馬鹿
陽が落ちていき世界がオレンジ色に染まっていく。暑い日差しもなく、かといって肌寒い訳でもない程よい空気と温度。
バルガードは森に反って、崖近い馬車の通れる整備されている道を歩いていた。森側と崖側に柵があり、馬車が誤って落ちないようにされていた。
ふと右にある崖側を見てみると、オレンジ色に染まっていく森が下の方に広がっていた。
そんな景色に見とれていると、ふと視界端に柵の外に自分の求めていた感じの崖が見えた。
「お!あれとかいいな!」
バルガードは駆け足で近づき、策を乗り越えて崖に足をつける。綺麗な曲線を描いている道だが、バルガードが立っているのはその曲線に不似合いなとんがった崖、綺麗な二等辺三角形を作った崖部分だった。
試しにバルガードはドンドンと足を踏んでみるが、普通の大地のようにその崖は頼もしい限りだった。
「よし!中々いいんじゃねぇか?ここなら景色もいいし、気づかれないこともない。」
バルガードはチラッと道の方を見るが、まだ目的の馬車は来ない。いずれ姿を現す馬車にバルガードの心はバクバクと高鳴っていた。
「くぅ〜!緊張するな!それにしても、サチコがあのロアさんを短期間で納得させるとはなぁ〜。一年が妥当と思っていたが...事前に連絡来た時はビックリしたなぁ〜。
サチコに出会ってから俺はまだいい所を見せてねぇ....他のメンバー同様に"アホなリーダー"って認識は絶対払拭させる!!ここら辺でイメージ払拭させねぇと今後も絶対新入りに舐められる!!」
バルガードは握り拳を作り、崖外に広がる景色を力強く見渡した。
――こんな断崖絶壁で夕陽を眺めるリーダー。絶対に画になってる筈だ!
『あれ?バルガードさんってこんなに頼もしそうな人だったっけ?何だか...カッコイイ!やっぱり凄い人なんだ!!』って思われるに違いない!
その日からサチコは俺を慕うようになり、他のメンバーのイメージを徐々に払拭、あっという間にカリスマ性溢れるリーダーだ!!!
内なる野望とそうなる未来にヨダレを出しながら不気味に笑っていると馬車の音が聞こえてくる。バッと音の方を見ると、確かに近づいてくる馬車、そして馬車に乗ってるのは手綱を操るロアに楽しそうに話かけているサチコ。
――き、きた!!よし、シュミレーション通りに行くぞ!!
バルガードは崖の先端に近づき、右足を前に出して膝を曲げる。その膝に右肘を付けて前のめりに崖の景色を少し微笑みながら見た。
だが、その微笑みは決して景色を見た感想ではなく、完璧な自分の体勢にドヤっているだけだった。
馬車の音が近づいてきてバルガードの心臓の鼓動が早まる。今にでも爆発しそうで少し苦しかった。
馬車との距離が更に近づいたその時、バルガードが安全確認のため先程踏んだ箇所に亀裂が走り、崖部分だけが切り離された。
バルガードは決め姿にドヤ顔のまま切り離された崖と共に落ちていった。
遠くで何かが落ちる音にサチコはロアから視線を逸らして崖側を見る。だがそこには何も無く、音の検討はつかなかった。
「なんですかね?今の音....」
「さぁ?気にするほどでもないと思われます。それと言い忘れましたが、あと少しでギルドです。ここの道を通る際、この柵を乗り越えることはしないで下さいね。」
「大丈夫ですよ!そこまで私子供じゃないし、態々柵超えるなんて余程の事じゃないと有り得ません!」
「そうですよね...いや、失礼しました。何か胸騒ぎがしたんですが、そのような"馬鹿"は少なくとも私の知る人間にはいませんよね。」
自分の上司に当たる人間が馬鹿げた行動を取っているとは知らないロアはそんな皮肉を呟いてしまう。
崖下ではそんな"馬鹿"が身体半分地面に埋まってピクピクと痙攣していたのだった。
「それにしてもサチコ様、一つ聞きたいのですが、何故先程から私にこれ程まで積極的に話をするのですか?第三の試験の事があって変に気を利かすのは余り良く思えませんが。」
「違います。私、元いた場所ではその...友達っていうか、そんな人がいなくて....自分から話すのも会話自体も苦手なんです。でも、私はこの世界で生まれ変わりたくて、少しでも自分の苦手意識を克服したくて...」
「貴女....教育中もそれ以前も普通に会話出来たではありませんか。」
「は、話し掛けれればそれは出来ますけど、自分からスタートを切って話を展開させるのはあんまり...」
サチコはカラ笑いを零しながら頬をポリポリと人差し指でかいた。
「....スケールは小さいかもしれませんが、目的の為に行動することは良い事です。それを継続出来るよう精進して下さい。
さぁ、着きましたよサチコ様。」
ロアが手綱を操り馬車は止まった。目の前には三ヶ月前に見た綺麗なギルドが堂々と立っていた。
そしてそれは自分の新しい生活、自分が生まれ変わる為の本格的な第一歩を踏み出すと思うと緊張が走った。
ロアと共に馬車を降りて玄関前まで行き、その手前でロアと共に立ち止まる。
「...そろそろ出てきてもいいのですが、遅いですねバルガード様。事前に連絡はしてあるのですが....また、何かしらの格好付けでも準備してるのでしょうかね。」
もう既に未遂に終わっていたのを知らないロアは玄関のドアに手をかけ、それを開いた。
玄関は外装の石造りとは異なり殆ど木製だった。綺麗な黒っぽく光沢感ある木々を素材をしているのか、どれもこれも綺麗でスベスベしてそうな印象。
玄関の先は大広間、二つに別れる階段が部屋真ん中辺りに設置してあり、二階へ上がれるようになっている。
階段奥や、左右にも廊下が続いており、ギルドを一目見たときの印象通り大きそうな建物だった。
すると、二階でふと人影を視界に捉えて見てみると、そこにはナルテミ村で出会ったラーズがいた。
ラーズもサチコの姿を見ると目を見開き、すぐに階段を降りて彼女に近付いた。
「サチコ...久しぶり....だな。」
「あ、えっと...はい。お久しぶりです.......」
そこからの発展はなくお互い何か言いたげだったが言葉が出てこない、そんなどうしようも無い空気を悟ったロアは鼻息を零しながらラーズに話しかけた。
「事前に軽く連絡はしてあるのですが、教育が終わったのでバルガード様に直接ご報告しようと思います。バルガード様は部屋に?」
「あ...いや、バルガードさんならさっきギルド飛び出て行ったが....」
「...?何かの用事ですか?」
「...分からんが、何処かウキウキしてたような....また、変な印象作りをしにでも行ったと思うけど、見なかったのか?」
ロアもサチコも首を横に振り、ラーズは少し困り果てた表情になった。
「そうか...なら分からないが、何も言わないとなるとそこまで遅くなるのはないと思う。
それよりサチコ.......ロアに認めて貰ったのか...その.......おめでとう。」
「へ?あ、その...あ、ありがとう....ございます...」
また二人ともそれ以上話せなく、訪れるどうしようも無い空気にロアは内心呆れ果て、それぞれの頭に一発づつ平手を当てたい気持ちを我慢する。
「.......なら、バルガード様が戻るまで、設備内の紹介をさせていただきますのでこれで。」
「そうか....サチコ、皆良い奴ばっかだから...すぐ仲良くなれる....だから、変に心配する必要ないぞ...」
「そ、そうですか....た、楽しみ...ッ!ちょ、ロアさん!?」
今度こそ我慢出来なさそうになかったロアは、変な空気がまた漂う前にサチコの手を取って強引にでも移動させた。
ラーズはそんな二人の後ろ姿を見つつ、ポリポリと後頭部を掻きながら玄関から外へ行ったのだった。
まず最初に二人は玄関から見てすぐ目の前にある大広間の廊下の突き当たりの部屋、食堂へ訪れた。
部屋自体も中々の広さで左側にはキッチン、右側には横長の机と椅子が二組ほど並べられている。
そして目の前の奥には一味雰囲気が違うようなカウンターがあり、そこには見覚えのある赤い長髪で赤い体毛に包まれた人が座っていた。
扉が開いた音に反応した人物はくるっと振り返ると、透明感ある黄土色の酒が注がれていたグラスを片手に持っているステアだった。酒の影響か、頬が少し赤くなり頬が緩んでいたステアだったが、二人の姿を見るとピタリと固まってしまった。
「は?え?あれ?私飲みすぎたんかな...二人がロアとサチコに見える....」
「見えるじゃなくそうなのですよステア様、そこまで思考が回らないとなると、やはり飲みすぎのようですね。」
ロアの返答で自分の見ているのが幻覚ではないと確信したステアは、グラスをカウンターに置いてサチコに近付いて肩をガッと掴んだ。
「おぉ、サチコ!!認めてもらったのか!おめでとう〜!あたしゃぁ嬉しいよ〜!!」
少し呂律が回っていないステアはブンブンとサチコを揺らす。頭が揺らされ、ステアから匂う酒が伝染したのかちょっとクラクラする。
「す、ステアさん...ちょっと....揺らさな」
「いや〜!私不安だったんだぜぇ〜?ロアに扱かれて潰れちゃってんじゃないかって〜!でも、こんな元気で嬉しぃよ〜。さ!祝いにお酒奢ってあげるよ〜。あの酒美味しぃよぉ〜?」
「い、いや私未成年ですから!」
「ここじゃあ成人だろぉ〜?じゃあいいじゃ〜ん。ちょっとだけ!」
ステアはサチコから離れて酒入りのグラスを手に取ろうとするが、その前にロアがグラスを没収し、長机にポンっと置いた。
「サチコ様が嫌がっているなら無理に飲ますのは今後良い関係性を作りずらくなります。悪酔いは程々に。」
「なんだよ〜。三ヶ月前には『人の好意無駄にすんな』みたいな言い草してたじゃん。」
「あれは第一の試験の布石、本心で言っているわけではないです。それに、これ以上突っ込むなら、カウンターに人知れず隠してある高そうな酒を破棄します。」
「ちょ、それは無しでしょ!!ごめんて、悪かったよぉ〜。」
ステアは人が変わったかのようにロアに両手を合してペコペコし始めた。
結局許しは貰ったが、その隠し酒は没収でメンバーの山分けに強制決定。ステアは口を尖らせながらツマミを食べつつ酒をちびちびと飲むことになった。




