教育終了
「ほぅ...どう納得いかないのです?」
「戦場で誰も傷付けられない、そんな人がいたら自分の命すら守れないのは経験がなくても分かります。だから、早い段階で慣らすっていうのも分かります....けど!この人を殺す意味ないじゃないですか!この人が殺される意味が無いですよ!」
「...意味があれば、問題ないと?」
「そんなんじゃありません!私が言いたいのはこの人を殺して何になるんですか!この人を殺さなくてもいい道は必ずあります!態々慣れの為だけに命を奪うのは絶対に間違ってます!!」
サチコは両手を握りしめながらそんな発言をすると、ロアは優しくサチコの首を掴んだ。ロアから魔力が溢れ、掴んでいる手が機械へ変形。銀色の爪がサチコの喉元に触れ、冷や汗が吹き出る。
「その慣れが無かったら困るのは貴女じゃすみません。私達も貴女の判断が遅いから危機に晒される事も予想できます。
戦場へ出向く前に慣れればそれに超したことではないでしょう?」
「復国の為の戦争。それは確かにそうですけど、今起きてる二カ国の戦争とは完全に同じじゃありません。私利私欲じゃなく、色んな人のための平和な国作りの為。明るい未来を信じて行う行動だと私は思ってます。なら、そんな戦場に晒されても一人でも多く救い、一滴でも流す血を減らす。そうした方がいいんじゃないんですか!?」
「..........」
「だから...だから私はこの人を殺したくないです!!私が復国軍に入りたいのは自分を変えるため、人の役に立ちたくて....それに、人を助けたい!苦しんでる人を助けれる人間に生まれ変わりたいんです!
だから、私は殺しません!お願いします!分かってください!!」
サチコは頭を少し下げてロアに願った。この教育期間、サチコはロアの事を殆ど知らないが、ロアの内には外見じゃ分からない人としての感情があると感じていた。
サチコ自身、死にたくはない。だから、その内に住まう感情があるロアに賭けたのだった。
静かな時が少し流れると、サチコの首からロア手が離れた。願いは届かなかったとサチコは察し、自分の無力さを呪う。しかし気構えていたサチコの頭にはポンッと小さく暖かな手が乗せられ、柔らかい爪でガシガシと優しくかいてきた。
「そうです、サチコ様。よくぞ迷い、その答えを出してくれましたね。貴女は正しい、我々は世のため人のために戦う。
その立場の人間が間違っても命を軽んじてはなりません。そんな者が作り出した世界など、崩壊するのは勿論、反乱が起こり、余計な血が流れるのは目に見えています。」
ロアは優しくサチコの頭をかじり、そして撫でる。最初に出会った頃の冷酷さ、第一の試験の残酷さ、第二の試験の容赦のなさ、ロアの印象は基本は怖い人と感じているサチコ。
そしてそんなロアがこれ程心安らぐような温かくて優しい手をしていたことにサチコは少し驚き、同時に涙を流す。
「ありがとうございますサチコ様。これで私は貴女を信頼し、貴女を心から迎え入れることができます。今まで、よく頑張りましたねサチコ様。貴女は....とても立派です。」
頭を撫でられ褒め言葉を貰う。親からはして貰えなく、幼少期から憧れ続けた事。サチコは先程出し切ったと思われた嬉しさと涙がまた出てくる。
息をするのも辛く、嗚咽を出しながら泣いていた。
――いいのかな?こんな立て続けに願いが叶って。この世界に来てから、命を助けて貰って、生きる目標をくれて、願いを叶えてもらってる。....こんなに幸せな気持ちになって...本当にいいのかな....
『迷惑をかけている。』『いつも泣いていて困らせている』『早く泣き止まないと』そんな事が頭に浮かぶが、歓喜という名の消しゴムで消えていく。
サチコは歯を食いしばり、頭に乗せられてるロアの温かい手を噛み締めながら声を殺して泣いた。
何とも言えない空間が二人を包むが、ロアはそれでもサチコが泣き止むまでその手を離すことは無かった。
結局この試練は『命の大切さを認識出来ているか』という目的だった。自分の命まで危険に晒す為、仮にサチコが男を刺そうとしてもそれで不合格ではない。しっかり悩んでいたか、迷っていたのかが重要であり合格条件なのだ、
因みにこの男はサポート側の復国軍。今回の試験の為としてロアが連れてきた人物であり、衰弱に見えていたのは魔法によるもの。それを知ったサチコは協力してくれたことに頭を下げ、怖い思いをさせてしまったと男は頭を下げ返した。
しばらくして二人は小屋へ移動し始めた。荷物を纏め、いよいよ復国軍の一員としての生活が始まる事にサチコは少なからず緊張していた。
先程のことがあったせいか気まづく思っていたサチコだったが、勇気を出して声をかけた。
「あ、あの...ロアさん?」
そんな今にでも消えそうな声をロアは聞き漏らすことなく足を止めて振り返った。
「なんですか?」
「あ、いえ...さっきの....ありがとうございました。」
「感謝することではありません。あれは私が勝手にやったこと、その言葉を聞きたくてやった行動ではありませんので。」
そんな事を言うとロアはまた再びサチコに背を向けて歩き始める。
サチコはロアという人物がわからなかった。
優しい人物と思えば厳しく怖い、人に無干渉と思えばそうでもない。
黒いモヤが包んでその真相に辿り着けないモヤモヤ、そして自分だけ手を差し伸べてもらっていることが我慢できず、サチコは更に勇気を振り絞る。
「あの!...こんなこと聞いちゃいけないのは分かってます。だけど、どうしても聞きたいんです!」
そんなサチコの問いにロアは再び足を止めてゆっくりと振り返り、サチコの目をじっと見ていた。
「...ロアさんは何で....いつも無表情なんですか?何でそれを維持しようとしてるんですか?」
そんな問いにロアは少しだけ眉を動かしたことをサチコは見逃さなかった。心の中で焦りが出てくるが、必死にそれを抑えた。
――ひ、引いちゃダメ!切り出したなら引くのは絶対ダメ!私だって助けて貰ってばっかりじゃいられない!
「バ、バルガードさんに言われたことを忘れてなんかいません!
本当に聞いちゃいけないのは分かってるんですけど...私だって何か力になりたいんです!ロアさんには凄いお世話になったし、私にできることはだったらやりたいんです!」
サチコは少しだけ声を大にして発言するが、そんなサチコをロアはジッと見つめるだけだった。耐え難い沈黙が数十秒流れ、ようやくロアが口を開く。
「サチコ様、貴女は自分の過去を話せますか?」
「....え?」
「"自分の身に何があったか"、それを包み隠さず話せますか?そして話している間、貴女は平然でいられます?」
「そ、それは....」
「少なくとも私はそれを話すことは苦痛でしかなく、変に同情されても苛立ちしか起きません。なので、申し訳ありませんが、私の過去についてサチコ様に言えることはありません。」
そんなロアの回答にサチコはシュンっとしょげてしまった。薄々無理だとは思っていたサチコだったが、いざ拒否されると気分が落ち込む。
「.......ですが、この機会に少しだけ私についてお話はさせてもらいます。よろしいですか?」
「へ?...あ!お、お願いします!」
思いもよらない返事にサチコは嬉しく思い、それが表情に出る。自分で何か出来ることがあると勝手に勘違いをし始める。
ロアは無表情の顔に右の掌をポンと頬に当てる。そしてグニグニと頬を揉みながら話し始めた。
「私が何故無表情なのか、それは病気でも事故でも無く私の意思でやっています。私がやろうとして、維持しようとしている無表情。故に、やろうと思えばこの表情を崩すことは容易いです。
怒ったり、悲しんだり、苦しんだり、ダルそうに、表情で語ることは出来ます。
ただ....一つだけ、意識しても出来ないと確信している表情があります。」
「一つだけ...それは一体....」
「.........."笑顔"です。」
その一言でサチコは悟った。ロアの身に降りかかった何か、それがどのようなものか検討が着くはずないが確かな事が一つだけ分かる。
――笑顔ができない....それはそれ相応の不運、悲劇が起こったから...
私はまだ笑うことくらいはできた。あんな絶望じみた地獄のような生活でも笑えなくて困ったことは無かった。
だったら、ロアさんは....私以上の地獄を見た...
サチコは顔を一気に暗くさせ、自分の軽率な発言、無力さを悔いた。色んな感情が渦巻き、何てロアに謝罪すればいいか全く浮かび上がらない。
「....察して貰えてるようで助かります。なら、今後私の過去は探らないで下さいね。私だけに留まらず、復国軍はこの世界の闇を味わった者たちの集団です。不用意な引っ掛かりは相手にはよく思われません。」
「...はい、分かりました。ごめんなさい....」
「分かれば気を付けてもらえれば問題ありません。それでは参りましょう。時間は常に有限です。」
ロアはスタスタと歩き出し、サチコはとぼとぼと後ろを着いていく。自分が踏み込んではならない領域に入った、仮に自分がそうされたら絶対に嫌だと思い返せば分かりきったことに罪悪感を感じる。
――はぁ〜...こんな空気読まずだから日本でも嫌われたんだよね...なのにまだするって...私本当に学習能力ないな....
気分が落ち込み、力無い目でロアの背中を見つめる。ロアの背中はピンッと張っているがどこか脆そうに見える。内はボロボロだが無理して気張っているように見えて、サチコは懲りずにどうにかして手を差し伸べたくなったのだった。




