三聖候補のラドファル
その首輪からは縄が繋がれており、ケトラの手元にある。そうすることで今、ミネルはケトラの奴隷という事になっている。ケトラが奴隷や裏奴隷を解放活動をしているのは極秘、ケトラとミネルが対等の立場のように見られるのは不都合なのだ。
「でも、ミネルだってこんなの嫌でしょ?嫌だったら遠慮しないで言ってね?すぐに取り外して、別の策を練るから。」
「お気遣いは有難いのですが、こちらの方が一番自然です。私は大丈夫なので、ケトラ様が気を遣う事はありません。もし、本当にダメだと感じたらその時は甘えさせていただくので、それまではどうか....」
「絶対だからね?我慢なんかしなくていいからね?」
ケトラは念を押して伝えると、ミネルは鬱陶しさと嬉しさを胸に秘めつつ頷いた。それでも尚ケトラは顔を晴れず、右手に握られている縄を怨むように見つめていた。
すると、目の前から二人組がケトラ達の方へ向かってきていた。身長は高く金色の長髪、水晶のようにきらびらやかな水色の瞳を持ち、顔だけでなく全身スラッとしていた。髭はなく眉毛は長い。一見女性にも思えてしまうが、銀色の鎧を身につけているこの者は男性だ。
そしてその男性の手にはケトラ同様、奴隷の縄が握られており、彼の隣にいる肩まで髪を伸ばた茶髪の女性は布一枚の服装。室内とはいえ寒さが差し込んで冷気に震え、身体のあちこちに暴行の跡が見える。
そんな女性にケトラとミネルは顔を顰めるが、男性はケトラを見るなり白い歯を出して笑顔でケトラに話しかけた。
「これはこれはケトラ様!もうお越し頂いているとは知りませんでした!ろくなお出迎えも出来ずに申し訳ありません。いつ頃到着なされました?」
「ついさっきだよラドファル。長いこと馬車に揺らされてろくな運動が出来なかったからね、着いたらすぐに身体を動かしたくて仕方がなかった。
だから、正門から僕が来たのを君に伝えるのは辞めとくよう指示しちゃったんだ。君が来るのにどのくらい時間がかかるか分からないからね。」
「....失礼な事を言うようですが、私は驚いております。ケトラ様が私如きの名を覚えていてくださるとは...光栄の至でございます。」
「何言ってるんだい?覚えていて当然だろ。君は三聖候補の兵士、つまり僕達三聖の後継人だ。覚えていないと失礼というものだろ?」
彼、ラドファルはケトラの言葉通り三聖候補の兵士。ゴリアム皇国の兵士格では頂点の三聖に続いての実力者を証明する証だ。
三聖候補は全員で十三名と中々に多い。貴族に一人は付き、もう三人はこの三大要塞に一人づつ配置されている。
三聖候補の数は多いが、それで価値が薄れるというとそうではない。元々ゴリアム皇国は国民の人数が多く、兵士の給与も魅力的な為に分母が多い。その中で勝ち抜いた十三名が決して弱い訳ではなく、イザゼル帝国の兵士には引けを取らない。
「いえいえ。三聖候補は人数が多いですから、他の二人の三聖様にお会いした時は忘れられてました。故にそれが自然かなと....
ところで、ケトラ様が奴隷を引き連れる姿など初めて見ましたよ。やはり、周りの目が気になる皇都から離れると、肩の荷を下ろしたくなるものですか?」
笑顔で言い放つラドファルの言葉はケトラの心臓を飛び跳ねさせ、次第に黒いものが巣食うように気分が悪くなっていく。
「ま、まぁ....そんな感じ...かな?」
「そうでしたか!いや〜獣人とはいい趣味をお持ちで!安心して下さい、私はこの事を口外することはありません。墓に入るその時まで胸にしまっておきます。あ、それとこの要塞にはお楽しみ部屋として魔法による防音部屋も設置してあります。その中だとその獣人をどうしようと音が漏れる心配はございません!煮るなり焼くなり性欲発散なり、ケトラ様の意のままに」
「ラドファル!!」
聞くに耐えなかったラドファルの発言に痺れを切らし、ケトラは大声をあげる。その声にラドファルの言葉は止まり、彼女の逆鱗に触れたのかと不安そうにしていた。しかしミネルはケトラに長年付いていたのもあり、彼女がラドファルの言葉を聞き、ミネルに乱暴する自分を想像してしまうのを恐れたのを察した。
ミネルの考えは的中していた。ケトラは小さい頃から共に過ごしてきたミネルが苦しむ姿を想像したくもない。故につい大声を上げてしまったのだ。
「あ...す、すまない。いきなり大声を出してしまって。」
「い、いえ....私の軽はずみな言動が原因です....本当に申し訳ありませんでした。」
ラドファルは顔を真っ青にして深々と謝った。自分のした行動で部下が頭を下げ、尚且つ理由も説明出来ないもどかしさと罪悪感でケトラも顔色を暗くさせる。
しかし、ラドファルは何処に地雷があったのか全く分からなかった。自分の発言を思い直しても原因が分からず、予測すら出来なかった。
ピラミッド状に作られた人間の格で上位に入るラドファル。下の者に対して何をやっても許される世界に長年居たせいで、彼には良心というものが無くなっていた。
そんな者が奴隷を気遣う心などなく、ましてや自分の上位存在のケトラがそんな心を持ち合わせる筈もないと最初から決めつけていた。彼にとって、ケトラの機嫌を損ねた失態の理由は永遠に分からないであろう。
「頭を上げてくれラドファル。君が謝ることなんて無いんだ...
...あ!そうだラドファル。君の気に触れてしまうかもしれないが、質問をさせてくれ。いいかい?」
「そ、それは勿論であります!!私にわかる事ならでしたら何なりと!!」
ラドファルはすぐに頭を上げ、先程の謎の失態を挽回するべくケトラの質問にはすぐに答えられるよう集中した。だが集中しすぎなのか、目が血走っていてケトラは少し引いた。
「そ、そうか...それで質問なんだが、君は何故ここに居るんだ?僕の記憶が正しければ、僕と入れ違えになる第四貴族のエリシェン・マーズ氏の専属だった筈....何故共に皇都に帰らないんだ?」
第四貴族のエリシェンはケトラが来るまでイヤラ要塞にいた貴族で、今は任務終了という事で皇都へ帰還している。
マーズ家は長年少し資産が多いだけの上級国民という位置で収まっていたが、両親共に亡くなってエリシェンの代に変わってからというもの、急激に地位を上げてきている。
貴族から上級国民に落ちる訳にもいかない当時の貴族は色々と手回しをしてきたが、彼女はそれを匠に払い除け、それを逆に利用したりなどしてその地位を追い出した。
貴族になったから満足したという訳でもなく、エリシェンは他の貴族を押し倒し、マーズ家を第四貴族にまで持ち上げてきた。その動きは皇王の座を狙っているようにしか思えず、第一貴族のヨドラールと第三貴族のズボノはケトラ以上に警戒している。
皇王としては死ぬその日までは皇王に居続ける為何とも思わず、ケトラに関しても今の資産がある程度維持出来ればいい為、そこまでエリシェンに嫌悪は持たない。
寧ろエリシェン登場によりケトラに対する他貴族の圧が薄れて楽になり、彼女の野心丸出しの行動に関心し、レースを見守るコーチのように期待に溢れるといった好印象だった。




