魔獣狩り
二人は外へ出ると特に目的なくがむしゃらに逃げた。そしてそんな二人に目的を与えるように視界端に小さい泉をサチコは見つけた。
――あれで臭いを落とせばあの魔獣も追ってくるのは難しくなるはず!!とにかく姿を隠さないと、あんなのとまともに戦ったら絶対負けちゃう!
ノムの手を離し、一人泉に飛び込もうとした瞬間、木々が倒れる音がすぐ隣で聞こえてそちらに目線を向けると、そこにはスパイダウルフが赤い目でこちらを見ていた。
――さ、先回りされてた!?
スパイダウルフは大きい足で飛び込もうとしているサチコを後方へ吹っ飛ばした。サチコは幸運にも木に当たること無く、地面をゴロゴロと転がるが、スパイダウルフの攻撃でお腹は凄まじい鈍痛に晒され、まともに動けなかった。
スパイダウルフはそんなサチコにヨダレを垂らしながらゆっくりと距離を詰めていく。
そんな光景をノムはガタガタと身体を震わして見ていた。背中に背負っていた剣はとっくに引き抜いていたが、スパイダウルフに襲いかかる一歩が踏めずにいた。
自分が特に何かされた訳でもない、野生という殺し合いの原点の何かを感じたのか、ノムの頭の中には恐怖がまとわりついていた。
――ど、どうすりゃいいんだよ...こんな奴に勝てるわけないじゃん....そもそもこんな怪物は俺みたいな子供には無理なんだよ、こんなのは大人が...
そう思ったノムだがふと姉と祖母のことを思い出す。姉と祖母はノムが強くなりたいと言葉にするだけで、『子供だから』『まだ早い』というワードでやんわり辞めさせようとしていた事を。
――....子供とか関係ないってその度言い返してたの...俺じゃん。こんなんじゃ、帰ったって姉ちゃんに笑われる!やらなきゃ...やらなきゃサチコが!
「う、うわあああぁぁ!!!」
ノムは雄叫びを上げて剣を振り上げながら自分より数十倍大きい魔獣に立ち向かう。今まで何百回とまで練習してきた素振り、ノムはその成果を白い足に叩き込もうと振り下げるが、それは意図も簡単に避けられ逆に胸元を突き押された。
まるで大木をぶつけられたような衝撃、意識は留めているが口からは嘔吐物が出てくる。
スパイダウルフはそんな小さい敵をジッと見つめ、足をゆっくりと上げ、ノムの頭目掛けて下ろす。
しかし既の所でサチコがノムを抱き締めて飛び避けた。
サチコは相変わらず激痛に晒されていたが、ノムの立ち向かう姿、そしてノムの危機に痛みを忘れるしか無かった。
痛みに顔をゆがめながら、胸元にいるノムを見るが、ノムも苦しそうだった。
「ノム君...大丈夫?」
「うん....ありがとうサチコ...でも、臭くて...オェ!」
「ちょ!!私に吐かないでよ!!」
ビチャビチャと胸元に嘔吐物がかかっているのを感じるサチコ、魔獣とノムの嘔吐物がミックスしたかと思うと嫌になってくるが、ノムが大きな怪我をしていなかったことにホッとする。
だが、それで危機が去った訳では当然なく、スパイダウルフはゆっくりとこちらへ向かってくる。すぐにでも飛びかかってきそうな形相、唸り声にサチコはノムを抱えながら震えて立ち上がる。
――どうすれば...どうすればいいの....何か良い手は...考えろ私!このままじゃ私とノム君が!
...スパイダウルフは洞窟にいた。普段灯りが無いのに洞窟に居るってことは、暗闇でも獲物を捉えられるってこと。それは視覚もあると思うけど、私の臭いを追跡できるほどの嗅覚もあるってこと....これを利用すれば!
「ヴォォォォォォ!!!」
重低音のダンプカーのような威圧感のある雄叫びが鳴り響き、ヨダレを撒き散らしながらスパイダウルフは二人に向かって飛びかかってくる。雄叫びと瞬間的に襲いかかる魔獣、そして身体の痛みが相次ぎサチコは偶然にも膝が曲がってしまう。
スパイダウルフの牙はサチコではなく、すぐ後ろの木に噛み付いた。我が子を襲われた怒り、サチコもこのように噛み砕くと言っているように魔獣は木を噛みちぎる。
その絶大な威力に腰を抜かし、恐怖で頭が染まりかける。だが、そんな気持ちをサチコは必死に抑え、逆に脳裏に映像を映し出す。
家族にやられた罵詈雑言、その扱いを思い返すと同時に身体から魔力が溢れる。
スパイダウルフはサチコに対する怒りなのか、サチコから感じる魔力の質に恐怖を感じたのか、すぐに牙を向けて飛びかかる。
魔獣の身体がサチコから溢れ出ていた黒い霧に触れた。
――あ、不運な呪い!
スパイダウルフが噛みちぎって木が倒れた衝撃で、丁度魔獣の真上まで伸ばしている木の枝から虫が落ちてくる。その虫はスパイダウルフの右目にぶつかり、その痛みと驚きで軌道が変わり、魔獣は頭からサチコ達のすぐ隣の大木に頭から突っ込んだ。
当たり所が悪かったのか、スパイダウルフは小さく震えて怯んでいた。
――や、やった!
「ウッ!!痛ッ!!」
歓喜も束の間、サチコの胸元からそんな苦痛の声が聞こえてすぐに反応する。サチコの胸元には痛みに顔を歪めたノム、そして右肩には長い木の枝が刺さっていた。
「だ、大丈夫!?」
「痛てぇ...痛てぇよぉ....」
「す、すぐに抜いてあげるから頑張って!」
サチコは顔を真っ青にしながら刺さっている親指程の太い枝を掴むとノムの顔が更に歪む。手に小さい木の破片が刺さった程度ではない、被害で言えば刃物に刺されたと同等。
サチコはここにきて痛感する。自分の魔法がどれ程危険なものかと。
――私のバカ!何でノム君の事を考えないで魔法を使ったのよ!まともに制御も出来ないくせして...自分のことばっかり考えてるからこんな事に....
必死に心の中で謝りながら合図をしてサチコは枝を引き抜き、ノムは耐えきれない痛みを声に変えるように涙を流しながら叫んだ。
自分のせいで苦しんでいるノムに心を傷めるが、スパイダウルフが呻き声を上げながらゆっくりと起き上がろうとしている。
頭の中が混乱し、まるで台風の如く荒れ狂う。ただ早く逃げなくてはならないというのは本能で理解し、足が震えながらも後ろへと下がる。
そこでサチコはスパイダウルフの後方、木の陰から見守っているステアと目が合い、サチコに安堵の風が吹いた。
――ステアさんだ!あんな近くにいる!私はともかくノム君は怪我をしてるし、きっと助けに来てくれる。取り敢えず助かったぁ...
そんな思いのせいか、命を狙われている身であるにも関わらず笑みが溢れる。だが、ステアはサチコ達を観察しているだけでピクリとも動かず、サチコの顔から笑顔が消える。
「す、ステアさ」
大声で呼びかけようとするが、サチコはステアの鋭い目付きに言葉が止まる。それはステアに恐怖を抱いたのではなく、彼女の表情からなにかに期待している感じがしたからだった。
――...そうだ。これはノム君の経験、私の腕試しの任務だ。ここでステアさんに助けを求めるのは間違ってるし、手を出さないってことはまだ私達が何か出来ると思ってくれてるから....
本当に倒せるの?こんなバケモノを...つい数ヶ月前まで普通の学生だった私に...いや、そんなの言い訳にならない。自分で決めて進んだ道なんだ。諦めないでやるだけのことはならなくちゃ!!




