感情型の魔法
朝が訪れるとサチコはロアに起こされて朝食をとった。
と言っても皿に出されるわけでもなく、ラーズの薬膳料理のようなものでもなくただのパンだったので、サチコは寝ぼけながらもチビチビ齧っていた。
目を覚ましてから服に着替えてロアの教育を受けるまでは一時間、サチコはあまりの遅さにロアに怒られると覚悟していた。
ロアは寝泊まりしていた森の木々に囲まれた小屋の外、更地のような場所に立って本を読んでいた。
「す、すいません!ちょっと遅れちゃって....」
「気にすることはありません。この教育はその部分も含めたものになるので後々直していけば良い事。
さぁ、雑談をする必要性はありません。早速本格的な教育へと移りましょう」
本を片手でパタンと閉じてコードの内ポケットにしまったロア、サチコは唾を飲み込み覚悟と不安でいっぱいだった。
「貴女に教えることは山ほどあります。その中で優先順位を付けるのに頭を悩まされましたが、やはり貴女の個性魔法。魔法を使えるようにならなければならない。
私が目を離した内に魔獣に襲われた際、魔法を使えるようになれば自己防衛くらいは出来るでしょう」
――い、いよいよ始まる....魔法なんて最初来た時以来だし、ナルテミ村だと教えてくれなかった。上手くできるか不安だけど、ロアさんを驚かせてみせる!
「この世界に生きるものは知らず知らずのうちに感覚で魔法を使えています。故に貴女に教えるのは私も一苦労なのですが、取り敢えずやってみましょう。
ゆっくりと目を閉じて身体の内部を意識して下さい」
サチコはロアの言うがままに目を閉じて意識する。心臓の鼓動はいつもより大きく感じ、脈の動きも微細ながら感じる。感覚ではまるで身体の内部を透明に見ることが出来てるようだった。
「そして身体全体に流れる力を感じ取ってください。首を、腕を、足を、指先まで流れる力を感じ、そしてそれを胸元へ寄せて下さい。何となく、感覚のようなもので集めることが出来るはずです」
サチコはロアの言う力の流れというものを探ってみる。だが、そんな特別なようなものは全く感じられず、サチコは顔を少し険しくする。
「あ、あの....ロアさん?....何かそれっぽい力の流れ....感じ取れないんですけど....」
「では想像で構いません。己の身体に粒子の如く流れる力を胸元ヘ集めて丸く収める。そしてそれを右の掌に移動させ、一気に解き放ってください」
指示通りにサチコは再び想像で行った。身体にある力の粒子を胸元へ集め、右手の掌へと移動させる。何だか力がみなぎる気がして、サチコは早くも嬉しさを感じていた。
「...ッ!やぁぁぁ!!!!」
サチコは目をカッと開いて掌から想像で作り上げた魔法の固まりを外に出そうとした。
だが、サチコの掌から発動するものは何も無く、ただ虚しくサチコの情けない声が響くだけだった。
プルプルと力いっぱい捻り出すようにやってみるが全くもってビクともしない。
ただただ恥ずかしくなり顔が真っ赤になるが、すぐハッとして顔が真っ青に切り替わる。
――や、やばい.....また疑われる...この世界来たばかりの時にはバンバン魔法使ってたのに、やり方を教えて出来ないのはおかしいって.....で、でもなんで?なんで急に出来ないの!?
サチコは再びロアの刃が自分を襲うのを覚悟していたが、ロアはそんな感じではなく、静かに目を閉じて考え込んでいた。
「.......サチコ様、憎き人物は居ますか?」
「え?」
「貴女が心から憎むべき人物が居るならばその顔を思い浮かべてください。そんな対象が居ないなら、貴女が東の森で遭遇した山賊の誰かでも良いです。思い浮かべ、自分がされた実体験を思い浮かべてください」
質問の意図が分からず、戸惑いながらもサチコは再び目を閉じて意識に集中する。
思い浮かべたのは現代の三人、自分をイジメて自殺へ追い込んだ三人だった。
三人に罵倒を浴びせられ、暴力を振るわれ、色んな場面で恥を晒され、物や心を壊されたあの日々を。
思い浮かべるだけで込み上げてくる憎しみ、殺気、黒い感情が奥底から膨れ上がって身体を満たす。
すると、確かに感じることが出来る。この世界へ来た時の説明つかない力が身体に溢れているのを感じた。
サチコは目を開けて両手を見ると、僅かに黒いオーラのようなものが全身をフワフワ漂わせていた。
「こ、これって...」
「えぇ、貴女の魔法です。説明は後にします。サチコ様、その力を再び右の掌に集中させ、思いっ切りあの岩へぶつけて下さい」
ロアは前方にある人の大きさ程の岩を指さした。サチコは気を引き締め、右手を引くのと同時に溢れる力を集中させる。
先程までとは違い、変な理屈なしの感覚で操ることができ、右手に力が集中しているのが手に取るように分かる。
「ふぅ....いきます!やぁぁぁ!!え、え??わぁぁぁ!!」
サチコは再び力いっぱい右手を突き出すのと同時に力を解き放つ。するとサチコの意図通りに力は外へ放出される。
だが、自分の思っていたのとはかけ離れており、サチコは困惑した。
想像では良くて岩に穴を開ける、壊すとまでは言わず半壊くらいにはなると思っていた。
だが、実際には黒く禍々しい魔法の波動砲のようなものが飛び出し、その大きさは岩をも飲み込み、地面を削りながら森奥へと放たれた。
サチコは魔法を放った衝撃で倒れ込むと、それと同時に魔法は消えた。だが、少しして遥か前方で爆音。木々の上から煙が上がっているのが見える。
ゆっくりとサチコは放った方を見ると、魔法に飲み込まれた地面は削られ、当然岩も跡形もなく消し去り、その形跡の周りの草木はシオシオっと枯れ果てていく。
想定した以上の威力と結果にサチコは驚きを隠せずにロアを見つめると、ロアはただジッと煙が上がっている方を見ていた。
「...取り敢えずサチコ様は待機して下さい。私は少し様子を見てきます」
ロアは一歩前に出ると上着を脱ぎ捨て、薄着状態となって個性魔法を発動。
ロアの白い薄着は背中部分が肌で、そこがたちまち銀色に変わり変形。ロケットのようになると、火を吐き出しながら空を飛び煙の方へと向かっていった。
――説明はされてないけど、あれって機械系だよね。便利そうだな〜。私のは....どうなんだろ?弱そうでもなさそうだけど、あんなの見たら制御できる自信ないよ...
そんな間もあかずロアは帰って来てサチコの目の前に降り立った。体育座りで待っていたサチコは飛び跳ねるようにたってロアに駆け寄った。
「ろ、ロアさん、私何か壊しちゃいました!?誰か巻き込んだりとか....」
「いえ、あの煙は魔法によるものですし、辺りにも魔獣が巻き込まれたり巣が荒らされた形跡はありませんでした。不幸中の幸いと言うべきでしょうか、更地部分が多くて周りに何も無い空間を選ばなかった私の憶測不足でした」
その言葉を聞けてサチコは心底安心した。意図せずとはいえ、人に怪我をさせたらたまったものでなかった。
「良かった〜...あれが私の魔法....いったいどういう魔法なんですか?」
「さぁ?見ただけでは確証できず、実際に受けた人間に聞くのが一番ですが...
それでも憶測程度には話すことが出来ます。
そして貴女の魔法を説明するには個性魔法について話をする必要性があります。
個人に備わる個性魔法。魔力を消耗し、好きな時に出せるこの魔法ですが、ここに異例も存在します。
一般的な方を"普通型"と例えるなら、異例は"感情型"と呼ばれます」
「感情型....それが私の...?」
「えぇ。感情型はとても珍しく、私もこうして目にするのは初めてです。存在は常に書籍の中で、実在していたのかも世間では怪しく思われていた特別な魔法です」
――特別な魔法...やっぱり異世界転移したら凄い力が手に入る法則みたいのあるのかな?ってことは、私って滅茶苦茶凄い存在になる!?
そう考えれば考える程サチコはニヤニヤが抑えきれず、口元を隠しながらロアの話に集中する。
「....何をニヤニヤしているのですか?」
「あ、いえ...あの、私の魔法ってどれくらい凄いんですか?」
上がりに上がっているテンション故にそんな事を聞いてしまう。サチコはこれからの話は自分にとっては羽根より軽くなるような話ばかりだと思っていた。




