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三年ぶりの手合わせ

 そんな彼の質問にケトラは目線を落とし、彼の右手を優しく握り、ポンポンともう片手で子供宥めるように優しく叩いた。そんな彼女の優しげな目線と行動にヨノンの熱が更に上がり、心臓が飛び跳ねる。



「...初めて君を見た時は衝撃を受けたよ。皇都の大訓練所であんな広いスペースでたった一人、必死に剣を振っていた。

 三聖に成るのは凄く道のりが険しいし、魔兵器や魔道兵器の開発が進む近年でそう言った身体作りや技術を磨く物はそう居ない。故に、大訓練所なんかで汗水垂らす者は居ない。そんなのお構い無しに君は訓練していた。」



 ケトラは当時の事を思い出し、懐かしみながらそう言い、ヨノンの顔を見る。怒った顔でなく、優しく綺麗な顔で微笑んでいた。ヨノンの心臓は高鳴るばかりだった。



「来る日も来る日も、誰に褒められるわけでもなく、寧ろさっきみたいに茶々をいれられようとも....君は辞めなかった。そんな君の姿が昔の僕のと重なった。」

「昔の...ケトラ様に?」

「うん。僕も小さい頃は、周りの言葉を全部無視してひたすら剣を振っててね。君とは目的なんかは違うんだろうけど....僕の家族とは違う、兵士としての同士を見つけたって思ってね。凄く、凄く嬉しかったんだ。」



 彼女はより一層、輝かしい笑顔をヨノンに向ける。そんな眩しさに耐えきれず、ヨノンは目を逸らすが、それと同時にケトラは少し寂しげな顔になった。



「だから、君を僕は成長させたかった。いつしか、肩を並ばせて戦場に立ちたかった。だけど、君は僕から姿を消した。死亡記録や行方不明記録に載っていなかったし、探そうと思ったけど、僕に嫌気が差したならって思って...君のことが心配だったんだけど、突き放されてしまったらって思うと....」

「そ、そんな訳がありません!ケトラ様に嫌気なんて起きるはずがありません!」



 ヨノンが強く否定すると、ケトラは彼の両手を強く掴み、至近距離まで顔を近付けた。いきなりの行動に面食らい、至近距離の彼女に顔を赤らめるヨノン。それに対してケトラは若干目を潤ませ、彼の目を見つめる。



「なら!今度はちゃんと僕に教えてくれ!!時間なんか気にしなくてもいい!僕がいなかったら従者でもなんでもいいから!もう二度と言葉も無しに僕の前から姿を消さないでくれ!!」



 彼女の必死な言葉はヨノンの頭には入らなかった。至近距離のケトラの顔に完全に見とれてしまい、感じるのは心臓の高速鼓動のみ。息をするのも忘れ、時間が止まっていると錯覚しつつあるその時、二人の間に毛むくじゃらで肉球が見える手が現れた。


 その手の正体はミネル。彼女は二人をジーッと見つつ、ゆっくりと口を開いた。



「.......ケトラ様、少々顔が近過ぎると思います。そういった大胆な行動は控えて下さい。」

「えぇ〜?いいじゃないか、折角の友との再会だ。それとも、僕らの仲に嫉妬しちゃってるのか?可愛いなミネルは〜、ウリウリ〜。」

「そういう訳では.......それより、頬を突くのは辞めていただきたい....」



 ケトラがちょっかいを出して嫌がるミネル。二人にとっては日常的なやり取りだが、ヨノンは目を丸くしていた。



 ――この方がミネルさん?いつもケトラ様にお仕えしてた黒服の人物.......獣人だったなんて。でも、そこまで驚くことではないかな?ケトラ様ならなんら不思議ではない。下級国民の俺なんかを友と呼んでくれるんだから....



 ケトラの言葉が今一度自分の頭の中に響き、凄まじい歓喜の嵐が彼を襲う。

 富と名声を手にし、強大な力さえも備わっているケトラはこの国に生きる者達の憧れ。ヨノンもそんな彼女の光り輝く姿と勇姿の虜になり、彼女のいる三聖目指して努力してきた。


 周りから指を指されてもなお、ヨノンは時間を惜しまず、自主練を続けていた。そして五年前、ケトラが彼に話しかけた。


 憧れの人物が目の前に飛び込んできてパニック状態の彼に対し、ケトラは友人と話すように終始緩い口調で話しかける。

 憧れとはいえ差別国家である以上、実際に会えた時と自分の理想とのギャップはある程度覚悟はしていたが、想像もしなかった方向に走り、最初の彼は戸惑いは大きかった。



 それからヨノンの自主練中に度々ケトラが訪れ、会話をし、手合わせまでしてくれる。下級国民のヨノンには勿体無さすぎる待遇に裏を疑ってもおかしくは無いが、言葉と行動を通してケトラにはそんな気なんてないのはヨノンの心に通じた。


 圧倒的な位の差は徐々に薄れ、彼女と離れる三年前には密かに『友人のようだ』とおこごましく思いつつ感じていた。


 昔の事を思い出しつつ、自分の想いと同じだったことに彼は歓喜していた。


 一人自分の記憶と想いに浸っているヨノンを見たケトラは微笑み、彼の腕を掴んで無理矢理立たせる。

 突然の事で驚いている彼を気にせず訓練所の中心まで連れていき、手を離したかと思うと少し距離を離して手袋を捨て、腰に携えている剣を抜き取った。


 鮮血のように真っ赤に染まり、刀身は細く、見ただけで分かる鋭さを感じる。



 ――あれは..."修羅の剣"。ケトラ様が所有されている剣類の魔兵器の中で最高級の品物....幾つもの複雑かつ高練度の魔鉱石を組み合わせ、一流の鍛冶師が何年にも及んで作ったと言われる十年に一刀の魔剣。刀身の色と同じく、数多の者を切り伏せてきたという...

 手合わせでは一度も抜いてくれた事は無いのに。



「フフ....何をぼーっとしている?剣を抜きたまえ、ヨノン・スデフォクス。久々の手合わせだ。」

「よ、よろしいんですか?着いたばかりで先に片付けなければならないことが多いのでは?それに...自分のは支給されているただの剣。ケトラ様の魔剣に耐えられる代物では....」

「問題ないよ。魔力を込めてぶった斬る事はしないし、遠い旅路で身体が訛っているから身体を慣らしたいのさ。まぁそう言っても君は乗り気にはならないんだろうな〜。...じゃあ、君が断ることが出来ない言い方をしてあげよう。

 ヨノン。貴族の好意及び命令に背くのか?一平民の君が逆らう権利など何処にも存在しない。剣を構えなさい。」



 セリフだけを聞くと身も凍るような恐怖感を得る。絶対従順しなければならない兵士が貴族の気に触れてしまったのだから。

 しかし、ケトラは当然怒っている筈もない。断れぬであろうヨノンの反応を観察するようにニヤニヤしているのだった。


 ヨノンは自然と笑みを零し、自分の剣を抜いた。銀色の刃の先がケトラに向けられる。勝てる気などしないが、ヨノンからは闘気が熱のように灯ってくる。こうして剣を向き合うのは三年ぶり、細胞レベルで懐かしさと嬉しさを感じ、三年間溜めた想いと力を解き放つように彼は足に力を込めた。

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