっか....良かったぁ〜...それで、どうする?これからも強い人を目指すの?」
マラは少し心配そうにノムに聞く。それは心から応援したいと言っているが、諦めてくれるのを心のどこかじゃ思っているとサチコは察した。
そんなマラの想いを否定するかのようにノムは白い歯を見せて大きく笑って見せた。
「俺、強くなりたい!サチコみたいに根性あってステアみたいにカッコよくなりたい!確かに魔獣狩りは怖かったけど、怖さを吹っ飛ばすくらい強くなりたいって思ったんだ!姉ちゃんと婆ちゃんを守りたいって思ったんだ!!」
ノムの返事にあからさまにガッカリしたような顔になるかと思いきや、マラは優しく頷いてノム同様笑顔だった。それは弟が憧れ、目指す道を全力で応援しようと決心した表れの笑顔だった。
そんな二人を通り過ぎ、ノムの祖母はよろよろと杖を頼りにサチコに近付くとその両手を弱々しく、だが精一杯に握った。
「ありがとうございます...ノムを守ってくださって本当に....」
「い、いえいえ!とんでもないです...寧ろ、私が助けられたみたいな感じなんで....」
「本当に本当にありがとうございます...またあの時の悲劇が訪れると思うと....」
――あの時の...悲劇?
「本当に!今回はありがとうございました!まだ時間ありますか?良かったらまたご馳走をどうですか?」
祖母の引っかかる言葉を聞き返そうとしたが、マラに遮られて言葉は喉を伝わらなかった。
ステアは腰に手を当ててニヤッと笑った。
「大丈夫なのか〜?私らの成功報酬に加えて朝一に結構いい飯食った筈だけど〜?」
「心配しないでください、そこもちゃんと計算に入ってます!この日の為にずっと節約を重ねていたので、寧ろもう一つご馳走の日を儲けられる余裕ありますから。」
「お!やるねぇ〜。それじゃあお言葉に甘えて飯食ってこ!
ね?サチコ!」
ステアはサチコの背中をポンっと叩くが、先程の言葉が気になっていたサチコは反応が薄く、その異変にステアはすぐに気がついた。
「サチコ?どうした?」




