魔獣狩り③
そんなことを知るわけもない魔獣はひたすら己の能力を信じた追跡を続けている。何十年もやってきた狩り、手こずった事はあるが失敗に終わったことも無い。魔獣は疑いなどなかった、自分の獲物はすぐそこにいると。
嗅覚と視覚で完全にとらえた獲物、魔獣は歯を剥き出しにして木諸共獲物に食らいつく。完全に捉えたと確信し、魔獣は噛みちぎろうとするが、その瞬間獲物から強烈な熱と衝撃が発生する。
魔獣は驚いて後退、そして口元に広がる高熱を生み出す炎に苦しみながら悶える。
「グオオォォォ!!」
魔獣からすると何が何だかさっぱりだが、上から見ていたステアにはハッキリとわかった。
――あれはサチコ自身じゃなく服、臭いが染み付いた服を木にくくりつけて、囮に使ったのか。恐らくサチコも別の木の陰に隠れてるだろうから視覚では捉えられない。
後は嗅覚だが、サチコにかかった子供のゲボはサチコ自身より、それらが染み込んだ服の方が強い。故に、魔獣は二つ臭いがあるとすれば強い方を選ぶはずだ。
「考えたなサチコ。んでスパイダウルフが噛んだ時に出た火はノムの婆さんから貰った着火石か。こんな所で役に立つとはなぁ。」
サチコの策に関心していたステアだが、実の所はこれは八十点。本来、その条件だけでは魔獣が向かっていったのは囮の服ではなくサチコ自身だった。
それが何故囮の方へ行ったのか、それはサチコも知らなかった偶然が引き起こしたことだった。
スパイダウルフは嗅覚も鋭く、視覚も暗闇を平然と歩くことが出来る。だが、スパイダウルフの視覚は生物の体温を見ることも出来るのだ。先程の場合だと、木で殆ど隠れていたが、サチコの咄嗟に隠れた木は細く、少しはみ出ていた。故にサチコの体温は見えていた。
だが、それでも囮の方へ行ったのは着火石のおかげだった。着火石は破壊されると火を放つが、魔力を当てられる程度だと光るのだ。光る、即ち熱を持つ。
着火石はノムの個性魔法・粘着液体で服の下に共にくっついていたので服自体も温かみを得て木も若干熱を持つ。
魔獣からするとどちらも獲物。考えるのは優先順位。なら、距離的に近く、臭いも強く、熱を持っている獲物、囮の服へ攻撃したのだった。
この事をサチコは理解していない。温度の事などまるで気にしていなく、ただ魔獣を攻撃するために着火石を設置しただけだったのだ。
兎にも角にもサチコの策は成功、魔獣は口に拡がる火を消そうと顔だけでなく全身を振っていた。まるで竜巻のような風圧はたちまち煙を散らし、辺りが鮮明に見えてくる。
そしてステアがまず最初に目に映ったのはノムだった。右手を広げてそれを左手で支える、手と目線は統一して目標を定め、掌からノムの個性魔法が発動、緑色の粘着液体が発射されて何ヶ所か地面にへばりつく。
ノムの読み通りに魔獣は粘着液体に足を捕まれ、グラッと体勢を横に崩すし、その隙を逃さずノムはサチコから渡されていた着火石を魔獣の倒れる先に投げる。
魔獣の身体が地面に接触したその時、着火石から出る火が魔獣に移った。
「グオオォォォ!!」
更なる追い打ちに魔獣は吠えてジタバタする。次々にノムの魔法が剥がれていくが、ノムは自分に残された魔力を振り絞りドンドン連発する。
――上手く固定しているみたいだが、時間の問題だな。これからどう締めくくるつもりだ?炙って倒すには火力が少なすぎるぞサチコ。
「ステアさん!!」
ノムと魔獣の様子を興味深く見ていると、木の下から上半身が薄ピンクのブラジャーしかない半裸の状態のサチコが声をかける。
「すいません時間が無いです!!借りてもいいですか!!?」
「え!?あ、あぁ!いいよ!!」
「すいません!ありがとうございます!!」
何のことやらサッパリで勢いで了承してしまったステア、サチコは何かを抱えて一目散に魔獣の方へと向かっていく。
――び、ビックリした〜。いきなり声かけられてあんな切羽詰まった感じ出されたから「いいよ」なんていっちまったけど...一体私から何を貸してほしかったんだ?私の持ってるのっていえば.........
ステアは疑問に頭を満たしながらふと木の下に置いていた自分の荷物を確認するが、置いたはずの場所にはカバンが無かった。
――あれ?私のカバンが無い...あ〜、サチコが持ってるや。あんな大事そうに抱えて....でもあの中には大したものは入ってないはずだ。入ってるのは通信用の水晶と精々私が楽しみにしていた高めのお酒くらいで。
.......酒...?......酒!!!??
「ちょ、サチコ!バカ!!やめろ!!やめてくれぇぇぇ!!!」
ステアの必死の叫びも、目の前で手一杯のサチコの耳には届かない。サチコは暴れる魔獣に近づくと着火している所に目掛けてステアのカバンを放り込む。
カバンはまるで全自動のプレス機に投入されるように、魔獣と地面の間に入り、それが潰れた。
ガラスが壊れる音が聞こえた直後、火は更なるエネルギーを得て大きく成長していく。魔獣の皮膚を焼く程度の火は炎と変わり、魔獣の半身を飲み込む程になった。
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!私の酒がァァァァァァ!!!」
激しい轟音、木々が倒れて燃やされ、二つの大きな叫び声が森に響き渡る。地鳴りのような音の圧力を小さい身体で感じる少年。暴れる魔獣と同じ高さまである壁の上でノムは身体中から汗を滝のように流し、プルプルと震える手で背負っていた剣を取り出す。
疲労困憊、精神的にも肉体的にも限界で魔力も底をついていた。当然剣がいつもの何倍もの重さに感じ、持ち上げることも適わない。
――め、めちゃくちゃ重い...目眩もするし、もう無理だ....俺が最後にトドメを刺さないといけないのは分かってるんだけど...それでも...
諦めかけたその時、剣を握る手にそっと優しく別の手が重なった。同じく疲労が限界を迎えるサチコがいつの間にか隣に現れ、ノムと共に剣を握っていた。目を丸くするノムに対し、サチコは精一杯の笑顔を向けた。
「一人で全部をする必要は無いよ。私も手伝うから。」
そのたった一言でノムは意志を固める。自分と同じ立場の者がいるだけで溢れ出てくる力がある。
真剣な表情でこくりと頷くと、最後の力を振り絞りサチコと共に剣を上げる。
お互い言葉は交わさなかった、目と目を合わせるだけで良かった。二人はまるで何年も同じ時を過ごした熟練コンビのように息を合わせて魔獣へ飛び移る。
狙いは魔獣の頭、二人は歯を食いしばり、銀色の剣を魔獣に向けて刺した。
と思われたが、剣は魔獣に刺さる一歩手前で静止していた。二人が握っている剣の持ち手より手前側を捕まれ、魔獣に剣を刺すことを拒まれた。
「す、ステアさん...」
ステアが既のところで止めに入ったのだった。顔は角度的に見えなかったが、明らかに怒っているのは雰囲気で感じ取る。サチコは冷や汗が一気にドバっと湧いてくる。
――あ、そういえば私お酒使うなんて言ってない!ステアさんがよく分かってないのは分かってたけど、時間が無いからって自分の中で納得しちゃってた!ど、どどどしよ....
「あ、の...ステアさ」
「グオオォォォ!!」
サチコがステアにビビっている間に、魔獣は炎に焼かれながらも自分の頭上に乗っかっている敵に吠える。ノムの魔法も完全に剥がれてしまい、今すぐに攻撃してくるのは明白だった。
「...やかましい!!!!」
明らかにキレた声でステアは叫びながら魔獣の頭を殴った。魔力と強い衝撃を感じるのと同時に魔獣の頭は一気に地面にめり込み、サチコ達は一瞬宙を浮いた。
地面には亀裂が入り、ボキボキと骨が折れて砕ける音が鳴り響き、魔獣の目は半分とび出て、大きな牙が折れるとそこから口に溜まっていた血が噴水の如く溢れ出る。魔獣はそこから反撃するどころかピクピクと痙攣してぐったりと倒れた。
――あ、あの化け物をた、たった一発で!?
そんな驚きも束の間、上手く着地出来ずに尻もち状態のサチコにステアがゆっくりと距離を詰める。拳をゴキゴキと鳴らしながら近付くステアにサチコはガタガタと歯を揺らし、半泣きになりながら後退りした。
「ご、ごめんなさい!すいません!すいませんでしたぁ!」
サチコは生涯出した事の無い大声で必死に謝るが、ステアの足は止まること無く、拳をゆっくりと振り上げる。その刹那、サチコは死を予感する。
ゴンッ!
「痛っ!」
「サチコ!!あんた何を借りるか教えなさいよ!!勢いで返事しちゃった私も悪いけどせめてそんくらいは言いなさい!!」
まるで鉄に小突かれたような拳骨、殴られた箇所がジンジンと痛みだし、コブになったのが触って分かる。
「す、すいません...」
「オマケに全部放り込んで!!あの中には三品あったんだよ!?アアア〜....私の楽しみがァァァァ....」
膝をついてまで落ち込んでいるステアを見て、サチコは罪悪感と安心感が交差する。どう声をかけていいか分からないままでいると、ステアはゆっくりと立ち上がり周りを見渡す。
倒れている魔獣を円にするかのように火が燃え移っていた。




